第19話 洞窟の闘い

 夜明けがやってきた。

 ノク領の街道から少し森に入ったところにある洞窟の中で一夜を明かしたワタル達。

 ワタルは目を覚ました。

 珍しく、起きるのが一番最後ではなかった。


「おはよう、起きたのね」


 見張りの番をしていたシルコがワタルに声をかけた。


「雨は止みそうにないわね」


 のんびりとした調子だ。

 確かにワタルにも危険な気配は感じられない。

 シルコはまだレインコートを着ている。

 その下に普段の服を着ているところを見ると、一旦脱いで、また着直したのだろう。

 もう完全にシルコのレインコートだ。


「やっぱり止みませんね、雨」


「今日、どうするかが問題よね」


 エスエスとラナリアも起きてきた。


 この日も雨になりそうだ。

 この場に留まって様子を見るか、旅路を先に進めるか迷うところだ。

 4人は相談の上、朝食まで様子を見ることにした。

 昨日の夕食のスープとニワトリが残っていたから、というのも理由になっている。


 この選択が事件を呼び込むことになってしまうのだが……


 朝食を食べるまではここで休憩して、その後は、更によほどの悪天候にならない限りは出発する計画だ。

 朝食までの時間は、それぞれが自由に過ごす。


 ラナリアは魔法の練習をワタルと一緒にやっている。

 ワタルは雷魔法をラナリアに教えて、ラナリアは風魔法をワタルに教えている。


 ワタルは風などを操作する魔法が苦手のようだ。

 イメージが掴みにくいらしい。

 実際に地球にある道具や装置に、近いものが無いからかも知れない。

 苦戦中である。


 ラナリアは、雷魔法が伝説の魔法だという固定観念から抜けられないようだ。

 先入観は魔法のイメージの邪魔になる。

 分かってはいても、一度染み付いた概念はなかなか変えられないものだ。


 シルコは剣の練習をしている。

 盗賊の魔剣を使って、演舞のような動きを繰り返している。

 剣が自然と次の動作を誘導してくれている。

 かなりの腕前のように見えるが、実戦ではどうだろうか。


 エスエスは、雨の中にもかかわらず、また狩りに出かけた。

 故郷の村では、エスエスは弓で狩りをすることが無かったらしい。

 今回、盗賊の魔弓で狩りをしたのが相当充実した時間だったと見える。

 弓の練習にもなるし、食料調達で仲間の役にも立てる。

 良いことずくめなのだ。


 そのエスエスは、すぐに帰った来た。

 ウサギが2匹とほうれん草を抱えている。

 何やら狩りがドンドン上手くなっているようだ。


 食料も揃ったので、早めの朝食にすることになった。

 メニューは昨日と同じである。

 肉が余るので燻製にする。


 50センチ位の穴を二つ並べて掘り、間に溝を掘って繋げる。

 一つの穴に肉を入れ、もう一つの穴に藁や枯れ葉、小枝を入れて火をつける。

 二つの穴と間の溝を塞ぐように、板で蓋をする。

 こうすることで、煙が肉の方へ流れて燻されるのだ。

 火が消えてしまわないように、燃やしている穴には、頻繁に空気を送り込むのだ。


 燻製は保存がきくので、旅の生活には便利である。


 出来かけの燻製のつまみ食いなどもしながら、楽しく朝食を摂っていると、気配察知に引っかかる反応がある。

