第12話 高等火魔法

 馬車の窓から見える外の景色は、ゆっくりと流れている。

 歩くよりは早く、人間が軽くランニングしている程度の速さだ。

 自動車や汽車などの交通機関が全く発達していない異世界では、馬車はポピュラーな乗り物だ。


 旅人にとっては非常にありがたいものだ。

 自分の足で歩かなくても目的地に連れて行ってくれるのだ。

 馬車の旅では体力に余裕ができる。


 そんな旅路の空き時間を利用して、ワタルとラナリアは魔法の訓練をしている。

 乗車用のキャビンの中、いまは2人きりだ。


 シルコとエスエスは後ろの幌馬車にいるようだ。

 藁に潜って昼寝でもしているのかも知れない。


 バギー商店の商人で責任者のドバジと護衛の冒険者は、馬車の御者台にいる。


 さて、この異世界においては常識外れとも言える方法で、ワタルは初歩の火魔法を成功させてしまった。

 正統な大魔法使いを目指しているラナリアにとっては、とても承服できることではなかった。


「説明しなさいよ。なんであんな詠唱で魔法が発動したわけ?」


「うーん、見せた方が早いかなぁ」


 ワタルは、リュックから着火用のライターを取り出す。

 銃身の長いピストルのような形をした電子ライターだ。

 引き金になっている所を、カチッと押すと火花が出て、先っちょに火が灯る。

 キャンプなどで炭に火をつける時などに使う物だ。

 ワタルは富士の樹海でサバイバル生活をするつもりだったので、用意していたのだ。


「これは、俺のいた世界で火をつけるための道具なんだ。ほら、ここをカチッとやると火がつくだろ」


 ワタルは着火用のライターに火をつけてみせる。

 驚くラナリア。


「便利な道具ね。これがあれば魔法要らないじゃない」


「燃料が無くなるまでしか使えないけどな。こういう道具が発達してるから、あっちの世界には魔法が無かったのかも知れないな」


「ワタルは、さっきこの道具をイメージしたのね」


「正解。モロにそのまんまです」


 ワタルは先ほどと同じように、人差し指を立てて


「カチッ」


 と言うと、指先に火が灯った。


 ラナリアは呆れたように溜息を吐く。


「はぁぁ、だからって誰でもできるわけじゃないと思うけどね」


「ラナリアもやってみろよ。簡単だぜ」


 ワタルはそう言うと、ラナリアに着火用ライターを渡す。

 ラナリアは恐る恐るライターに火をつけてみる。


「死ぬほど簡単に火がつく道具ね、これ。エスエスにあげたら喜んで死んじゃうかもしれないわね」


 などと、この場にいない人に失礼なことを言いつつ、何度もカチカチ火をつけている。

 そして、おもむろに自分の人差し指を立てると


「カチッ」


 ラナリアの指先にも火が灯った。


「できちゃった……」


「な、簡単だろ」


「なんか脱力感がハンパじゃないわね。いや、体力じゃなくて精神的にね。いままでのアタシの魔法人生は何だったんだろ」


「ま、そう深刻になるなって。あ、そうそう、俺のいた世界ではもっと強力な道具もあったんだよ。ガスバーナーとか火炎放射器とか。それも出来るんじゃないかな」


「え?そうなの?」


「ちょっとやってみようかな」


「いや、待って、待って。ここじゃ危ないでしょ。外に出よう。もう全く何しでかすかわかったもんじゃないわ」


 ラナリアは御者に声をかけ、ワタルと共にキャビンを出る。

 キャビンの外側の縁になっているスペースに立ち外側を向く。


「ここから外に向けてやってみて。それなら危なくないでしょ」


「よし、やるか」


 ワタルはガスバーナーをイメージする。

 ガスバーナーは持ってきていなかったので、イメージだけだ。

 日本にいる時に連れて行ってもらったお寿司屋さんで、中トロの炙りの握りを食べさせてもらったことを思い出す。

 美味かったなぁ、あれ。

 あの時板前さんが、握った寿司をガスバーナーで炙って、マグロの表面だけ火が通っていたんだよな。

 トロの脂が熱で溶けて、絶妙の寿司だったよな。

 あの時のガスバーナー……よし、イメージ完了。

 ワタルは人差し指を前に突き出す。


「いくぞ、アブリ!」


