第38話:聖杯/兵器なりし
『起きたか?』
意識が現実に帰還する。最初に聞こえたのは、通信越しで響く先生の優しい声だった。小父さんが、私が目を醒ますたびにかけてくれた言葉と同じ。私の目覚めを祝福してくれる言葉。
ギアーズ・オブ・アーサーを身に纏っている私の眼前は、兜のモノアイのカメラを介してモニターで世界を映している。私を支えてくれている黒のギアスーツ――ブルーラインと、何機ものギアスーツが大地に伏せている中、ロングライフルをコンクリートの大地に突きつけながら、跪いている黄色のギアスーツが見える。
「おはようございます……」
『とりあえずは意識を取り戻した、か。よかった……』
私と同じ人間ではない人間である先生は、そう言って私から手を離した。私は、ゆっくりと体の節々に力を入れて立ち上がる動作をする。
身体は動く――小父さんが私を意識の奥底へ追いやった呪縛は解かれたのだ。その事を思い出し、私は咄嗟に後方へいる金色のギアスーツの方に目をやる。
「小父さん……」
オレンジ色のカルゴ――瞬のギアスーツに相対し、金色と至る所に青い光を放つギアスーツは蹲っていた。緑色の光を放つバイザーが私を見つめてくる。
『アイ……目覚めたか』
「瞬……小父さんを」
『大丈夫。傷つけてない。先生、護るを通り越して、止めちゃいました』
『お前なぁ。いや、よくやったから説教はなしにするけれど、お前なぁ……』
瞬が小父さんの元から離れて、先生の近くまで向かう中、私は逆に小父さんの元へ歩み寄る。戦闘は終わったんだ。負けた。いえ、たぶんその言葉は私には相応しくない。私はあくまで小父さんに操られていただけ。
でも、そんなの関係がなかった。私は、小父さんを愛している。そして小父さんは私を愛している。それだけでいい。だから、この戦いは私達の負けだ。それを認めるために、彼の名前を呼ぶ。
「小父さん……」
『ぅ……ァ……ィ』
嗚咽交じりに聞こえる私の名前。あぁ、そうだ。私は忘れていたんだ。ただ妄信的にこの人を愛していたのに、ただ一度たりとも彼の弱さを見ていなかった。
この人が何を背負っているのか、そこまでは知らない。もしかしたら、祖国イギリスのために、と語っているだけで、小父さん自身の勝手な行動だったのかもしれない。でも、小父さんは少なくとも私の事を心配してくれた。手段として私を用いたとしても、私はそれに怒るつもりはない。
「もう、やめよう? 私達の負け。私も、一緒に行くから……」
『……ァぁ……』
小父さんと一緒に罪を被る。それが私にできる最大の、小父さんへ恩返しだ。
そう思っていた――思っていたんだ。なのに――
「えっ……?」
私の視界を横切る剣の一閃。私の胴体部分を斬りつけながらも、それは私の脱力した肉体を背中から倒れこませるには十分だった。
『オットーッ!?』
『……フッ。計画は多少の変更が必要だが、まだ終わってはいない』
小父さんの声が無情にも響いてくる。仰向けに倒れこんでしまった私が見たのは、太陽の光のせいでそのモノアイの光と、全身を突き進む青い光の線しか認識できないギアスーツの姿。その手に握られた折られた剣は、確かに私の胸部装甲を斬りつけたのだ。
死んではいない。貫かれてはいない。損傷は軽微であり、モニターには警戒を示すメッセージが表示されるだけ。だけれど、その攻撃をした主に私は愕然とする。
『――来たれよ、グレイル・ユニットッ!!』
その声は、確かに小父さんの声だった。声高らかに叫び、私を斬りつけたギアスーツは更に後方へ下がっていく。あぁ……私、小父さんに斬られたというの?
