第23話:徘徊/深夜にて
「それは何日からだ?」
キノナリの発言に俺は思わず立ち止まってしまう。ここ数日、何か異常があったのかも照らし合わせて考える。
「三日前から。情報の先を調べる事は不可能」
答えたのは俺を睨むルビィであった。キノナリと一緒にいたのは、彼女がキノナリに協力してそのハッキング先を調べていたからか。ルビィにとってネットは俺達よりも馴染みがある。電子戦のスペシャリストであったキノナリが頼るのも解る。
だが、そんなルビィでもハッキング元を知り得る事は出来なかった。向こうも相当のセキュリティを張っているに違いない。
「三日前……調べる必要がありそうだな」
思い当たりがあるが、確証はない。外部からの干渉、以外でもあるとしたら内部から導く事で可能性を広げる事ができる。
オットーは俺が知っている限りでは昨日来たのだ。だが、その情報が果たして本物かどうかも調べ直さないといけない。
勿論、それ以前に元々からして武蔵島でハッキングを導く者がいるかもしれないのだ。
「明日から適性テストの近接方面だったんだが……」
「私とルビィで調べてみるけど、ヒューマも参加してほしいな」
これじゃ明日からは忙しくなる。以前のような自由な身ではないのだ。教師として活動しないといけないから、日中での活動はルビィしかできなくなる。
「職種を持つのは辛いな」
「まぁ、私達の仕事って元々、身内での自営業みたいなものだしねぇ」
妻であるツバキが設立した傭兵団に所属していたのだから、自由に関しては保証されていた。
自分が傭兵になる前は何かしらの職種を持った方がいい、なんて言われていたが、持ったら持ったで束縛されてしまうとは。世の中、世知辛い。
「ゴールデンウィークに入ったら行動はしやすくなる。できれば、それより先に犯人を見つけ出したいが」
「それまでは私が努力しよう」
武蔵島の現情報を奪われるのは大きい。この島は日本の希望なのだ。
俺にとっては故郷でもある日本。それを失脚させようとする組織がいるならば、その組織をどうにかしないとならない。
厄介事がこうも早く出てくるなんて思っていなかったが、俺達はその見えない敵に挑む事となったのだ。
◇◇Shift◇◇
……どうしてこうなったのだろうか。
俺は優衣の部屋で、およそ六時間以上滞在せざる負えなくなったのだ。確かに、俺は優衣とは兄妹であるし、男の身でありながら女子寮に入るのはまだ入りやすいが……。
「いや、やっぱり辛いんだが……」
「バカ兄貴、思春期」
「幼馴染だから大丈夫でしょ」
「そう言う問題じゃないんだよなぁ」
あっがりー! と遠見が二枚の札をバラバラになった札の上へ捨て置く。昔から思っていたが、本当にこいつババ抜きとかジジ抜きとか強いんだよなぁ。
そして優衣と俺の一騎打ちにて俺が負けるのが常である。酷い話だ。通算何敗目だろうか。
時刻は深夜一時。学生寮のルールが甘いためか、消灯時間が決められていないせいでこんな時間まで遊んでいたのだが、それにも理由がある。俺にとっては強制参加であるが。
「さて、それじゃ時間にもなったから動きますか」
「本当にやんのかよ」
「うん」
ギアスーツの適性テストの後、俺達は遠見が提案した事柄に参加させられる事になった。
遠見が言うには、アイが最近、夜な夜な外へどこか行くらしい。
トイレじゃないのか、という当然の考えが浮かぶわけだが、考えてみれば個室にもあるし夜にどこかへ行く理由はない。だからこそ、アイがどこへ行っているのかを調べたいのだ。
「つか、俺いるのか?」
「瞬は男の子だから、腕っぷしを頼ってるの。ピンチになったらお願いね」
「へいへい」
まぁ、深夜に外へ女の子だけで出ていくと怖い事になるのが予想できるから、俺がいるのは納得だ。これでも中学までは喧嘩に関しては負け知らずだったし、囮になるぐらいならどうにかなる。
それに……やはり、アイが心配だ。
「じゃ……いくよ」
遠見が口に人差し指をもってきて、静かにと伝えるようにしーっと息を吐きながら、電気を消して扉を開ける。
真っ暗闇。見えるのは一部に照らされた非常口を示す光と、消火器の入っている扉にある赤いランプだけ。ドキドキする。自分達がいけない事をしていると解っているからか?
優衣の部屋は遠見の部屋の隣。それは同時に、アイの部屋の近くでもある。遠見が就寝しているように見せかけて、アイの邪魔をしないようにして彼女が安眠するのを待っていたのだ。
遠見の部屋に移って、皆でその扉を半開きにして目だけを覗かせる。すると、ゆっくりとアイの部屋の扉が開いたのだ。
「……ッ」
暗闇のせいで表情をハッキリとは窺えない。でも、その目はどこか生気がないように見えるし、髪も少しボサボサしているように見える。何より、なんというか……扇情的だ。
ゲームとかで見た事があるが、ネグリジェだっけか。遠見や優衣が絶対に着ないであろう、上品な印象を覚える女性の寝巻。それを身に纏いつつ、アイはゆらゆらと幽霊のように廊下を進んでいく。
「いくよ」
遠見の言葉に頷き返しながら、俺達はアイを追う。暗闇だが、まだ光が少なくともあるおかげで行動はできる。しかし、ハッキリと解らないから不安は残っている。
その中で悠々と突き進むアイ。遠見曰く、夢遊病だけれど、彼女の目には何が映っているのだろうか。
「……ん? ここは……」
優衣の言葉に俺は首を傾げる。アイが音を立てないようにゆっくりと開けた扉の中に入り込んでいった。優衣が耳打ちするに、ここは自由解放のコンピュータ室らしい。
いや、深夜ぐらいは鍵を閉めておけよと思うが、今はその事は気にしないでおこう。
ぶぅん、と静寂の中で何かが動く音が聞こえる。コンピュータが起動したのだろう。暗闇の中、仄かな光がアイを映し出している。
中に入る勇気はないけれど、その光景は歪であった。光で見えたアイの目は確かにコンピュータに向けられていたが、その目には何も映っていないような気がしたから。
「何を……やっているんだ?」
俺が呟く。だがその言葉に答える者はいなかった。
二人が反応をしてくれると思っていたのに、と彼女を覗いている二人を見ようとしたら二人は俺の視界にはいなかったのだ。
えっ、と声を漏らす。思わず振り返る。その瞬間――――
「ぶっ――――」
何かがそこにいた。それが俺の顔を思い切り殴りつけたのだ。
中学の喧嘩でも感じた事のないその一撃は、俺の脳を揺らすには十分であり、そのまま俺の視界は霞んで閉じてしまう。
「ヨシ」
ただ、消えゆく意識の中で聞こえたのは、アイの機械的で抑揚もないそんな声だった。
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