第8話 異世界召喚
水晶の輝きが収まると、部屋の中は再び闇に包まれた。
強い光に目が慣れてしまった為に、少しの間、周りを見る事が出来ない。
部屋の中には粗末なランプがあるだけで、元々明るくはないのだ。
それでも、夜目の効く獣人のシルコは、いち早く部屋の中の状況を確認していた。
エスエスがアイテムで召喚すると言っていた女冒険者はいない。
代わりに、若い男性が腰を下ろしていた。
件の女冒険者は、エスエスの話によると、物凄い戦闘力だったということだ。
だが、目の前でキョロキョロとしている若い男は、それ程の強者には見えない。
下手をするとシルコ達より弱いのではないかと思わせる気配だ。
体がダルい。
一体どうなっているのか。
情報通のシルコにも分からなかった。
考えられることは、思ったよりも膨大な力をこのアイテムが吸収して、この男の召喚が行われた、ということだ。
それは、シルコ達の家を取り囲んでいるチンピラ達の気配が、一律に小さくなっていることからも推測できる。
多分、ここら一帯でまともに動ける奴はいないんじゃないかしら。
それについては運が良かったわね。
時間が稼げるわ。
シルコが素早く思考している間に、ラナリアとエスエスも目が慣れてきたようだ。
「この人が女冒険者……なわけないわよね」
と、ラナリア。
「はい。見たこともない男性です。変わった服を着ていますね。あの、大丈夫ですか」
エスエスがその男に話しかける。
話しかけられた男はしどろもどろだ。
「あ、あの、ここは何処ですか?樹海の中ですか?」
若い男性の声色、少しキーが高い。
黒い髪に黒い目。
落ち着きがなく、目がキョロキョロと動いている。
「樹海っていうのは……深淵の森のことですかね」
そこでシルコが
「あなた、女冒険者のことは知ってる?」
と話しかけると、
「喋った……猫が!」
と、酷く驚いている。
「失礼な人ね。猫じゃなくて獣人よ。ホントは半獣人だけど。で、女冒険者は?」
シルコは重ねて質問するが、男は何やらブツブツ言うだけで答えない。
異世界がどうとか、ファンタジーとか召喚とか呟いている。
そこでラナリアが宣言する。
「私は魔法使いのラナリア。あなたを呼んだのは私達よ。あなたがどこの誰かは分からないけど、助けて欲しいの。今、家の周りは敵だらけ。何とかしなくちゃいけないのよ」
「エッ!魔法使い……ここは日本、いや地球じゃないんですね」
「ここはチルシュの街。ランドの北のはずれにある街よ」
「やっぱり聞いたこともないな。異世界かパラレルワールドか」
また、男はブツブツ言い始めた。
思考を整理しているように見える。
ラナリアは男に告げる。
「お忙しいところ悪いんだけど、ちょっと外を何とかして貰えないかしら」
そう言われた男は
「外って言われても、何が何だか……」
と言いながら立ち上がり、壁の隙間から外を眺めてエドキ達を見ると
「うおっ!何だあれ。これは無理だろ!」
などと言いながら元の場所に戻って、膝を抱えてしまった。
ラナリア達は呆れ顔でその男を見る。
「ダメみたいね。そんな気はしてたけど。全然強そうじゃないものね」
「でも、悪いことばかりじゃなさそうです。周りにいる人達、大分弱ってるみたいですよ」
エスエスは慎重に気配を探って告げた。
その時、
ドン、ドン、ドン
エドキがドアを叩いてきた。
「てめぇら、何しやがった。あの変な光は何だ!力が入らねぇ。それに気配が一人増えてるぞ。うん?増えちゃいねえか?」
家の中では、ドアの音にビックリした召喚男が素早く物陰に隠れていた。
ラナリアはその男の姿を横目に見ながらエドキに答える。
「知らないねぇ。それよりもいいのかい。大分騒ぎが大きくなってるよ。そのお偉い貴族さんも目立つのは避けたいんじゃないのかい。もう少しすると警備の奴らも来るはずだよ」
「ちくしょう……大きなお世話だぜ」
エドキは悔しそうだが、ラナリアの指摘は的を得ていた。
依頼者からは、裏の仕事だと言われている。
確かに、真っ当な依頼なら貧民街のチンピラに頼むはずがない。
しかも、夜中の人攫いなんて表立っていい仕事な訳がないのだ。
「仕方ない、今回は引くぞ。一旦戻って立て直しだ」
エドキが叫ぶ。
仲間の獣人達も、ヨロヨロと立ち上がり撤退している。
