第13話 盗賊との戦い

 ワタル達、居候を乗せたバギー商店の馬車は、順調に街道を進んでいる。

 ロロの村を出て、一昼夜が経っている。


 バギー商店の雇っている護衛の冒険者のスミフはなかなか優秀で、途中、街道に迷い出てきた魔物などは、一刀の下に斬り伏せていた。

 ワタルやラナリアも戦いを手伝おうかとも思ったが、そこまでピンチになることも無かったので、戦闘はスルーしていた。

 もし、彼が怪我でもするようなら、ラナリアの回復魔法の出番もあったのだろうが、その機会も無いほど平穏な旅路だった。


 天候も良く、何も問題は無いかと思われていたのだが……


「この先、しばらく行くと街道の脇に何かいます」


 エスエスが皆に告げる。

 あと半日程で、次の町ラルソンに着くであろう辺りだ。


「確かに敵意を感じるわね。盗賊かしら」


 シルコのセンサーにも引っかかるようだ。


 ワタルも同じように感じていた。

 嫌な感じがする。

 これは、タチの悪い人の気配だ。

 街道の脇で待ち伏せしているということは、盗賊で間違いないだろう。


「この先で盗賊が待ち伏せをしています。どうしますか?」


 ラナリアがドバジに告げる。


「え!?それは本当ですか?どうです?」


 ドバジは、隣の冒険者スミフに確認する。


「俺には感じないが……そうか、獣人なら索敵できるか……人数は何人だ?」


 スミフはシルコに尋ねる。


「8人よ。1人は強いわね。2人はまあまあ。あとは雑魚よ」


 シルコが答える。


「2人は射手ですね。気配は大きくないから強くないですけどね」


 エスエスが付け加える。


「お前達、そこまで分かるのか。で、正直どうなんだ。俺で勝てそうか?」


 スミフの問いにシルコが答える。


「ハッキリ言って、あなた1人じゃ無理よ。相手のボスといい勝負ね。相手が多過ぎるわ」


「良かったら手伝うわよ。馬車に乗せてもらっているしね」


 ラナリアが提案する。


「分かりました。お願いします」


 ドバジは即決する。

 まあ、他に選択肢は無いのだが。


「弓、来ます!」


 エスエスが叫ぶと


 ヒュヒュッ


 弓矢が飛んできて、前の馬車のキャビンに突き刺さった。


「シルコとエスエスは馬車を守って!ワタル、行くわよ」


「へいへい」


 ワタルとラナリアは前に出て走る。

 更にその前を、スミフは既に走っている。


 盗賊達は、もう街道を塞ぐようにして、道の中央に出てきている。

 手には、剣や斧、槍などを持っている。

 薄汚く、悪人顔の髭面の男達、犬や猫の獣人もいる。

 一番奥にいるのがボスだろう。

 人間のようだが、熊の獣人エドキを思わせる大男だ。

 大剣を提げている。

 その両脇に、矢を間断なく撃ち続けている射手がいる。


「相手は盗賊よ。躊躇しないで殺して。そうじゃないと殺される。それがこの世界よ」


「分かったよ。前の世界の感覚は捨てる。ボスは任せろ」


 ラナリアとワタルは手短に会話する。

 ワタルは隠密スキルを発動。

 街道脇の茂みに入り、敵の背後に回る。


 ラナリアも、ワタル程ではないが気配を消してスミフの後ろに付く。

 これで、敵からはスミフが1人で突っ込んできたように見えてしまう。


 盗賊の矢が、スミフに向かって飛んでくる。

 スミフは剣で矢を払いながら進む。

 矢が正確に飛んでくるところを見ると、盗賊の射手の腕前は高いようだ。


 ラナリアは、スミフを盾代わりにして詠唱する。


「我が名に於いて世の理に命ず。風流は意を持ち此処に集え」


 先日、ワタルと一緒に完成した「ファイアボール」の準備だ。

 ところが、ラナリアもあのままで満足していた訳ではない。

 魔法についてはプライドが高いのだ。


 両手に同時に風の球を作り出した。

 そして


「カチッ」


 風の球に火を点火するイメージ。

 両手の風の球は火球に変化する。

 そして、そのファイアボールを盗賊の固まっている真ん中に向かって投げ込んだ。


 ゴウゥゥゥ


 熱気を撒き散らしながらラナリアのファイアボールが飛んでいく。

 街道の両サイドに、一旦飛び出すような軌跡を描き、それから軽いカーブを描きながら敵の中央に向かって2つの火球が進む。


 その時、前衛のスミフは、あろうことか一瞬火球に見惚れてしまった。

 間断なく飛んでくる矢がスミフを襲う。


 ドス、ドスッ


 2本の矢がスミフを貫いた。


「ぐぁっ」


 肩と腹に矢を受けたスミフはその場に仰向けに倒れる。


 致命傷ではないが、戦線離脱だろう。

 素早くそう判断したラナリアは、街道の脇に身を隠す。

 倒れたスミフの側にいたら、ラナリアを狙う矢が更にスミフを傷つけることになる。


 その時、ファイアボールが敵の中央に着弾した。

 2本並んで火柱が上がる。


「うわぁぁっ」


「ぐうぉぉ」


 盗賊達の悲鳴が上がる。

 火球の直撃を受けた者だけでなく、炎は周りを巻き込んで燃える。

 盗賊の半数が焼死、もしくは戦闘不能となった。


 残る盗賊は、ボスと射手が2人、猫の獣人の剣士である。


 ラナリアの火球に圧倒された盗賊達だったが、盗賊のボスは、まだ戦意を喪失していない。

 そのボスの一喝で、我に返った射手が再び矢を射ろうとする。


 ところが、弓が無い。

 今、持っていたはずの弓が消えてしまった。

 それも2人共である。

 射手同士で顔を見合わすが、訳が分からない。


「お前ら何やってんだ!!」


 ボスは怒っているが、ボスの大剣も無くなっている。

 戦闘中に、キョロキョロと辺りを見回す盗賊達はマヌケにしか見えない。


「一体どうなってやがる!」


 もちろん、ワタルの仕業である。

 隠密スキルを発動状態で、盗賊の武器を頂いてしまった。

 どっちが盗賊だか分からない。


 そして、ワタルは、新しい魔法を試してみることにする。

 片手で盗賊のボスの首を後ろから掴んで


「カチッ」


 バリバリバリバリ


「あばばばばば」


 ボスの身体に電流が流れて


 ドスン!


 ボスは前向きにそのまま倒れて、ピクリとも動かなくなった。

 唖然とする子分達。

 猫の獣人も


 バリバリバリ、ドスン!


