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糸原アキラ
第1話
目を覚ます−
目を覚ますと、そこは−
誰かの部屋だった。
夏の夜。風鈴の音がする。
明かりは、部屋の天井から吊り下げられた蛍光灯だけで、部屋の四隅は陰を帯びている。今、
誠は、首を振ろうとした。だが、首は動かない。
誠は、更に、手足を動かそうとした。だが、手足の感覚はない。
何だ、これは−
と思った時、襖が開き、誰かが出てきた。
自分と同じぐらいの少年だ。
赤いシャツに短パン。坊主頭。横顔に覚えがある。そうだ。中学の時の同級生だ。森田。そう、仲の良かった
久雄は、部屋のテレビの前に座り、熱心にゲームをしている。RPGだ。このあいだ真が買ったのと同じものだった。パッケージが床に置いてある。マジか、アイツもやってたんだな。かなり手こずっているようだが、どこまで進んでるんだろう…。そう思い、テレビの画面を覗こうとするが、やはり視界は動かない。真は動くのを諦め、久雄がゲームをするのをただただ観察し続けた。退屈だ。次第に眠気に襲われる。そもそも眠っていたのだ。意識がしゃんとしているはずもない。視界はボケてきて、また暗くなっていく−
「おい」
声が聞こえた。その後ろから掃除機の音もする。
「おい、真。起きろ、時間だぞ」
眠気を感じ眠ったはずなのに、もう目が覚めてしまった。真は眠気を覚えながら、目を開いた。首を回すと、視界が動く。腕に力を入れると、きちんと動く。
目の前には、ルームメイトの
「何だよ」
「ブルドッグが来るぞ」
「ブルドッグ?」
ブルドッグとは、二人の寮の寮母のことだ。
「寮の閉鎖は今日だ。正午までに俺たちは追い出される。今、もう朝の9時だ」
真は驚いた。
「は?」
「は、じゃない。9時だ」
「じゃあ飯は」
「もうとっくに終わってるよ」
「そうかー」
真は落胆した。全身汗びっしょりになっている。目が覚めてから異常な喉の渇きを感じていた。給水機は食堂にしかない。汗だくになっているのに気付いたらシャワーに入りたい気分にもなってきたが、恐らくもうシャワーも閉鎖されていることだろう。
「お前、荷造りした?してないんだったら急いだ方がいいぜ」
良が、廊下に通じる扉を開いた。
たくさんの同級生たちが、荷物を引いて廊下を忙しなく通っていく。
「荷造りぐらいしてる。もう、すぐ帰れるよ」
「そっか」
そう言うと、良は真の視界から消えた。
真は上体を上げ、背中を掻いた。窓の外を見ると、多くの生徒たちが列をなし、校門から外へ出て行く。その風景を縁取るように、鉄骨が組まれている。
真たちの暮らす寮は、今年の夏いっぱい改修工事が行われることになっていた。なので夏休みは、実家で過ごさなくてはならない。真は夏休みも寮で暮らすつもりだったので、ひどく落ち込んでいた。家まではそれほど遠くはないが、家事を引き受けなくてはならないのは嫌だった。実家のクリーニング屋は、姉が一人で切り盛りしている。その為、家事は真が全て行っていた。自分の時間がなかなか作れなかったから、寮に来たというのに…。
「お前、家帰んのどう?俺はすごい楽しみ」
こいつ、殴ってやろうか。
「微妙」
と真。だが素っ気ない応対は、良のテンションを下げるのには不十分だったようだ。
「そうか。俺はな、この日をずっとずっと待っていたんだ」
「そうか。そりゃいいね」
「理由を聞いてくれ」
「『聞いてくれ』と言われたら、聞きたくなくなるのが人の性」
「捻くれてやがるな。それだから彼女も出来なんだ」
「じゃあ、お前は素直だから彼女がいるのかよ?」
真がそう言った瞬間、良は笑みを浮かべた。部屋の奥の、少し影のあるところで浮かべたものだから、その古さと相まってなんだか不気味に見えた。
「よくぞ聞いてくれました。居るのよ、俺には。地元にな」
「ああそうかい」
真は服を脱ぎ、旅行鞄から新しい服を出して着る。
「可愛いよ」
「写真見せろ」
「後でな」
服を出し終えると真は鞄を閉じ、いよいよ部屋を出る準備をした。
古い寮だ。住むのには全く不自由ないが、壁にはひびが入っているところもあり、建ってから長い月日が流れている印象を受けた。夜は、照明も少なく、暗いところが多かった為、ちょっと怖かった。改修後は、照明もLEDになり、随分と明るくなるという。
寮も、鞄を引いて真の方にやってきた。
「行こうぜ」
廊下の人通りも疎らになってきていた。時間だろう。
「うん」
***
良の実家が、隣町にあることが分かった。
「初耳だ!」
そう思わず叫ぶ良。真も少し驚いた。
「じゃあ、お前が会うの楽しみだって言ってた彼女にも、俺会えるわけか」
「なんだよ、狙ってんのか」
「違うよ」
正門を出るとき、写真を見せてもらったが、確かにとても可愛らしい女の子だった。久々に会えるのが楽しみというのも頷ける。長い黒髪が柔らかな印象を与える、どちらかといえば可憐な印象を与える少女だった。
一方の良はというと、そこまで容姿に恵まれているとはいいづらい。顔貌は悪くないが、男らしいというよりは可愛らしいタイプだろう。どことなくげっ歯類を思い起こさせるので、「リス」とか「ネズ(ミ)」とか呼ばれていた。
「あ、でも、地元戻るってことは…。俺、結構女子に知り合いいるから紹介できるよ。真もどう?」
「え」
「どう?」
「どうって…」
彼女が出来る、ということをあまり考えたことのない真は答えに窮した。
「いい、かもね」
「偉い!素直によく言った。じゃあ日程あとで連絡するから」
そう良が言ったところで電車が来た。
***
隣町ではあるが、最寄りの駅が別々の鉄道会社に属していたため、二人はかなり早い段階で別れた。
真はたまたま空いていたボックス席に座り、外の風景を見る。
のどかな自然の風景。畑が広がり、青々とした木々が景色を彩る。あと少ししたら、建物が増え、人が増え、景色も賑やかになっていくことだろう。真が住む
たまには、こうして移動するのも悪くはない。色々なものを新鮮に感じる。
例え目的地に、そこまでの思い入れがなかったとしても。
柔らかな日差しを受けて、真は徐々に瞼を閉じていった。
photogr@ph -フォトグラフ- 糸原アキラ @danekun
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