アイテムの光に奪われた力が大き過ぎて、これ以上働きたくもないのだろう。
反対する者はいないようだ。
ホッとするラナリア達。
今日のところは何とか助かったようである。
遠ざかるエドキ達の気配を確認しながら、ラナリアが言う。
「疲れたわね。ちょっと休ませてもらうわ」
ラナリアはベッドに横になる。
魔法の使用に加え、アイテムに魔力を吸い取られて、エドキとのやり取りなど緊張の連続だった。
いつも以上に消耗していた。
そこにおずおずと召喚男が近寄ってくる。
「大分具合が悪そうですね。良くは分からないですけど、栄養失調じゃないですか。良かったらこれ食べて下さい」
召喚男が差し出したのはチョコレート。
チョコバーの中にキャラメルとピーナッツの入っているやつだ。
高カロリーの栄養食だ。
当然、異世界のランドには無いものだ。
見たことも無い食べ物を差し出され、当惑するラナリアだが、甘い匂いが鼻腔をくすぐる。
それに、この召喚男からは、敵意も悪意も感じない。
あまりにもビビりでヘタレだが、危険は無いと判断できた。
それは、シルコもエスエスも同じ様に感じていて、止めはしなかった。
ラナリアは意を決してチョコバーをかじる。
「ん!んぅぅぅ!」
ラナリアは、あまりの衝撃に目が回りそうだった。
経験したことの無い濃厚な甘さが口の中に広がっていく。
身体中に栄養が染み渡っていくようだ。
「何これ、なんでこんなに甘いの!?」
夢中でチョコバーを食べるラナリア。
ラナリアの顔色がみるみる良くなっていく。
落ち窪んでいた目の周りも弾力を取り戻し、肌ツヤも良くなっている。
少し若返ったようだ。
慢性的な魔力欠乏症のラナリアには、高カロリー食が特効薬になる。
ただ、貧しくて、そういうものを食べられなかっただけである。
みるみる様子が変わっていくラナリアを、驚愕の表情で見つめるシルコとエスエス。
召喚男は、
「あなた達も良かったらどうぞ」
とシルコとエスエスにもチョコバーを差し出した。
「え、いいの?」
2人もチョコバーを食べる。
この2人も、ラナリアほどではないにせよ凄い反応だ。
エスエスなどは泣いてしまっている。
「凄い食べ物ね。ランドには無いものだわ」
ラナリアは起き出してきた。
顔色がすっかり良くなっている。
「確かに。聞いたこともないわ」
シルコが応える。
「あなたは何処から来たの?」
「富士の樹海にいました。突然白い光に包まれて、気が付いたらここに」
「フジノジュカイ……?何処なのそれ」
情報通のシルコも知らない場所だ。
「どうやら彼は、ランドの外から来たみたいね」
ラナリアが言う。
「ランドの外側の海の向こうに別の世界がある、という文献を読んだことがあるわ」
シルコが続ける。
「それから、南の王国で三百年前に異世界から勇者を召喚した、という記録を読んだことも。その勇者は、見たこともない道具を持っていて、優れた能力を持ち世界を救った、とあったわ」
そこで、召喚男が口を開く。
「俺は異世界から召喚されたんだと思います。俺のいた世界には、何処を探しても喋る猫や魔法使いはいませんから。俺は地球という星の、日本という国から来ました。神林渡と言います」
「さっきの食べ物は助かったわ。アタシは魔法使いのラナリアよ。カンバヤシワタルって長いわね。ワタルって呼ぶわね」
「私はシルコ。猫の獣人の姿をしているけど半獣人よ。よろしくね、ワタル」
「ボクは森の小人族のエスエス。こう見えて16歳の大人です」
なかなかに濃いメンバーだとワタルは思った。
さすがに異世界だ、普通の人がいないな。
召喚してくれちゃったのは……まあ良いけど、俺には特別な能力なんて無いと思うけどなぁ
それにしても、ホントにこういう事があるんだね。
なんかちょっとワクワクしてきた。
などとワタルが考えていると、ラナリアが話しかけてくる。
「これは事故だと思うの。アタシ達は、ある女冒険者を召喚しようとしてアイテムを使ったら、あなたが出てきたのよ。勝手に呼び出しておいて申し訳ないけど、しばらくの間、アタシ達に協力して貰えないかしら」
すかさずエスエスが謝る。
「本当にごめんなさい。ボクのアイテムが暴走したみたいで。ワタルには迷惑をかけちゃって」
ワタルは少し考えてから口を開く。
