第3話 森の中の3人

 深淵の森の中、薬草が自然に群生している秘密の場所に、森の小人族の男エスエスが座っている。

 左足に怪我を負っていて、少し痛そうだ。

 幼児のような小さな体、整った顔付きをしている。


 その向かいには、自称魔法使いのラナリアが座っている。

 いかにも魔法使いといった感じの黒いローブのフードは下ろされている。

 赤い髪がボサボサなのはいつものことだ。


 その横には、自称半獣人の猫の獣人シルコが座っている。

 耳がピクピク動いたり、鼻をヒクヒクさせたり、表情の変化が忙しい。

 多分機嫌が良いのだろう。

 見た目は大猫のシルコだが、こう見えて本の虫である。

 本当に色々なことを幅広く知っている、物知りハカセである。


 3人は、水筒の水を分け合って飲み、それぞれが持っている食料を分け合って食べている。


 この世界では1日2食が常識である。

 日の出とともに起き出して働き、その後に朝食を摂る。

 そしてまた働いて夕食を摂る。

 日が落ちたら早く寝るのだ。

 灯をともすことが出来ない訳では無いが、多くの人はそんな無駄なことは出来ない。

 灯りを煌々と照らして夜更かしするなど、余程の金持ちか貴族のすること。

 貧しい人々は考えてもいない。


 現在の時間は、正午を回ったあたり。

 普通なら食事の時間では無い。


 この世界の時間の流れは、地球の時間とほぼ同じだ。

 きっと星の大きさや、星としての環境が同じ位なのだろう。

 そして、この異世界のランドには四季がある。

 春夏秋冬と順番に季節が巡ってくる。

 その地域のランドの中での位置によって、多少のズレはあるものの、大体は同じように四季が巡って来るのだ。

 北に向かうと寒い季節が長く、南に向かうと夏が長い。

 これは、ランドが北半球の中間辺りに位置していることを表している。

 もっとも、異世界の人々で自分の立っている地面が星の上だと分かっている者は存在しないのだが。


 今の季節は春である。

 春の終盤、初夏と言うにはまだ早い。

 ピクニックにはちょうど良い季節だが、彼らにはそんな意識は無いだろう。


 さて、彼らがこの時、一緒に食事をしているのにはちょっとだけ意味がある。

 この世界では、お互いの持っている食料を食べ合うことで、腹を割った事になるのだ。

 森などを探索している時の食べ物はとても貴重なものだ。

 そして、貧しい人ほどその重要性は高くなる。

 相手の持っている食料を食べ、自分の食料を食べさせるという行為は、信頼関係無しにはあり得ないのだ。


 日本でいう「酒を酌み交わす」みたいなものに近いのかもしれない。


 ラナリアとシルコは、非常用に干し肉や干し野菜を持って来ていた。

 保存食として一般的なものだ。

 別に美味しいものではないが、いざという時に食べ物があるか無いかで、生死を分けることがあるかもしれない。

 遠方へ探索に出るときの必需品である。


 エスエスは、木の実やキノコ、干し果実などを持っていた。

 どれもこの深淵の森に生えている野生の植物で、道すがらエスエスが現地調達してきたものだ。

 これらの食材は、森の植物の目利きが出来ないと、どれが食べて良いものか分からない。

 その点、エスエスの持っていた食べ物は、食べられるだけでなく、かなり美味しいものだった。

 さすが森の一族である。


「うわぁ、甘ぁいぃぃ」


 ラナリアは、半生の干し果実を食べて、泣きそうになる位感激している。

 エスエスに抱きつかんばかりの喜びようだ。


「この森にこんな果物があるなんて知らなかったわぁ」


「私も知らない果物ね。きっと名前も無いんじゃないかしら」


 とシルコも同意する。


 現代の日本の甘いお菓子と比べたら、野生の果物にそんなに甘さがある訳がない。

 干せば甘みが増すというがそれなりだろう。

 でも、この世界では甘味は貴重品。

 特に魔法にカロリーを使う魔法使いのラナリアにとっては本当に嬉しい食べ物だった。


「喜んでくれて嬉しいです。でもこれ、もうちょっと森の奥に入ると、たくさんなっていましたよ。高い木の上にあるのを見つけたんです。下の方になっている実は、食べられない奴でした。上の方にある実が美味しいのをみんな知らないんですよ」


 エスエスは説明する。


「えー、採りに行きたいけど、高い木の上じゃ無理っぽいわねぇ」


 と言っているのはシルコ。

 尻尾をブンブン振っている。

 これにラナリアが突っ込む。


「アンタ猫なんだから木登りくらいしなさいよ」


「私は半獣人!猫じゃないの!」


 エスエスは慌ててとりなす。


「まあ、まあ、まだありますから、喧嘩しないで食べて下さい」


 エスエスは驚いているが、ラナリアとシルコのこんなやり取りは日常茶飯事である。

 信頼しているもの同士の辛辣な会話。

 時に、重大なコンプレックスやトラウマに至る事までネタにすることもある。


 そんな会話を聞かされたら、周りの者は気を遣って仕方がないが、本人達はけろっとしたものだ。

 そんな事を気にせずに、強く生きて行こうとする2人の気持ちの現れなのかもしれない。


 それにしても、この3人は直ぐに仲良くなった。

 自己紹介も済ませて、既に名前で呼び合うようになっている。


「ふうん、その女の冒険者に回復魔法をかけてもらったのに、何でまだそんな足してんの?」


 昨日の出来事を話したエスエスに、ラナリアは問いかける。

 エスエスの左足のふくらはぎは紫に腫れ上がっていて、表面はただれているように見える。


「いやー、お恥ずかしい話なんですが、どうも休憩中に何かに刺されたみたいなんですよ。それが丁度矢が刺さってた場所で。結界を張って休んでたんで大丈夫なはずだったんだけどなぁ」