 メンバーの顔色が変わる。


 かなり大きな気配が3つ、近づいてくる。


 ワタルは、この気配に悪い印象を持った。

 盗賊のような完全な敵意ではないが、安心出来る気配ではない。


「気を付けよう」


 ワタルの言葉の意味をメンバーはすぐに理解する。

 多少の違いはあっても、恐らく皆同じ印象なのだろう。


「恐らく冒険者ね。面倒な奴じゃないといいけど」


 ラナリアが付け加える。


 そこへ、


「いやぁ、いい匂いをさせてるなぁ。ちょっとごめんよ」


 と言いながら、隙のない動きで洞窟の中に入ってくる男が現れた。

 年齢は20代半ばくらいか、細い目が印象的な男である。

 体の線は細いが、引き締まった筋肉に覆われているのが服の上からでも分かる。


 その男に一瞬目を向けている隙に、洞窟の入り口の両側には、音もなく2人の男が立っていた。

 1人の顔には、ターバンのような布が巻きつけられていて、顔や年齢は分からない。

 もう1人は、最も背が高く痩せていて、マントのような服を着ている。


 ちょっと見ただけで、かなり高い戦闘力を持っているパーティーなのが分かる。

 パワーもあるだろうが、高い機動力、素早い攻撃が得意なタイプだ。

 マントの男は魔法使いかも知れない。


「何の用かしら」


 ラナリアが尋ねる。

 ローブの下には杖を構えている。


「おいおい、そう殺気立つなよ。雨やどりに来ただけだぜ」


 細目の男は両手のヒラを胸の前に出して、敵意がないことをジェスチャーするが、全くラナリアを恐れている様子はない。

 それどころか、ワタル達を見回して値踏みしているような雰囲気だ。


「雨やどり?雨はもう、ずいぶん小降りになっていると思うけど?」


 と、シルコも剣を手に下げたまま言う。

 いつの間にか雨は上がり始めている。


「いや、この辺を通りかかったらさ、食べ物の匂いを派手にさせてるからね。ちょっとご馳走になりたいなぁ、なんて思ってね」


 細目の男は、チャラチャラした態度で告げて来る。

 ワタルは嫌な感じが強くなるのを感じていた。


 こいつ、完全にイジメをやるタイプだ。

 こっちが弱いと確信したら、仕掛けてくるな。

 それまで慎重に探りを入れている、厭らしいタイプだな。


 ワタルが最初に、気配に敵意を強く感じなかったのは、相手がまだ攻撃の意志を固めていなかったからに過ぎない。


「食べ物なら、そこに余ってるのを差し上げるわ。別に争う気はないから、それを持って出て行ってちょうだい」


 ラナリアが言い放つ。

 それを聞いた細目の男の表情がスッとなくなり……


「そんなに偉そうに言われてもなぁ」


 と言いながら腰に携えている剣に手をかけようとする。


「動かないで!」


 ラナリアが杖を前に構える。

 ローブの間から伸ばした手には、先端に炎を纏った杖が握られている。


「あんた達、盗賊?そうは見えなかったけど」


 ラナリアの問いに、細目が答える。


「失礼なことを言うんだな。俺たちは冒険者、ギルドランクBだ。逆らっても無駄だぞ。お前ら程度の腕前の奴がこんなところでグダグダしてたら、襲って下さいといってるようなもんだ」