「お話は分かりました……いや、分かったよ。俺を召喚してしまったことは謝らなくていいよ。別に迷惑じゃない。実は、元の世界では色々あって絶望していてね。人生を変えてみたかったんだ。ちょうど良いよ」
「そう言ってもらえると助かるわ。でも、さすが異世界人ね。言ってることの価値観が全く分からないわ」
ちょっと呆れた風のラナリア。
この時、ラナリア達にはワタルが悪人でないことが分かっていた。
エスエスが仲間になった時と同じである。
これから、ワタルが仲間になるような気がしているのだ。
「俺にできることなら何でも協力する。だから、この世界のことを教えて欲しい。何にも分からないのは不安なんだ」
「それだったら私が……」
シルコが進み出て、ランドの成り立ちから現在の情勢まで、かいつまんで的確にワタルに説明する。
さすがに本の虫のシルコ。
その説明は簡潔で分かりやすいものだった。
ワタルは説明を聞きながら、どうやって猫が喋っているのが気になってしまい、シルコの口元を凝視し過ぎてシルコに怒られていた。
「ホントに失礼な人ね。私の口がどうかしたわけ?」
「いや、ごめんなさい。猫が喋るのを見たのは生まれて初めてだからさ」
「私だって、ワタルみたいな人は初めてよ!」
シルコは口で言っているほど怒ってはいない。
ラナリアとの口喧嘩で慣れているのもあるが、ワタルにシルコに対する侮蔑の感情が全く無いからだ。
この世界では、人間族はどうしても獣人を侮蔑の対象として見る傾向がある。
それは、獣人の多いこのチルシュにあってもあまり変わらない。
これは、ランドの歴史的な成り立ちに関わることで、一部の国を除いて支配階級の貴族に人間族しかいないのを見ても明らかである。
ラナリアとシルコのような関係は珍しいのだ。
幼い頃に奴隷に落とされたシルコは、人間の自分に対する侮蔑の感情に敏感である。
ところが、ワタルにはそれが無い。
あるのは純粋な好奇心か。
たまにワタルの視線が、大きく張り出した自分の胸にチラチラ来ているのは分かったが、それにすら嫌悪感を抱かなかった。
「それに、何で私の胸をチラチラ見てるわけ?」
「えっ!いや、そんなつもりは……あ、いや、その、ごめんなさい……」
顔が赤くなって下を向くワタル。
それを見たシルコは思わず吹き出しそうになる。
「シルコがアタシやエスエス以外と、こんなに楽しそうにするなんて珍しいわね」
ラナリアが話に入ってくる。
「まあ、とりあえずよろしくね、ワタル。アタシ達はあなたを信用するわ。あなたも何処にも行く当てはないだろうから、アタシ達を手伝ってちょうだい」
「そりゃ協力するけどさ。でも、俺、何もできないよ。喧嘩も弱いし、あんな熊みたいなのと戦うなんて無理だよ」
ワタルは心配になる。
「分かってるわ。でも、ちょっと気になることがあるの」
ラナリアはそう言うとワタルを立たせる。
「ワタル、気配を消してみてくれない?」
「気配?よく分からないけど……こうかな?」
ワタルは、エスエスの座っている木箱の後ろに身を屈めて小さくなる。
すると、
「!!」
驚いたのはエスエスである。
後ろを振り向いてキョロキョロしている。
「消えた!ワタルは何処にいったんだ」
驚いているのはエスエスだけではない。
シルコも
「気配を全く感じないわ。どうなってるの」
と言いながら耳をピクピクさせている。
「気配だけじゃない。音も匂いも感じない」
鼻もヒクヒクさせている。
「やっぱりね」
ラナリアは納得したように呟く。
「もういいわ。ワタル、出てきてちょうだい」
ラナリアが告げると、
「えっ、ずっとここにいるけど」
と言いながら、ワタルはラナリアのすぐ目の前に現れた。
「キャッ」
驚くラナリア。
後ずさってひっくり返りそうになり、ワタルに抱き止められる。
「どうしたの?」
真顔で尋ねるワタルに、ちょっと照れた様子のラナリア。
少し顔が赤い。
「ゴホン、何でもないわ。大丈夫よ」
咳払いをして自分で立つラナリア。
それを見てシルコが言う。
「ラブシーンはもういいから、ちょっと説明して貰えないかしら」
「ゴホン、ゴホン、予想してたよりも凄い能力のようね」
また咳払いをして、ラナリアが答える。
「ワタルは、強力な隠密能力を持っているみたいよ」
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