宵町森事件 ③

宵町森よいまちもり―――


私達の住む街、北烏山市きたからすやましの北部にある、うっそうと針葉樹の茂った森だ。


森の中にはその昔、北烏山市きたからすやましの名の由来となった烏天狗からすてんぐまつった神社がある。


神社の社に向かうには、長い鳥居の続く急な階段を千段上がらなければならないので、運動部などがよくトレーニングとして使う事で知られている森だった


そんな宵町森で、人が死んだ。

それも、私達の通う海鹿島高校あしかじまこうこうの生徒だと言う。


一体誰が?

どうしてその人は死ななければならなかったのか?


事件なの?

事故なの?


それとも自殺なの?


他殺なの・・・?


それすらも、真実さえも何も見えては来なかったけれども、人が死んだと言うこの言葉だけで私達は、何か大きな渦の様なモノに飲み込まれそうな感覚を覚えた。




「率直な意見だけども・・・・」


最初に口を開いたのはユッキー先生だった。


「俺はこの事件には首を突っ込まない方がイイと思う。と言うか、警察に任せておくべき事件だと思っている。」


正論だった。

その場にいた皆が頷いた。


「それに、有森も先生に釘刺されただろ?宵町森には行くなって言われたんだろう?」


こくりと、私は頷く。

確かに言われた。


宵町森には行くなと言われた。


それはまるで、私がいつも考え無しに行動しているのを知っているかの様な口ぶりだった。


「果南ちゃん、私も、行ったら駄目だと思うよ?」


サエちゃんが小さい子を叱る様に言うので、ちょっと笑ってしまったけれども、とりあえず私は、


「大丈夫大丈夫!誰かが死んだ森なんて、しばらく行く気に何かなれないよ。」


と、言った。

それも、心底嫌そうに言ったので、リンちゃん先輩もサエちゃんもユッキー先生も誰も疑っている様子は無かった。


なので多分私は、こっそり一人で森に入ったりはしないだろう?と、自分に問いかけたんだ。


森に行ったら、何か変わりそうな~自分のこの鼠色の羽根が少し白くなるんじゃないか?なんて、オカシな期待をしていた事が、馬鹿らしくなって来たからだ。


何かが変化したら、自分も変化するかもしれないと言う淡い幻想を持つのは止めようと「あの日」誓った事を忘れそうになっていた。


「本当!大丈夫だから、私は行かないから~」


そんな感じで、私の突拍子もない行動を抑止するみんなの言葉に促されて、この宵町森事件の話は終った。


もう、この部活では事件の話は出ないだろう?

皆がそう心の中で確信して、今日の部活はお開きになった。




帰宅する道すがら~


「私は心配してるんだよ!!」


と、サエちゃんががっつり!がブリ寄ってきた。


このサエちゃんの「心配」と言うのは、私が過去に起こした事件の事を指しているのである。



過去に起こした事件~実は、今回の宵町森事件とはちょっと違うけど、人が殺されそうになった?かも知れない事件が5年前にあった。


その時私は10歳で小学生だったんだけども、事件に巻き込まれた人~が実は同じクラスの友達で、いつも遊んでいた友達で、その子が突然さらわれたのだ。


その、さらわれる瞬間を私は目撃していたのだ。


普通なら、そこで警察を呼んだり近所の大人を呼んだりするべきだったんだが、さらわれ方が普通とは違っていたので、それで声を上げられなかったのだ。


目撃した私を置き去りにして、犯人は宵町森に向かって行った。


そう。


この、今回の宵町森事件は、過去の私が何かに向かって行った時の舞台だった場所なのだ。


10歳の私が目撃したその犯人の姿は、とにかく黒かった。

それだけに尽きる。


黒くて大きくて威圧感が凄くて、私なんかそこいらの雑草と同じ位やすやすと殺す事が出来るだろうと、一目で分かる~そんな巨体をしていた。


さらわれた友達は、割とあっさり解放されたのだが、立ち向かって行った私はかなりのダメージを受けた。


さらわれて被害に遭った友達よりもダメージを受けた。


心と身体にダメージを受けて私は、一か月ほど市内の病院に入院したのだ。


黒くて大きいその犯人は、私が追撃している時に色んな人に目撃されていて、私とその黒いヤツとが対峙している時には実は周りに警察の関係者も多数駆けつけていたのだ。


警察が来た時に素直に従っていれば、私は怪我も心に傷も負わなくて済んだのかも知れないけれども、その時の私は、何故か色々必死だった。


だから、私はあの時黒いヤツに何か重要な事をしゃべった様な気がするんだけども、今となっては何も思い出せなかった。


病院に入院している一か月の間、私は事件の事~対峙した黒いヤツに関する記憶だけを無くしている事に気付いたのだ。


黒いヤツは一体何者で、どうして友達をさらったのか?とか、そう言った事全てが闇の中に消えていたのだ。



~と言う事件に首を突っ込んだと言うか渦中の人になってしまったと言う経緯があるので、桐生先生や部の皆が必死に止めてくれていたんだと、思う。


だから、宵町森には行く気はそれ程湧かなかった。


ただ、何かドス黒い悪意の様な渦が森に集まっている様な~、そんな感覚がどうしようもなく気になっていた。




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