 ゴーッ


 ワタルの指先から高火力の火線が前方へ放出される。

 長さは20センチ位だ。

 火が灯るのに比べれば、明らかに火力が強い。

 なかなかの出力である。


「簡単にやるわね」


 ラナリアは頬を引きつらせている。


「アブリ!とか言っちゃって、もう、詠唱の深みも荘厳さも何もないわね。まあ、でも、それくらいの威力なら、わざわざ外でやることもなかったかな」


「いや、もっといけそうな気がする。せっかくだからこのままやってみよう」


 ワタルは火炎放射器をイメージする。

 ハリウッドのアクション映画で見たやつだ。

 主人公のマッチョマンが、敵を焼き払っていた。

 手に持ったノズルから火がボワーッと出ていたな。

 よし、イメージできたぞ。


 ワタルは、左手は指を伸ばして揃えて前方に出し、右手で左手首を掴んでホールドした。

 火炎放射器のノズルを構えているイメージだ。


「いくぜ、ボワーッ!」


 ワタルの指先から火炎が放射された。

 その火炎は3メートルくらい先まで届き、辺りの空気を焼き、熱気を撒き散らした。


 ヒヒーン


 馬車を引いている馬が驚いていななき、後ろ脚で立ち上がった。

 御者が慌てて抑えている。


「どうしました」


 御者台にいた商人ドバジが声をかけてくる。

 護衛のスミフという冒険者も素早く御者台から降りて、こちらにやってきた。


 ラナリアは驚きで、ひっくり返りそうになるのを何とか堪える。


「すいません。火魔法の練習中で、加減を誤りました。何でもありません。お騒がせしました」


 ペコペコ謝っている。


「気を付けてくれよ。それにあんまり無理するなよ。体力無くなるぞ」


 護衛の冒険者スミフに注意される。

 ラナリアがやらかしたと思っているようだ。

 荷物持ちの男の子だと思っているワタルがやった、とは思わないのだろう。


 何でアタシが謝ってんの。


 と思いつつも、ワタルについて上手く誤魔化して説明するのは大変なので諦める。

 異世界からの召喚者だということは、あまり表沙汰にしない方がいいだろう、ということになったからだ。

 ワタルのスキルの特殊性などが貴族の耳に入ると、また面倒なことになりかねない。

 メンバーで話し合ってそう決めたのだった。


 それに、この規格外男は、まだまだ色々やらかしそうだしね。

 簡単にこっちの常識では測れないわ。


 ラナリアは心配しつつも、ちょっとワクワクしている自分に驚いていた。


 一方、ワタルは


「結構出たな」


 などと、ノンビリしたことを言っている。

 でも、急にエネルギーを消費したために、フラフラするようだ。


 ラナリアとワタルは、後ろの幌馬車の荷台へ移動することにした。

 やはり寝ていたシルコとエスエスを起こして、

 事のあらましを説明する。


「ワタル、凄いじゃないですか」


 エスエスはニコニコしている。

 ワタルから着火用ライターを貰ったからだ。

 嬉しそうにいじくり回し、頬にスリスリしている。

 アイテムオタクというよりもアイテム変態だ。

 綺麗な顔が台無しである。


 シルコは、一生懸命


「カチッ、カチッ」


 と言っている。

 でも指に火は着かないようだ。

 やはり、獣人に魔法は難しいらしい。


 必死でカチカチ言っている姿は、少し可哀相だ。


「ワタルが特別なのよ。普通はいきなり出来ないわよ。ちょっとづつ練習していこうよ」


 ラナリアがシルコを励ます。


「ラナァァ」


 シルコは泣きそうである。


 その後ろでワタルは、


「ファイア、あ、ついた。じゃあ、ポン、これでもつくなぁ。じゃあ、火、つくねぇ。もうこれ何言ってもつくんじゃね」


 と色々な言葉で何回も火をつけて実験している。

 結局


「詠唱は何でも大丈夫みたいだよ」


 と、シレッと語るワタルを


「殴りたい……」


 と、呟きながら暴力の衝動を抑えるシルコであった。



「ところで、腹減ったなあ」


 と言い出すワタル。

 やはり、魔法はカロリーを使うのだ。


