第24話:恐怖/赤い瞳の

「いっつつ……」


 ……記憶が途中から途切れていた。俺は頭に響く鈍痛を感じながらもゆっくりと身体を起こす。周りの光景は俺の見知っている個室、俺の部屋だ。

 いつの間に男性寮まで戻って来たのか。いや、それ以上にあの時、何をされたのか? それが問題だ。


「……頭をやられたのか?」


 後頭部をさすりながら、痛む脳で必死に思い起こす。確か、あの暗闇でアイがコンピューターを使用しているのを覗いていると、突然、頭に鈍痛が響いたんだ。

 疲れとか、持病とか、そういうものじゃないだろう。あれは確かに、何かで殴りつけられた。嫌でも覚えている。喧嘩でもギアスーツでも、頭は恰好の的だからな……。


「それに、確かに聞こえたぞ、アイの声」


 意識が途切れるあの瞬間。印象に残るほどのあの抑揚のない声。確かにアイの声だった。優衣とか遠見には変態とか言われるかもしれないが、あの二人のせいで女性の声の聞き分けぐらいはできる。それに、アイの声がよく通るから聞き間違う事はないと思う。

 だからこそ、あの声にゾッとした。感情味もない、しかし確かにその言葉の意味は満足を表す言葉であった。


「なにがどうなってんだよ……」


 部屋を満たしているの日光だ。即ち、今の時刻は少なくとも太陽が出ているという事。

 あまりにも状況が解らないせいで頭がパンクしそうになる。こういう時は仲間内に相談するのが一番だろう。それに、アイに直接聞き出したい。あのコンピューターにも履歴が残っているのであれば、それを探る事もできるはずだ。

 アイが何者かは解らない。正直、怖くないかと言えば怖い。だけど、


「これで逃げるのは、ダメだよな」


 そうだ。男が怖さに負けてどうする。それにこの島で知り合った友達が、何かわけの解らない事になってんなら助け出すのが普通だろう。

 俺は気合を入れるために立ち上がって、自分の手で自分の顔を平手打ちする。切り替えろ。自分の中にある恐怖心なんて捨てて、自分らしく前を向く。


「よしッ!」



     ◇◇Skip◇◇



「今日はお父さん、忙しいって」

「そっかぁー」


 ヒューマ先生の娘さんで、ゼミでは仲間である可憐な少女、カエデちゃんが職員室前まで来ていた俺達と出会って、やんわりと本日のゼミが休みである事を言ってくれた。好都合である。

 一緒に先生にゼミを休む事を言いに来た遠見も、何かと安心したかのようにホッと胸に手を置いていた。

 それも当然か。何せ、今日のゼミの出席率は限りなくゼロのはずだからだ。


「どうしたの? 具合、悪い?」

「ううん。大丈夫、大丈夫!」

「?」


 遠見のいつもの調子にカエデちゃんが首を傾げている。可愛い。

 いや、それどころじゃないか。俺はカエデちゃんと別れて、すぐさま遠見と一緒にあのコンピュータールームまで歩く。そこには優衣とソフィアが待ってくれているはずだ。


「危ない危ない。先生にズル休みだという事がバレちゃう」

「ま、いいじゃねぇか。今回はゼミはオール休み。アイも例の小父さんと一緒に島巡りだし、マルクはいつも通り来ねぇだろう? んで、俺達はあのコンピューターで手がかりを見つける」


 正直、ソフィアもこの一件に関わってくれるとは思っていなかったが。優衣がどうやらダメ元で頼んだら、快くオーケーを出したらしい。あいつの快くってどんなのなんだろう。

 とにかく、だ。アイに深夜の事を問い質すとやはり知らなかった。彼女があの深夜の行動中には意識がない。これは確定的だ。だからこそ、残された手がかりとなるコンピュータを調べないと――――


「んで」


 例の自由解放であるはずのコンピュータールームの目の前で、途方に暮れる二人の姿が見えた。一人はチビで、一人はデカ。といってもソフィアの方は俺と同じぐらいだが。

 160センチにも満たない我が妹が、いつもの呼び方で俺を呼ぶ。そのバカというのやめてくれねぇかな。


「なんで鍵がかかっているのかしらねぇ」

「メンテナンス」

「あー、なるほど」


 ソフィアがコンピューター室の窓に張られている張り紙を指を指す。メンテナンスとなると、学生である俺達じゃ入るには難しい。

 だがあまりにもタイミングが良すぎやしないか。深夜のあの出来事の後に、こんなメンテナンスが入るなんて。


「……入ってみる?」


 遠見の提案に俺達に緊張が走った。一番現実味のある考えだが、それは所謂イケない事である。

 機器のメンテナンスとなれば、多少触れただけでも何かしらの異常が起こるかもしれない。そうとなったら、機械が壊れて弁償とかもあり得る……最悪の予想だが。

 ありえないと断定はできない現状、ここは慎重に考えてみるべきだが――――


「ってぃ!?」


 俺が腕を組んで長く考えようとしていると、俺の横にソフィアが通り過ぎていって扉の取っ手に手をかける。流石の遠見も優衣もソフィアの行動は予測できていなかったようで二人して驚いている。


