名探偵なんていらない
折房 伝馬
アンロック・サーチャーと奇巌の城
「いいえ、彼女は犯人ではありませんよ、ヒース警部」
男の声は、大理石でできた天井に反響し木霊を返す。
「しかし、アンロック・サーチャーさん、では何故彼女は、事件後に姿を消したのです? 犯人で無ければ、その様な必要は無いではないですか」
ヒース警部はアンロックに向けて問いかける。アンロックの手にはトレードマークとも言える鳥打ち帽が握られていた。そのため、彼にしては珍しく、後ろにきれいになでつけられ、そろえられた黒髪が露わになっている。アンロックはその髪型をしきりに気にしていた。
「それは、犯人が、彼女に罪を着せようとしたのですよ。悪党が良く取る方法です。スケープゴートと言う奴ですよ」
アンロックはパイプをくゆらせながら、ヒースの質問に応える。
「では彼女は?」
「犯人により捕らえられ」
アンロックはそう言うと悲しそうに首を振る。その態度に、周囲の人々は慨嘆の声を漏らす。
「しかし、それなら犯人は誰だというのです?」
ヒース警部はじれたように問いただす。アンロックはパイプを右手で掴み、煙を吐くと、
「犯人は彼ですよ」
そう言って、パイプの吸い口で、その場にいる一人の男を指し示した。
アンロックにより指し示された男は、激昂したように声を荒げたが、すぐに周囲の目に気がつき、声を潜める。アンロックの影響力は、彼のそれを越えている。アンロックが彼を犯人だと言えば、それはとりもなおさず、罪が確定したような物なのだ。
「そんな馬鹿な、彼は被害者の父ですよ」
それでも、ヒース警部だけはアンロックに反論する。彼だけは、アンロックの言葉を無条件に信じることを頑として否定している。それが警察としての務めであり、矜持であると信じていた。
「しかし、あなた方は、犯人は被害者の娘だと思っていたのでしょう? 犯人が被害者の父である事と、犯人が被害者の娘である事、その二つにどれほどの違いがあるというのです?」
アンロックはその言葉が心外だとでも言うように大げさに肩をすくめて言い返す。
「しかしですな、それなら彼は、自らの娘だけでは飽き足らず、自らの孫まで手にかけたと? あの、キンデリック卿が?」
ヒース警部はあり得ないとでも言いたいのか、卿(サー)の部分に力を込めて尋ねる。
「そうなりますね」
しかし、アンロックは涼しげな様子で応える。
「例えどのような人物であろうと、犯人である事に代わりはありません。それがどれほど信じられない事象であろうと、真実を曲げることはできませんから」
アンロックのおきまりの台詞に、ヒース警部は天を仰いだ。
「しかし、それなら証拠はどこにあるのです? サーが犯人であると言う証拠が無い事には、我々はその言葉を信じるわけにはいきませんよ」
「証拠、証拠、証拠、あなた方はいつまで経ってもそればかりですね。だからいつも真実を見失うのです。しかし、そこまで言うならお見せしましょう、確たる証拠を。あなた方の前に立ちふさがる、開かざる扉を開けるための鍵をね」
アンロックはそう言って部屋の扉へと向かう。その動作を一堂は、まるで神聖な儀式を見守るかのように声を詰めて見守っていた。
その沈黙の中、アンロックは両開きの扉を大きく開け放つ。そこには、逃げたと思われていた被害者の娘、メアリーが立っていた。
「彼女が、証拠です。キンデリックの手により川に突き落とされ、つい先日まで意識不明の重体だった彼女を、私が保護しました」
「馬鹿な、あの崖から落ちて助かるわけが!」
思わずキンデリックが叫ぶ。その言葉に、ヒースは、キンデリック卿へと歩み寄る。
「キンデリック卿、今の言葉はどういう意味ですか? 彼女がどこから落ちたというのです? メアリー女史が崖から突き落とされたという、我々ですら掴んでいない情報を、あなたはどこで手に入れたというのです?」
ヒース警部の詰問に、キンデリックは言葉も無くへたり込んだのだった。
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