「もうちょっとで小さい村に着くから、そこで食事のはずよ。今日は、そこで泊まりじゃないかしら」


 とシルコが応える。


「ワタルは急に大きな魔法を使うからよ。自分の体内のエネルギーを火に変えてるんだから、急に大きな魔法を使うのは危険なのよ」


 と、ラナリアはワタルに注意する。


 ワタルが


「だから、ラナリアは痩せてるんだな。ラナリアも十分に栄養を摂って、魔法を使わなければ、すごく綺麗になるんじゃないの?綺麗な顔してるんだし」


 と言うと、ラナリアは下を向いてしまった。

 顔が赤い。


「魔法使いが魔法を使わないでどうするの。アタシは見た目の綺麗さよりも、魔法に身を捧げているのよ」


「なるほどな。でも、その魔法の使い方を工夫することはできそうだよ。俺にアイディアがあるんだ。食事の後にやってみようよ」


「アンタ、またなんか思いついたの?もう、これ以上驚かされるのカンベンなんだけど」


 と、ラナリアは言うものの、ちょっと嬉しそうだった。



 商人の一行が寄ったのは、ロロの村という寒村だった。

 本当に何もない田舎の集落である。


 小さな食堂があるだけで宿屋もない。

 しかし、街を結ぶ街道沿いにある村だけあって、泊まることはできるようだ。


 僅かなお金で、部屋と寝具を借りることができる。

 馬屋もあるし、野宿よりははるかにマシである。

 路銀の寂しい旅人などにとっては、かえって助かるシステムかも知れない。


 食事は食堂で食べられる。

 田舎の食堂なので気の利いたものはないが、素朴で美味しい料理だ。

 スープにパン、焼き野菜、森の動物の肉の煮込み、果物などだ。

 貧民街の住人にとっては、贅沢なくらいの料理である。

 バギー商店とは食事付きの契約なので遠慮なく食べる。

 スミフも同様の契約なのか、ガツガツ食べている。


 ドバジも自分の懐が痛む訳ではないのか、何の反応もない。

 商店主のバギーのお金なのだろう。


 ワタルは、魔法を使った為かひどく空腹で、本人も驚くほど食べてしまった。

 ただでさえ、成長期の高校2年生なのだ。

 味より量が欲しい年頃である。


 ラナリアも、先ほどのワタルとの会話の影響もあるのか、すごい食欲だ。

 この後の魔法の練習に備えてなのか、栄養を摂って綺麗になるためなのかは分からない。


 シルコもエスエスも食べている。


「美味しいね」


 と、にこやかである。

 ここのところドタバタと事件が続き、まともな食事をしてなかったのだ。


 自分の家にいる時よりも、旅路にある方が、まともな食事を摂れるというのは、街の貧民街の暮らしの過酷さを表していると言えるだろう。


 さて、楽しい食事も終わり、夕暮れまでにはまだ時間がある。


 ワタル達は、村の外れの草原に来た。

 ワタルの魔法のアイディアを試すためだ。


 ワタルが口を開く。


「確認なんだけど、火魔法は、体の中のエネルギーを炎に換えて、外に出してるんだよな」


「その通りよ」


 ラナリアが答える。

 ワタルは重ねて尋ねる。


「そして、風魔法は、空気を動かすだけだから、エネルギーをあまり使わないから楽だと」


「その通り」


「体内のエネルギーを火に変えられるんなら、風のエネルギーも火に変えられるんじゃないのか」


「出来ると思うわ。放出した炎をまとめて玉にしたり、槍にしたり、形を変えるときは風魔法の力を使っているんだけど、それだけではすぐに火が消えてしまうから、風のエネルギーを火に換えて補充しているの」


「なるほど、だったら出来そうだな」


「もう少し分かるように説明して下さい」


 エスエスが声をあげる。

 ワタルはエスエスに応える。


「エスエスは、よく俺に女冒険者の話をするじゃないか。その時の魔法の再現をしたいんだよ。その女冒険者は強力な魔法を連発しても全然平気だったんだろ」


「その通りです。平気な顔で凄い火魔法を使ってました」


「その火魔法を詳しく思い出してくれ」


「えーっと、手のひらを上に向けて、そこに人の頭くらいの大きさのエネルギーの塊が玉になってぐるぐる回っていて、彼女が何か言うと、それが火の玉にボウッって変わって、それを投げてました」


