第32話:怒号/電子を纏いし
万事休すか――俺の思考が眼前の赤いエネルギーの衝撃波とかいう、現実味を感じない光景に恐れを成したのか、諦めを覚える。肉体がそれに準じて思わず目を瞑ってしまう。
親父、御袋、優衣……みんな。走馬灯のように俺の脳裏に、家族、友人、仲間の顔が映り――俺は死を覚悟した。
『諦めるな!』
その声が、俺の耳に届くまでは――
爆裂音が響き渡る。しかし、その爆裂音の発生源は俺の身体ではなくて、その前方だ。恐る恐る目を見開く。緑色のバイザーを超えて、その黒き鎧は青き光と共に赤き光の中にいた。
知っている。その機体は、本来はある男性が乗っている機体だ。でも今は違う。あの機体――ブルーラインの搭乗者は……。
「ルビィさん!」
ルビィさんが俺の目の前で立ちはだかっていたのだ。赤きエネルギーの斬撃に対して、彼女は先生のギアスーツでその攻撃を受け止めている――受け止めている!?
赤い斬撃の衝撃波が霧散する中、黒き鎧は確かに顕在していた。膝を折るわけでもなく、確かにそこにいたのだ。
『起動シークエンス、オールグリーン。ブルーライン、戦闘に参戦する』
『ブルーライン……ヒューマ・シナプスは、武蔵島にいないはずでは?』
『そう。彼はここにいない。だが、彼の半身である私はここにいる』
ルビィさんはオットーにそう答えて、ブルーラインの右腕に装備されていた巨大なヒートブレイド……長剣というよりは大剣と言った方が適切な、その巨大な剣を横に構える。
『バリアー……そういえば、ツバキ・シナプスの発明であったか』
『そう。先程の攻撃は、確かにエネルギー装甲ごと切り裂けるぐらいには強力だった。だが、それ以上の防御性能は有するブルーラインには――無力』
言い切った瞬間にブルーラインは機動する。巨大な剣を構えて、オットーの金色のギアスーツに目がけて前進していく。滑らかな動きだ。ヒューマ先生が荒々しくも洗練された動きなら、こちらは的確に敵を射とめる水のような動き――
『瞬ッ!』
「トォッ!?」
遠見の声で我に返る。ルビィさんの動きに目を奪われている中でも、操られた島のギアスーツはこちらに銃口を向けてきたりと殺意を向けてきている事に気づいた俺は、ルビィさんにオットーを任せて、俺は島のギアスーツに攻撃をしながらも、状況の動きを見定める。
『アイ……彼女の相手をしてあげなさい』
先程の攻撃で、エネルギーラインが青から再び赤に戻っているGOAに、オットーは冷静に指示を出す。GOAは明らかに異常を示すように、その身体の至る部分から煙が噴き出ていたが、シールドの裏に隠れていた白い棒状の何かが二つ落ちた瞬間に、GOAの全身は白い煙に包まれた。
詳しい事は解らない。しかし、その煙が消える前にGOAは動き出す。
「遠見。GOAのあれ、何なんだ?」
『……あり得るとしたら冷却剤、かな? 円卓機構というものは、使用後はオーバーヒートを起こすのかもしれない』
「そうか……」
俺は冷静にレールキャノンで島のギアスーツを撃ち抜きながら、遠見の意見を聞き流す。
冷静……? 俺はなんで、こんなにも冷めた目線で戦場を見つめているんだ?
『瞬』
「どうした?」
『戦闘中、だよね?』
「あぁ」
『どうして、GOAの事聞いたの?』
俺はその遠見の言葉を返す事は出来なかった。自分でも戸惑っている。
戦闘中で、いつ死んでもおかしくはないこの状況で、俺は確かに戦闘する相手ではないGOAを見つめていた。まるで意識が二つに……いや、もっとたくさんに分かれて思考しているみたいだ。
俺とキノナリ先生が島のギアスーツを撃ち抜く中、剣を構えたブルーラインがGOAのエクスカリバーと交差する。
『アイ……』
『…………』
『あなたも、救う。あなたも、私の生徒』
ルビィさんの抑揚の少ない声が、確かにアイを救うと言ってくれた。彼女がそう言ってくれるのであれば、俺は安心して任せられる。
やはり俺のカルゴとアイのGOAでは性能差がありすぎる。特にあのエクスカリバーを介して使用した衝撃波は、避ける事ができなかった。ルビィさんが何かしらの手段で、俺を守ってくれたから生きる事は出来たが、間に合っていなかったら、今頃俺の意識はここになかっただろう。
『オットー・A・イグリス。あなたはなぜ、このような事をする? 自分が育てた娘を、なぜ兵器のように扱える? 私には理解できない。私が知る人間――ヒューマは、子を兵器として認識した事はない』
『……祖国のためだ』
『子よりも祖国を優先した。それは、人間としてはどうだ? 私を納得させる言い訳を言ってみせろ、オットー・A・イグリス』
アイの機械的な斬撃を機械的に捌くルビィさんは、アイに攻撃をするわけでもなく、その後ろで見つめる金色のギアスーツの中にいる男に問いかけ続ける。
抑揚が少なく、それでも人間のように感じられるルビィさんの問いかけに、病的に祖国のためとしか呟かないオットーは、その右手に持っていたアサルトライフルの銃口をルビィさんに向けた。
『元より、アイは我が子ではない!