 同じ運命をたどる。


 ワタルが使った魔法はスタンガンである。

 手の親指と人差し指の先を電極に見立てている。

 高電圧のバッテリーが腕に内蔵されているイメージでやってみた。


 まあ、失敗したところで相手は気付かないのだからリスクは無いのだ。


 スタンガンは、日本にいる時にテレビドラマで観たことがあった。

 確か誘拐犯が人を気絶させるのに使っていた。

 大きな黒い携帯電話くらいの大きさもので、先端の2つの電極を相手の首筋に押し当ててスイッチを入れると高電圧の電気ショックを放つ。

 もちろんワタルは使ったことは無かったが、イメージは十分に湧いたのである。


 でも、出力が強過ぎたようで、倒れた盗賊から煙が出ている。

 ワタルも腕がだるくなってしまった。

 やはり、体内のエネルギーを魔法に変換するとだいぶ消耗するようである。


 魔法はもうやめよう。

 ぶん殴るしかないな。


 残っている射手2人を、ボスの大剣の腹でぶん殴って気絶させた。


 戦闘終了である。

 隠密スキル解除。

 馬車の方へ手を振って、勝利を伝える。


 ラナリアは倒れたスミフの介抱をしている。

 矢を抜き、回復魔法をかけるが、完全に治るわけではない。

 次の町までは寝たままだろう。


「戦闘は終わったのか。すまない、迷惑をかけて」


 スミフはラナリアに謝っている。


「いえ、こっちこそ火魔法を使う前に声をかけるべきでした」


「いや、戦闘中によそ見をした俺が悪いんだ。あまりに見事な魔法だったんでついな。あんな火魔法は初めて見た」


 そこに馬車が移動してきた。

 ドバジとシルコでスミフを幌馬車の荷台に運ぶ。


 スミフは言う。


「盗賊の持ち物は、倒した者に全ての権利がある。盗賊の剝ぎ取りに行ってくれ」


 ワタル達は、盗賊の剝ぎ取りをすることになった。

 ワタルとしては、かなり抵抗のある行為だったが、この世界では当たり前のことらしい。


 優しいエスエスでさえも、容赦なく死体から目ぼしい物を奪っている。

 エスエスの場合は、以前に女冒険者がやっていたのを真似していたのだが。


 それから、盗賊の使っていた馬もワタル達のものになる。

 ちょっと離れた場所の木に3頭繋げられていた。

 エスエスが見つけて連れて来た。


 これは、ラッキーだった。

 馬は買うと高いのだ。

 ワタル以外の3人は馬に乗れる。

 これで、商人の馬車と別れた後の旅が断然楽になる。


 ラナリアとシルコは、倒れている盗賊から、たくましく剥ぎ取っている。

 お金はもちろん、町で売れそうなものは全てである。

 盗賊の持っているものは、大抵は誰かから奪ったものなのだが、それでも盗賊を倒した者の総取りがルールになっている。

 少しでも旨みを与えて、盗賊を倒す者を増やそうという地域の方針なのだ。


 強い盗賊、優秀な盗賊ほど、価値のある物を持っている確率が高い。

 しかし、討伐も難しくなり危険が増す。

 だから、各国は盗賊討伐に懸賞金をかけて討伐を推奨している。

 極一部の例外を除いて、生死を問わず、デッドオアアライブである。


 今回の盗賊は、ボスには懸賞金がかけられている可能性が高いと思われる。

 運が良ければ、幹部にも懸賞金があるかもしれない。

 最近では、大したことない盗賊にも懸賞金があることが多くなっている。

 それだけ盗賊の被害が多く深刻なのだろう。


 盗賊のほとんどは、冒険者になっても食べていけないクズの集まりである。

 多少強い相手であっても、数で囲んでなぶり殺しにする戦法を好む。

 残虐性が高く冷酷で、襲われた者は、男は殺され、女は犯され連れ去られる。子供は奴隷として売り払われる。

 大規模な盗賊集団だと、村ごと破壊し尽くされた例もある。


