第40話:後日談/救い少なき

 武藏島を襲った事件は、島に目立つ被害を残す事無く終わった。事件から数日が経ち、これ以上の手出しができないと判断した俺は、戦闘のあった場所――小型の航空機やヘリなどを着陸、離陸させる場外離着陸場を夜空の下で見つめていた。数日が経ち、徹底的に片づけられたので戦闘の跡は残ってはいない。

 この事件のその後に思いを馳せる。加害者と被害者。義理の親子である、二人のその後をだ――



     ◇◇Reminiscence◇◇



 まずは加害者――オットー・Aアルトリス・イグリスの以降の話。

 結論から言うと、彼はイギリスに帰された。これに関しては、国と国の交渉の結果であり、彼はイギリスで国際的戦犯として裁かれる予定だ。問題であるのは、イギリスはこの事件を認知していなかったという不可解な点であった。


「個人で行ったというのか?」

「さて、ね。もしかしたら国が隠しているだけかもしれないし、本当に個人で起こした事なのかもしれない。どちらにせよ、国との関係を保つことを選択した日本は、これ以上の関与はできなくなった」


 この件について、ツバキと電話で話し合った時の事を思い出す。

 ツバキの語るように、日本の政府はイギリスとの関係を崩さないために、今回の一件を秘匿する方向に走った。事件の概要を知るのは当事者だけ。メディアへの報道を許さず、また当事者に協力を求め、この事件は初めから無かった事にされたのだ。

 政府の弱腰の姿勢と、怯えからくる迅速な行動に呆れすら覚えるが、何より辛いのは、オットーの計画的犯行として片づけられた点だ。


「アイちゃんからすると、最悪な結果だよね……」

「そうだな……」


 オットーがイギリスに送り返されるのを見送った帰り道、島へ戻るために乗り込んだ船の甲板の上で、灰色のスーツ姿のキノナリは悔しそうに呟いた。

 キノナリの言葉は尤もだ。裏切られたアイにとって、この結果は望まないものになったはずだ。彼女は、オットーを愛していたのだから。

 オットーは、アイを洗脳し駒として扱った。幼少からこの計画のためにアイを引き取り、自分の言う事を聞く道具として育てた――というのが、彼自身が供述した真相であった。彼の素直なその独白はそのまま受け入れられて、アイは自由の身となった。

 本当にそうなのだろうか。俺は未だにオットーの語った真相に違和感を感じていた。


「私は、オットー・A・イグリスがアイを庇ったと考えている」

「……なぜ、そう思う?」

「アイが負うべき罪を、彼は一人で背負ったように感じる」


 先程まで、俺と一緒に個室で事件の整理をしていたルビィは、不思議に思う俺の一言に平然とそう答えた。人間であり、父でもある俺が気づいていない事に驚きの表情を小さく浮かべて。


「確証はない。だが、彼の行動には確定的な穴がある」

「穴?」

「一つ。アニドールの反乱時、彼はなぜ表に出たのか」


 ルビィの指摘に、俺は確かにという納得に近いものを感じた。

 アニドールの反乱時、彼はアイと共に戦場へ現れた。だが、確実に島のデータを奪うのが目的であれば、アニドールの反乱を機に、学校長を人質にとるなどの手もあったはずなのだ。もしくは、隠れて学校長を通信で脅す事も可能だったはずだ。


「一つ。戦闘時に彼はなぜ、グレイル・ユニットを最初から装備していなかったのか」


 グレイル・ユニットは、強力な粒子砲を放出する事ができる兵器だ。その強力な攻撃は、通常のギアスーツであれば簡単に死に至らしめるだろう。

 バリアージェネレーターという、エネルギー装甲の上位互換を装備しているブルーラインは、最初の戦闘には参加できていない。アニドールの反乱と共に送り込まれた、最新のフレーム搭載機のOSに作用するウィルスに汚染されていたので、その解除に時間を喰われていたらしい。