「厄介な虫か魔物のなのかしら。地中から襲って来る魔物もいるって話よ。エスエスにも分からないの?」


 シルコが更に尋ねる。

 知りたいことに集中してくると、シルコの耳は後ろに倒れたままになる。


「痛い、と思ったときにはもう何もいませんでしたからね。この傷の腫れ方にも見覚えは無いんです。それ程痛くは無いですが、疲れやすくなったような気がします」


 エスエスの答えにラナリアは眉をひそめる。


「それはちょっと心配ね。出来れば街の医者に診せた方が良さそうね。どうせあなたも街に行くつもりだったんでしょ。連れていってあげるわよ」


「え、でもボクお金持ってないからお医者さんは無理ですよ。それになんか申し訳ないですよ」


 エスエスは遠慮する。


「なに言ってんの!何とかなるって。お姉さんに任せなさい」


 ラナリアは胸を張り、ゲンコツでドンと自分の胸を叩いてみせる。


 ラナリアは年上ぶっているが、この3人の年齢はそんなに変わらない。

 ラナリアが17歳、シルコが15歳、エスエスが16歳だ。


 でも、見た目の年齢は大分違う。

 ラナリアは相当老けているし、シルコは年齢不詳。

 小人族のエスエスは幼児のようである。


 他人が見たら、母親と息子が奴隷の獣人を連れているようにしか見えないだろう。


 胸を張るラナリアを見てシルコが余計な事を言う。


「ほら、ラナも無い胸張ってるんだから大丈夫よ」


 それを聞いたラナリアが怒る。


「胸はあるわよ。アタシは痩せてるだけよ。アンタみたいに余計な脂肪を胸に回してる余裕が無いのよ」


「はい、はい。歳をとると怒りっぽくて嫌ですねぇ」


「そんなに歳もとってないわよ!アンタなんか毛だらけで何歳だか分からないじゃない!」


 もう何度目かのケンカになりそうな2人を見て、エスエスは慌てて口を開く。


「分かりました!分かりましたって。街までご一緒させていただきます!」


「「分かればいいのよ!!」」


 同時に2人がエスエスに振り向く。


 顔を見合わせて思わず笑う3人。

 すっかり仲良くなっている。


 さて、街に戻ると決めた3人は手早く薬草を摘み始めた。

 幸いな事に、エスエスの草木に対する知識が相当に役に立った。


 シルコの本を読んで得た知識もかなりのもので、エスエスを驚かせた。

 これまではその知識のお陰で薬草摘みの仕事をこなして来ていたのだが、エスエスの森の知恵は、それを更に実践的なものにした。


 というのも、同じ種類の薬草を摘むのでも、質の良し悪しがある。

 同じ薬草の株の中にも、有用な部分と不要な部分がある。


 同じ量の薬草を持ち込んでも、今までより高く売れるのではないか、とシルコは予想している。

 もしそうなれば、結構な収入アップだ。

 もう少し美味しいものも食べられるかもしれない。

 尻尾をフリフリ、摘んだ薬草をまとめながら、シルコの顔からは自然に笑みがこぼれている。


 これまで、ラナリアと2人でやって来て、寂しいと感じたことは無かったが、エスエスを加えた3人での仕事はとても楽しい。


 シルコは、エスエスもずっと一緒に居てくれればいいのに、と思っていた。


 一方エスエスは、態度には出さなかったものの、実は体の調子が良くなかった。

 不調の原因は、やはり足の怪我だろう。

 エスエスは森の一族である。

 これまで何度も、森に住む毒を持つ生き物にやられた経験があった。

 今では、大抵の毒虫や魔物の毒ならば、エスエスの抵抗力が上回り、ここまで悪化する事はなくなっていた。

 それが今回の足の症状は、エスエスが経験した事も見た事もないものだ。


 一抹の不安がエスエスを襲う。

 昨日も、森での自分の力を過信して危機に陥ったばかりだ。


 同じ森でも街が近いと調子が狂う、とエスエスは思っていた。

 そして、自分は運が良い、とも感じていた。


 昨日は女冒険者に助けられた。

 今日は、魔法使いと獣人の女の子に助けられている。

 助けられてばかりだな。

 もっとしっかりしなくちゃダメだ。


 エスエスは絶賛反省中である。


 ラナリアはというと、ほとんど干し果実に目が眩んでいた。

 エスエスのことが気に入っているのは間違いない。

 でも、食べ物の威力は絶大だ。


 エスエスの足が治ったら案内してもらって、あの果実を採りに来ましょう。

 沢山採って、干し果実にして街で売るのもいいわね。

 ちょっと貧乏から脱出できそうじゃないの。

 ホントにエスエスはいい子だわ。

 可愛いし、使えるし。

 ずっと仲間になってくれないかしら。

 でも、男性としての魅力というか迫力に欠けるわね。


 などと勝手なことを考えている。


 さて、三者三様の思いを抱きながらも、薬草の群生地を後にする。

 それぞれ沢山の薬草を背負っている。


 薬草は乾燥させれば軽くなるが、採ったばかりのものは水分を含んでいて、それなりの重さがある。


 エスエスは、体力はあるが身体が小さいので、運べる量にも自ずと限界がある。

 シルコは、獣人なので体力や戦闘力がありそうだが、そんなことはない。

 人並みである。

 ラナリアは、痩せすぎで力も体力も無い。

 いざという時は魔法も使わなくてはいけないので、薬草の運搬にそれほど体力を割くわけにはいかない。


 それでも3人は、精一杯の荷物を持ち、ご機嫌で帰路についていた。


 これから、とんでもない事件が起こるとは、3人には知る由もなかった。


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