「やっぱり、盗賊みたいなもんじゃない」


 ラナリアが呆れてそう言った時、洞窟の入り口に立っていた背の高い男がラナリアの手元を見て口を開く。


「ほう、それは月の指輪か。俺の指輪よりも上等じゃないか。こいつら見た目よりも良いものを持っている」


 低く、くぐもった声音だ。

 そして、覆面の男も細目の男に声をかける。


「お前はいつも時間をかけ過ぎるんだ、面倒くせぇ。この程度の奴らに慎重過ぎるんだよ」


 明らかな殺気を放ち始めた。

 もう決定的である。


 向かい合う3人対4人。


 冒険者サイドは、前に細目の男、その斜め後ろに少し前に出てきた覆面男、背の高い男は後ろにいる。


 ワタル達は、前にラナリア、その横に剣の柄に手をかけたシルコが上がってきた。

 その後ろにワタル。

 エスエスは更に後ろにいる。


 ステルスを発動しようとしたワタルをラナリアが振り返らずに、手の動きで制する。


「私達だけでやってみるわ。ピンチの時はお願い」


 ワタルはちょっと驚くが、シルコも頷いているのを見て


「分かったよ。下がる」


 ワタルはエスエスの隣まで下がった。


 それを見た細目の男は、細い目を更に細めて


「舐められたもんだな。自分たちの力量も分からないのか。ま、お前ら程度の奴が何人いても同じだがな」


 と、怒りを含ませた声で言い放つ。


「分かってないのはそっちよ!」


 ラナリアはそう言い終わらないうちに、火魔法を放つ。


 ゴォォォッ


 ラナリアの杖の先から、洞窟の内部いっぱいに広がった炎が、冒険者3人に襲いかかる。


「む、無詠唱だと……」


 背の高い魔法使いの冒険者が驚いた声を上げる。

 しかし、この炎はそれほどの威力はない。

 大きく広がってすぐに燃え尽きる、目眩しのようなものだ。


「この程度で……」


 覆面の男の両手には、短剣がそれぞれ握られている。

 片方は逆手で持ち、もう片方は順手で握っている。

 腕を前に上げて剣を持った時、刃先が上を向く持ち方が順手、下を向くのが逆手である。

 前にいる細目の横をすり抜けながら、体をコマのように一回転させ炎を避け、その回転力のままラナリアに逆手で持った剣で斬りつける。


 かなりのスピードだ。

 ラナリアから見ると、自分で放った炎の壁の中から突然、短剣が襲って来るように見える。

 避けられるはずがない……


 しかし、ラナリアは一歩下がって逆手の短剣を避けた。

 普通の魔法使いなら絶対に避けられない一撃だったはずだ。

 魔法使いが魔力を放出すると、体力が同時に奪われる為、どうしても一瞬、動きに遅れが出る。

 覆面男はその一瞬を狙って攻撃を繰り出したのだ。

 並みの使い手ではない上に、魔法使いとの戦いに慣れていることを物語っている攻撃だ。


 だが、ラナリアはそれを避けた。

 高等魔法の使い手だからこそできる動きだ。

 高等魔法は体力を少ししか奪われない。

 その上ラナリアは月の指輪を装備している。

 魔法を使うことによる、その後の硬直がほとんど無いのだ。


 覆面男は動揺する……はずだったが、彼は更に上を行く。

 回転しながら斬りつけた逆手の剣が避けられても、そのままの回転で、もう片方の順手の剣がラナリアを襲う。

 順手で持った剣は、逆手の剣よりもリーチが長い。

 逆手の剣の攻撃の一瞬後に襲って来るリーチの長い剣撃。


 この、変幻自在の剣撃が覆面男のスタイルなのだろう。

 炎に突っ込んでくる判断、避けにくい剣撃、更に目を見張るスピード、とても魔法使いに対処できる戦闘力ではない。


 ラナリアの首筋に、覆面男の順手の剣が届くと思われた瞬間


 ガキィィ


 金属のぶつかる音がして、覆面男の剣の動きが止まる。

 シルコの盗賊の魔剣が、覆面男の攻撃に割って入ったのだ。


 さすがの覆面男も、今度は少し動揺する。

 シルコの相手は当然、細目男がしているはずだったからだ。

 阿吽の呼吸のはずであった。


 しかし、細目男にはエスエスの弓矢が攻撃を加えていた。

 ラナリアの炎とほぼ同時に細目男を襲ったエスエスの矢は、ほとんど不意打ちに近かった。