「ソフィア、焦らなくていいだろ?」

「……遠見は、入ってみる、と聞いてきた。だから、私は行動に移しただけ」


 それにしては迷いがなさすぎる。だが、同時にその決断の速さは、うだうだと考えるよりもいいような気もしてくる。ここで慎重になりすぎて、真実を取り逃す方が何より不味いんじゃないかと。

 それは遠見や優衣も同じようで、不思議そうにこちらを見ているソフィアは怪訝そうに俺を見つめる。決定は俺に委ねるってわけか。


「……慎重に開けよう。だが、開けるのは俺だ」

「なぜ?」

「お前に何かあったらいけないからだ。それなら、俺が開ける」


 男子、女子の盾と成れ――――なんて言ってたのは親父だったか。いつも母さんに尻敷かれている癖に、それだけは譲れないと言ってくるんだ。でも、俺はそれを聞かされて生きてきたんだから、ここでも俺はその意志は貫かせてもらう。

 ソフィアはどこか不服そうに、しかし諦めたように取っ手から手を離した。あまり表情は変わらないし、相変わらず反応も薄いけど何となくだが解る。正直、綺麗なのだからもっと感情豊かでもいいと思うんだがなぁ。


「兄貴……死なば諸共、ですよ」

「死なねぇよ」


 なんか後ろで不吉な事を言うチビがいるが、気にしない。死ぬなんてそんな大それた事は流石に起きないだろう。……起きないよな?

 俺は一度、口の中で溜まりつつあった唾を飲み込んで、取っ手に手をかける。ゆっくりと、音を立てないように慎重に扉を開けた。

 見えるのは暗闇。前回のような夜でもないのに、コンピューター室は光がない空間を形成していた。扉側の窓は全部、暗幕によって塞がれているのだろうか。教室に差し込むのは、俺が開けた扉から覗く光だけだ。


「見える?」

「いや……」


 俺が覗き込む限りは、その空間には何もなかった。そう、何も動いていなかったのだ。

 メンテナンスとなれば人がいるとか、モニターが暗闇の中で光を放っているとか、そういうイメージなのに何も動いていない。スリープモードでメンテナンスでもしているのか。

 だが、少なくとも良かったのは、とりあえずは何もなさそうであると言う安心感だった。俺はゆっくりと扉を開けて、その暗闇の中に歩みを進める。後ろの三人も連れて入ってきた。

 暗闇のせいで明確な位置は解らないが、とりあえずは電気のスイッチを探す。教室と同じ形状なら、自分が想像している場所にあるはずなのだが……


「ん?」


 何かが手に当たった。ガコン、というなんか嫌な音が鳴った気がする。

 皆からの視線がこちらに集中する。思わず黙り込んでしまう中、その当たった何かはこちらを向いた――――は?


「緊急起動、緊急起動!」

「あ、あれ……?」


 女性の声音をした機械音声が響く。瞬間、恐らくその目に当たる部分が発光して、赤いサーチライトをぶつけられる。


「キャッ!?」


 遠見の叫び声が聞こえてきて、俺は咄嗟に振り返る。すると――――そこには、暗闇に浮かぶ無数もの赤い瞳の形をしたサーチライトが――――俺達を睨みつけていた。


「キャッー!!」

「ぅわぁーッ!!」

「嘘だろおいッ!」

「ぃゃーーーッ!?」


 各々の声を出して俺達は光溢れる扉へ逃げ込む。すぐさまにそこから逃げ出したかった。だってそうだろ!? 真っ暗闇で、赤い目がいっぱい出てくるんだぞ!

 恐怖のあまりに廊下を走る。何だよ、何なんだよ! 一体全体、どうなってんだよ!

 俺達は、まだ初夏でもないのにひと夏の恐怖体験をしたのであった……。そういえば、あの叫び声の中のどれか一つがソフィアって事でいいのか。どれも甲高い声で、後で思い返しても結局は判別がつかなかったが……その時の俺からすれば、そんなのはどうだっていい事だった。

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