 土地を治める貴族も、討伐隊などを出しているが、盗賊に身を落とす者は後を絶たず、イタチごっこの状態だ。


 人権などというものが、あってないような異世界である。

 盗賊の人権など保証される訳もなく、捕まった盗賊は、即死刑か、もしくは危険地帯で死ぬまで働かされることになる。

 それでも、盗賊は無くならない。

 この異世界の社会問題の一つなのだ。


 さて、8人いた盗賊のうちの3人は死亡した。

 生き残った5人は、縄でグルグル巻きに拘束して、町まで連れて行って警備隊に引き渡すことになった。

 ラルソンの町が近い場所だったからだ。

 決して、盗賊の命を大切にしているからではない。

 生きて引き渡す方が、僅かだが報酬が高いからだ。


 警備隊は、盗賊を奴隷として売り払う。

 その金の一部が、討伐者にキックバックされるシステムになっている。

 これが町まで遠ければ、首を刎ねて、首だけ持って行くところだ。


 驚いたことに、ワタルの電撃で煙の出ていた盗賊のボスと猫獣人は生きていた。

 凄い生命力である。


 でも、ヨダレを垂らしてボーッとしている。

 ショックでどこかおかしくなったのだろうが、知ったことではない。

 強かったボスがそんな感じなので、他の盗賊も大人しくしている。

 いい傾向だ。


 猫獣人も瞳に生気がない。

 黒に近い茶色の毛の汚い猫である。

 筋肉がムキムキで可愛くない。

 悪い事ばかりしているから、こんな事になるのだ。

 白と茶の毛並みが美しいシルコとは大違いだ。


 ワタルとシルコは容赦なく盗賊の生き残りを縛り上げた。


 屍となった盗賊は、ここで焼いておく。

 余裕があれば埋めるのだが、穴を掘っている時間が惜しい。

 夕方までにはラルソンの町に着きたいのだ。

 縛った盗賊をゾロゾロ連れて、町の手前で夜になったらシャレにならない。


 街道から少し逸れた場所に、盗賊の死体を運び、ラナリアが火魔法で焼き尽くす。

 ファイアボールである。

 高い火柱が上がり、死体はすぐに炭になった。


 こんな魔法を軽く放つラナリアを見て、捕まった盗賊は逃げる気を失ったようだ。


 急いでラルソンの町に向かう。

 捕らえた盗賊を連れているので移動速度は遅くなるが、何とかなりそうだ。


 移動中の幌馬車の中には、怪我をした冒険者スミフが寝かされている。

 回復魔法で痛みは楽なようだが、歩くことは無理だろう。


「盗賊の持ち物や討伐報酬は、全部お前達が取ってくれ。俺は役に立たなかった」


 スミフはワタルたちに告げる。


「そんなことないわ。報酬は分けましょう」


 ラナリアは提案する。


「前に出て戦ったのは3人だから、報酬は三等分しましょう。それから、そうね、盗賊の装備はあなたにボスの持っていた大剣を譲るわ。後の細々したものはアタシ達が貰う、でどうかしら」


 これに対してスミフは


「いや、それでは貰いすぎだ。報酬は五等分にしよう。彼らが索敵してくれなかったら、もっと被害が出たかも知れない」


 スミフはエスエスとシルコに目を向ける。


「あなたがそれで良いのなら異存はないわ。でも、あなたが盾になってくれてる間に魔法の詠唱ができたのよ。だから、馬も一頭つけてあげる」


 ラナリアはニッコリ笑う。


 一口に冒険者と言ってもいろいろだ。

 報酬の取り分で揉める事は多い。

 殺し合いになる事もある。


 このスミフは、気の良い冒険者なのだろう。

 そういう意味ではラッキーだったと言える。


 結果としては、比較的大規模な盗賊に襲われた割には、死人も出さずに切り抜けた。

 上出来である。


 そして一行は、無事にラルソンの町に到着したのである。

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