『そう……』
オットーは今、何と言った? デザインベビー……。聞いた事がある名前だ。優衣が嬉々として語っていた。確か、産まれる時点で遺伝子を操作して、思い通りの子供を造りあげるという技術だ。
通信先である遠見が息を止めたかのように、絶句している。これまで一緒にいた仲間のその正体に、衝撃を受けているのだろう。
『……彼女は生まれるにして生まれた子供。この計画のために生まれた子供……デザインベビー』
『だから、アイはあなたの意志に従うと?』
『そう調整されている。日本への憧れも! アーサー王伝説への憧れも! 俺への愛も! 彼女の意志さえも! 全て……全て調整された物だ!』
オットーの言葉は、どこか絶叫に近い何かを感じた。ただの悪ではない、彼自身にも何かしらの想いがあるような……そんな、心に響く叫び。
だが――俺はそうは思わなかった。たとえそれが、誰かの手によって誘導された物だとしても、アイの意志だけは確かにそこにあったはずだ。だって……そうじゃないと、あいつは俺達と知り合う事もなかったはずなのだから。
『ならば、尚更納得できない。あなたは人間だ。だが、同時に傀儡だ。国に縛られた哀れな男よ――』
ルビィさんはアイの斬撃を受け流しながら、はっきりとそう言う。
『――アイを、巻き込むな』
瞬間、ブルーラインの頭を捉えていたオットーの銃口から銃弾が放たれた。キノナリ先生が叫ぶ。俺は、ただ彼女の言葉に賛同していた。
◇◇Shift◇◇
『私が言いたいのは、彼女の頭には何かしらの通信端末が埋め込まれていた。それを介して、彼女は操られていた、という話』
「なるほど……だが、危険だ。普通なら、障害が残ってもおかしくはないはずだろう?」
『そうね。それが人格形成ができていた段階なら』
空を突き進むヘリの中、俺は黒き鎧を身に纏い、ツバキの推測を聞いていた。ホウセンカに残った彼女は、移動時間の間に、俺に可能性を残そうとしてくれているのだ。
『確証のない推測だけれど、彼女が産まれてからすぐに頭を弄った。人格形成もできていないし、脳もさして複雑ではない。たとえ死んだとしても、代わりはいくらでもいるのだから、弄る側の支障もないわけだし』
「くそが……」
『良識のない科学者の考え方よ。ともかく、それを実証さえすれば、彼女の疑惑は晴れるはず』
「了解。ありがとよ」
『うん』
俺は、良識のある科学者である彼女との通信を切り、ヘリが停滞するのを待つ。
今回の作戦は、上空からの奇襲だ。武蔵島にヘリでの着陸は難しいので、ギアスーツを使って無理矢理落ちる。パラシュートのないスカイダイビング……むしろ、鎧を着たスカイダイビングか。
実績はあるとはいえ、今回は危険だ。何せ、今俺が纏っている鎧は、旧世代の遺物なのだから。
『ヒューマ。着いたぞ』
「了解」
俺はそのガタガタの内部フレームを軋ませながらも、ヘリの出口を開ける。下に見えるのは海。そして小さな島――武蔵島だ。それほど上空だということだ。島の上には何機か、虫のように蠢きあっているのが見える。
俺は体力が衰えてきている相棒を見る。テルリは俺を見ずに、左手でサムズアップを作った。
『行ってきな。お前のやる事をしてくるんだ』
「あぁ……ありがとう」
俺は彼の返答を聞く前に通信を切り、脱力しながらその身を空中に投げ出し、汚くも美しい、そんな清浄なる世界に全てを託した。
「ヒューマ・シナプス――ブロード・レイド。戦闘に参戦する」
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