「これ、やってみようぜ」


 ワタルはラナリアに向かって軽く言い放つ。


 ラナリアはちょっと考えた様子だが、ワタルの言わんとしたことが分かるのだろう、神妙に頷いた。


「それをやるには、かなりの高速で風を動かす必要があるわね。それに、風のコントロールも高度だわ」


「出来ないか?」


「誰にものを言ってるのよ」


 ラナリアは不敵に笑う。

 そして、手のひらを上に向けると詠唱する。


「我が名に於いて世の理に命ず。風流は意を持ち此処に集え」


 辺りの空気が流れて、ラナリアの手のひらの上に集まっていく。

 その流れは球体になって、手のひらの上でグルグル回っているようだ。

 回るスピードはどんどん上がっていき、そして、ブアッと広がって球体は無くなってしまった。

 一瞬遅れて、辺りに風が吹く。


「どうだ、エスエス?」


 ワタルが尋ねる。


「途中までは良いと思います。風の球がギュッとなって炎に変わるんですけどね」


 エスエスが答える。


「もう一度やってみるわ」


 ラナリアはヤル気だ。

 再び風の球がグルグル回り


 ブアッ


 球は飛び散ってしまった。

 失敗である。


 ラナリアは何度もトライするが、どうも上手くいかない。


「風の球を火に変えるのが難しいわ」


「大丈夫なの。体は辛くないの?」


 シルコが心配して尋ねるが、


「大丈夫よ。風を動かすだけなら、全然大したことないのよ。……もう一回いくわ」


 ラナリアはまだヤル気満々だが、ワタルがアイディアを出す。


「なあ、風の球が出来た時にさ、中に埃とか落ち葉とか混ざってるだろ。それに火をつけるイメージでどうかな。カチッって」


「アタシ、アンタみたいにカチッとかいうの嫌なんだけど」


「まあ、そう言わずやってみろよ。イメージなんだろ、イメージ」


「なんかムカつくけど、いいわ。やってみる」


 再度、ラナリアは手のひらに風の球を作る。

 高速で回転する球の中には、確かに落ち葉や小石や土埃が混ざっている。

 その不純物に着火するイメージで……


「カチッ」


 ボワッ!


 ラナリアの手のひらの上に、人の頭ほどの火の玉が浮かび上がった。

 見るからに凄いエネルギー量の火球なのが分かる。

 そして、この火球は、元々コントロールされた風だからか、自由に動かすことができた。


 何よりラナリアが嬉しかったのは、ほとんど疲れないのだ。

 今まで使ってきた火魔法とは全く次元が異なっている。


 ラナリアは、周りの安全を確認して、誰もいない草原に火球を放つ。

 草原の離れた場所に落ちた火球は


 ゴウゥゥッ


 と火柱を数メートルも上げてから、スッと消えた。


 高等火魔法「ファイアボール」の完成である。


「シルコ、凄いです。あの時見た、あの人の魔法と同じです!」


「そうなの!?ラナリアはやったのね!」


 エスエスとシルコは抱き合って喜んでいる。


「やったわ」


「やったな」


 ラナリアとワタルも頷き合う。

 突然、ラナリアがワタルに抱きついた。


「カチッは嫌なんだけどね……ありがとう……」


 ワタルはラナリアを抱き返しながら


 やっぱり痩せてるなぁ


 と思っていた。


「ラナリアはこれから太るかも知れないな」


 ラナリアはワタルを睨むと


「ナイスバディーになるのよ」


 と宣言したのだった。


 ほのぼのとした雰囲気になってきた、その時


「おいっ!何やってるんだ!」


 護衛の冒険者スミフが駆け寄って来る。


「なんかすごい火柱が見えたぞ。大丈夫か?」


「あー、大丈夫です。魔法の実験をしてたので……」


「またか。もういい加減にしておけよ。体力が消耗して死んじまうぞ」


 スミフは、ブツブツ文句を言いながら立ち去っていく。


 それを見ながら、ワタル達4人はクスクス笑っていた。

 この出来事が、ラナリアが大魔法使いになっていくための、最初の一歩となったのだった。

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