 用意しているのであれば、それで脅す事も可能だったはずだ。最後に学校を人質にとろうとしているのも、最初に行えばこちらも打つ手は無しだったはずだ。

 第一、瞬とキノナリの戦闘だって、なぜ行わせたのか。ギアーズ・オブ・アーサーのエクスカリバーによる粒子衝撃波攻撃も、使い方次第では粒子砲と同じように脅しに扱えたはずだ。


「一つ。彼はなぜ、瞬とキノナリとの戦闘で確実に二人を殺すために、戦闘に参加しなかったのか。一つ。彼はなぜ、エクスカリバーよりも正確性のあるレールキャノンを使わせなかったのか。一つ。彼はなぜ、瞬にアイの状態を伝えたのか……」


 ルビィの推測は全て納得のいくものばかりであった。確かに、オットーの今回の事件での動きは不可解な点が多すぎる。

 慢心、油断から来る態度ではない。国のために、と彼は言い続けて戦闘をしたのだ。彼の想いがあれば、もっと狡猾に非情に事を起こしていたはずなのだ。


「――一つ。彼はなぜ、瞬の言葉で一度、戦闘を止めたのか」


 最後に呟いた彼女の疑問こそが、オットーという一人の義父の思惑であったのかもしれない。

 あくまで推測でしかない。しかし、俺が信じたオットー・A・イグリスならば――アイの義父である彼ならば、ルビィの疑問の答えとなっているはずだ。

 オットーはアイを愛していた。その確証は、俺自身が彼との会話で解っている。

 しかし、彼に事件を起こさせる原因となった何かが、この事件に駆り立てたのであれば――ルビィの疑問は、そんな想像をしてしまうほどに跳躍する。


「全て推論。あくまで、希望論」

「あぁ……真実は解らない」


 しかし、俺は彼に約束したのだ。アイを任せてくれ、と。

 夜空の下で俺は一人で憂う。彼が本当に悪なのか、それとも悪にならざる負えない存在だったのか。その真相は闇の中であり、俺はただ彼との約束を胸にするしかないのだ。


「……ッ」


 気を取り直して、次にその被害者である、アイ・A・イグリスの処遇についてだ。

 彼女の処遇は、最初こそは共犯者としてイギリスへの帰還が決めつけられていた。それはアイ自身も望んでいた事であり、俺は彼女の無実を訴え、例のナノチップの情報などを提供したが、決めつけは変わる事はなかった。

 本州の東京にて、アイを別室で監視しながらもイギリスとの電報を取っていた。俺とキノナリはオットーの処遇の件も兼ねて同伴していたのだが、イギリスからの電報は予想外の物であった。


『アイ・A・イグリスという存在は、イギリスには存在していない。よって、イギリスへの入国は許可できない』


 アイがその場にいなくて良かった、と俺はつくづく思う。ただでさえ精神状態が不安定な彼女にはきつい現実だ。

 武蔵島の学校へ送られてきた戸籍は偽物である、というのがイギリスの見解だったのだ。そして日本政府はそのイギリスの言葉を鵜呑みにし、アイの処遇を変更した。皮肉にも、それは俺の望んだ彼女の無実という結果であった。

 彼女は、愛する小父を失い、住んでいた国を失ってしまった。そして、自分の正体がデザインベビーである事を知り、人間である事への疑念を持っている。


「くそッ……」


 俺は自分の不甲斐なさに怒りを覚える。何も悪くないはずの彼女が、なぜこうも失うのか。そして心を痛めつけられるのか。

 失った彼女を救う手だては、せめて新たな戸籍を与えるという事しか出来なかった。

 明日、彼女はこの島に帰ってくる。東京での手続き、ツバキによる検査を終えて。その時には、戸籍上では俺の義理の娘となっているはずだ。

 ゼミの仲間は、アイの帰還を待っている。ゴールデンウィークに差し掛かっても、他の生徒が一時的な実家への帰省をする中でも、皆がこの島で彼女の帰りを待っている。それだけが、彼女にとっての唯一の救いなのかもしれない。

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