 細目男が矢を避けられたのは、戦闘慣れしている勘と反射神経、少しの偶然に過ぎない。


 驚きと共に、自分の油断に怒りが込み上げる細目男。

 何とか矢を斬り落としたが、矢に貫かれていてもおかしくなかった。

 しかし、細目男が油断したのも仕方がなかったかも知れない。


 エスエスは、冒険者が現れてから一言も喋っていないし、気配も消し気味にしていた。

 子供のような小さい体で後ろの方にいた。

 意図的に敵のマークを外していたのだ。


 間断なく、急所を正確に狙った矢が細目男を襲う。

 よく見れば、緑の髪を見て、弓の得意な森の一族だと分かっただろうが、もう遅い。

 しかし、矢が来ると分かっていれば避けられる技量は十分に持っている。

 それでも、シルコを攻撃している余裕はなかった。


 そのエスエスの矢は、覆面男にも向かう。

 シルコに順手の剣撃を内側から止められた覆面男とシルコは、正面で向き合う形になっている。

 2人の距離は、鼻を付き合わせるほど近い。


 この体勢では、シルコは剣撃を止めた剣を切り返して覆面男を斬る、覆面男は避けられた逆手の剣をそのまま戻してシルコを刺す狙いだ。

 一瞬のスピード勝負である。


 この時点で覆面男は勝ちを確信している。

 シルコとの剣技の技量にも差があるし、長剣と短剣をではどちらが速いかは明らかだ。


 しかし、シルコの首筋を狙った覆面男の短剣の切っ先は、シルコに届くことはなかった。

 エスエスの矢が、剣を逆手に持った覆面男の手首を貫いていた。


「ウッ」


 致命的な隙を晒す覆面男。

 シルコの盗賊の魔剣は、袈裟斬りに覆面男の体を斬り裂いた。


「ぐわぁぁ」


 覆面男は後ろに吹っ飛びながら、あたりに血を撒き散らしている。

 シルコは振り下ろした剣を、流れるような動作で切り返し、細目男にそのまま逆袈裟斬りに斬り上げる。


 細目男は、エスエスの矢を斬り落としながら、バックステップでシルコの剣を躱す。


「くっ、何だこいつら」


 細目男には、もう余裕の表情は見られない。

 戦闘が始まって、この間2秒弱である。


「退がれ」


 背の高い魔法使いの詠唱が終わったようだ。

 細目男を下がらせる。

 何が来るのかは分からないが、待ってやる義理はないだろう。


「遅いわ」


 ラナリアがそう言うと、背の高い魔法使いの周りに密度の高い風が集まる。


「こんな風魔法など何になる」


 背の高い魔法使いの杖の先に、黒い闇が集まっているように見える。

 大魔法が来る、と思われた時


「悪いな。カチッ」


 その魔法使いの耳元で声が聞こえた。

 ステルス発動中のワタルである。

 ラナリアが集めた高密度の空気にワタルが火をつける。


 ボォォォォッ


 背の高い魔法使いは、高密度の炎に包まれた。


「ぐわぁぁぁっ、何だ、なぜ私が……」


 魔法使いは倒れ、それでも火は消えずに燃え続けている。


「アチッ、熱っ」


 なんか余計な被災をしたステルス君の気配が、出たり消えたりしているのはご愛嬌だ。


「まさか俺が逃げることになるとはな」


 細目男は懐から何かアイテムを取り出すと、地面に向かって投げつけた……

 ように見えたが空振りをしている。


「!?」


 何か脱出用のアイテムだったのだろうが、細目男の手の中には何も無い。


「うわぁぁぁっ」


 破れかぶれなのか、ラナリアに突っ込んでくる細目男。

 いくら手練れだといっても、こんな状態では敵にもならない。

 シルコの剣が、細目男の首を斬り飛ばした。

 バッタリと倒れる細目男。


「終わったな」


 ワタルが姿を現した。

 強敵だったが、3人とも生きてはいない。


 ワタルはちょっと格好をつけているが、顔の半分が煤けていて、髪も少し燃えたようだ。


「カッコつけて敵に話しかけるからよ」


 ラナリアにたしなめられるワタル。


「まあ、いいじゃないか。勝ったんだから。ホッとしたよ」


 ワタルはステルスを持っていても、やっぱり戦闘は怖いらしいのだ。

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