『大丈夫か、アイ!』
「う、うん……」
瞬の切羽詰まった声が響く。彼の手が伸びてきたので、私はその手を支点にして立ち上がる。でも、困惑していて、私は自分が立ち上がった理由すら理解するのに時間が必要だった。
混乱する思考の中、キノナリ先生の声が通信から響き渡る。
『あれ……なに?』
キノ先生であると思われる黄色のギアスーツを見つけて、そして彼女が見つめる方向へ目を向けた。
――金色の何かが浮遊していた。お碗の形に一本の細い棒が伸び、その最後には円状に広がっている……それはたぶん、一般的家庭でワインを注ぐための器、ワイングラスのような形をしていた。
滑稽な形をしている。でも、それは確かに浮いていたのだ。各所にバーニアでもあるというのか。
『アイ。あれって?』
「い、いや……知らないけれど」
瞬も戸惑っているようで聞いてくるけれど、私だってあんな物は知らない。でも、金色で塗られたそのモニュメントは、どこか引っかかる物があった。
『あれは――』
『あれこそはグレイル・ユニット。所謂、ギアアーマーという物だよ』
小父さんの言葉、グレイル。それは確か、杯という意味だったはず。
その言葉を聞いて思い浮かぶのは、アーサー王伝説が好きだからか、聖杯という言葉であった。金色の杯の形をしたモニュメント。だけど、なぜ小父さんはあんな鑑賞物を呼び出したのだろうか。
『ギア、アーマーだと?』
『ふふふ……直に解る』
そう言うと小父さんの機体、ギアーズ・オブ・マーリンは宙を浮いた。同時に、その金色のモニュメントも重なるように到着する。
一見するとただの銅像。しかし、その金色のギアスーツと並ぶと、一種の美術品にも見えてくる。
何より。小父さんの語ったギアアーマーと言う単語を、私は知っていた。ギアスーツが着こむ鎧であれば、その上から更に着込む鎧がギアアーマーと呼称されている。サイズ的には、確かにGOMと同じぐらいの大きさだけれど、いや、まさか――あれをどうすればギアアーマーとして運用ができると言うのか。
『オットー。何がしたいか解らないが、とりあえず止めろ。お前は負けた。アイは意識も取り戻したし、お前に勝機はない』
『所詮は駒! 使えなくなれば切り捨てるのみよッ! そのために念には念を入れて、この兵器を島に持ち込んでいたのだ!!』
小父さんの言葉が私の思考を貫いていく。駒。切り捨て、られる……?
想像もしていなかった酷い言葉が、私の視界を真っ暗にしていく気がした。信じていたのに。信じていたのに。信じていたのに。信じていたのに……
愛を否定されて、私は無気力の中で叫んでいた。擦れた声で。涙を漏らしながら。
「小父さん――ッ!!」
◇◇Shift◇◇
あぁ、そうかい。俺は目の前で並び立つ、趣味の悪い二つの兵器を睨みつける。金色の杯は見覚えがあった。確か、港で確認したやつだ。まさか兵器だったとは……。
それに、こいつを父と想ったのが間違いだった。こいつは結局、自分の任務のためにアイを切り捨てたのだ。許せるわけがない。
ここで終わればどんなに良かっただろうか。俺は横で崩れ落ちる銀色の鎧を見て、その事を噛み締める。アイは、これまでの支えであった小父まで失ったのだ。
俺達の目の前で、そのグレイル・ユニットは変形していく。碗の部分が開かれて、ギアーズ・オブ・マーリンの背中とドッキングする。そして、支柱であった部分は柔軟に稼働するようで、GOMの右脇を通るように俺達に向けられる。最後に足ともいえる円形のプレートの部分が開かれて、そこから銃口が覗く。
正面から見れば、まるで妖精が現れたかのような姿であった。しかし、金色の趣味の悪さがなければ、だが。
「滑稽だな……」
『果たしてそうかな? その機体は、一度バリアーを使ったようだ? グレイル・ユニットから放つ事の出来る粒子砲を受け止める事は難しいぞ?』
確かに、ブルーラインのバリアーは一度使用してある。奴が知るバリアーの弱点――一出撃に一回が限界である部分を考えると当然の指摘だ。
それに粒子砲、か。確かに思いの外に危険な状況らしい。浮上し、神のように俺達を見下ろすその兵器。こちとらエネルギー容量は限界が近い。他の――アイを除いた機体もそうだろう。
最悪――だが、俺はあくまで諦めるつもりはなかった。
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