第20話:小父/来訪者、

「お久しぶり、アイ」

「お久しぶりです、オットー小父さん!」


 首まで伸びた金色の美しい髪、そして眩しい笑顔から覗かせる透き通るかのような青い瞳。いつも私を抱きしめてくれた腕を広げて、私を待つ小父さんに私は一目散に駆け出して抱き返した。

 そして流れるように英国にいる間にやっていた、頬にキスをする。小父さんも私に返してくれる。


「ハハハ。甘えてくれるのは嬉しいが、先生の手前だよ」

「あッ!? はい!」


 ずっと抱きしめたい欲に駆られたけれど、小父さんの言葉に私は先生の存在を思い出す。駆け出したせいでゆっくりと後から歩いてくるヒューマ先生。完全に呆れられている。

 小父さんの目の前だと見境なくなりがちなのは昔からだけど、まさか学校でもこうなるとは思っていなかった。ちゃんと自立できるようにしないと……。


「あなたが、ヒューマ・シナプス?」

「あぁ――――いや、はい。そう言うあなたは、オットー・アルトリス・イグリスですね」

「えぇ。アイの養父をさせてもらっています」


 先生と小父さんが会釈をし、握手をする。こう見れば小父さんの方が年上に見えるのが不思議だ。髭を生やしているからだろうか。先生が若すぎるのもあるけれど、小父さんは確か三十代半ばだったはずだ。


「まさか担任があなたになるとは。十一年前の戦いのご活躍、耳にしております」

「……昔の話です」

「心強い方だ。是非ともアイを強い子にしてほしい」


 そう言って小父さんが私の頭を撫でてくれる。嬉しい。

 一方、先生は渋い表情を浮かべていた。小父さんを睨んでいるように見えるのは気のせいだろうか。


「今後のご予定は?」

「武蔵島の観光を。日本でいう、ゴールデンウィークまで滞在する予定です。その間には、是非ともあなたの授業も見せてもらいたいものですな」

「……ゼミであれば」

「ゼミ?」


 先生が私達の行っている活動を指す。本日は休みとなったが、小父さんが来るからだと思うと納得だ。

 あの活動なら小父さんに見せても恥ずかしくない。この武蔵島で知り合った大切な人達を紹介できるのだから、先生の意見に賛成したい。


「あー、倶楽部みたいなものですな」

「それと同じと思ってもらいたいです。俺が教えられる限りは彼らに教えているつもりなので」


 実際、先生はギアスーツの乗り方からのイロハを教えてくれている。瞬は早く動きたいと最初の方はごねていたけど、先生の語るギアスーツの理論は聞く限りでは理に適っていると私は感じていた。

 ギアスーツの装着方法、OSのショートカット、機動の重心移動……基本的な事でも、一から見直すと余分な部分が多いなと感じる。先生のおかげで自分の中の悪点が解って、直す方針も見いだせる。


「なるほど。楽しみにさせていただこう。さて、では宿へ向かわせていただこうか」

「小父さん、私も場所知りたいんだけど……」

「いいよ。来なさい」

「それでは見送りだけでも」


 先生が小父さんをエスコートして、私もそれについて行く。今が四月の二十二日だから、およそ二週間の滞在となる。小父さんにしては長い休暇だけど、私のためにとってくれたと思うと凄く嬉しい。

 先生と別れて、私は小父さんと一緒に小父さんの宿へ――――


「――――」



     ◇◇Skip◇◇



 ――――意識が途切れてしまったらしい。そう自分の状況に気づけたのは、私が見知らぬベッドで寝ていたからだ。白くて上質なベッドに見える。私は横たわりながら、霞んだ視界の中に見慣れた人を見つける。

 小父さんだ。小父さんが紅茶を嗜んでいる。急激に意識が起き上がろうとするけれど、眠っていたらしい身体はゆっくりとしか動かない。


「大丈夫かい?」


 小父さんの暖かい声が私の心の中に沁み渡っていくような気がした。私は手を使ってゆっくりと上半身を起こす。情けない姿を見せてしまった。疲れていたのだろうか。


「はい……すみません」

「いや、仕方ないさ。留学だ。楽しくても気づかぬうちに疲労は溜まっているだろう」


 そうなのかもしれない。入学してから毎日が楽しく感じられている。瞬とギアスーツの運用法について語り合って、遠見ちゃん達と今まではしてこなかったショッピングなどに行って、先生にギアスーツの動かし方を教えてもらう。

 こんなにも充実した日々を送っているのだから、身体はいつの間にか疲れてしまっていたのかもしれない。


「楽しいかい?」

「はい! 小父さんと一緒にいられないと思うと、少しだけ思うところはありましたけど」

「自立しないといけないよ。アイは賢い子だから、すぐに慣れる」


 そう言いながらも小父さんは近づいてきて頭を撫でてくれる。気持ちがいい。一か月も経っていないけれど、こんなにも身近にいた人がいなくなるのが辛いなんて思っていなかった。

 辛い? そう感じていたっけ。たぶん、忘れていたんだと思う。楽しい事が続いたから、忘れてしまっていたんだろう。


「小父さん。ヒューマ先生の事を知っていたの?」

「ん? そうだね、ある界隈では有名人だよ」


 小父さんはそう言ってほんの少しだけ険しい表情をする。小父さんがギアスーツに乗り込む時の顔だ。


「十一年前。海賊戦争と呼ばれる戦争があった。それの決着をつけたのが彼だ」

「戦争を、終わらせた」

「そう。戦争が終わるには様々な要因がある。経済的困窮、食糧難、戦意の消失による自然消滅……その中で、彼は、彼の手で戦争を終わらせたと言われている。これほど恐ろしい事はない。彼がギアスーツ乗りであるという事は、ギアスーツを用いて戦争を終わらせた。即ち、敵の大元を叩けるほどの実行力と実力を有している」


 小父さんが力説するように、先生は確かに凄い人だとは思う。あの船の上での戦い――――とはいえ、たった一太刀の斬撃だったけど、確実に敵を切り裂くだけの技量と、恐れを知らない実行力はあの瞬間にも見る事ができた。


「加えて、後の戦争にも彼の名は刻まれている。彼は恐ろしい人間だよ。ただの戦争屋でもない。彼は戦士だ」


 小父さんは感慨深く呟く。小父さんですら戦士と認める先生の実力。私も一度だけ打ち合ったけれど、あの人に勝てる気も起りやしない。それほどの人なのだ。

 しかし、小父さんは険しい表情を緩める。


「だが、そんな人がアイに技術を教えてくれているんだ。私は安心したよ」

「頑張って自分の物にしてみせます!」


 私がそう決心し宣言すると、小父さんは少し寂しそうな表情を浮かべた。なぜそのような表情を浮かべたかは解らない。でも小父さんは、もう一度、私の頭を撫でる。


「君は、君らしく強くなってくれ」


 やっぱり、小父さんに撫でられると気持ちがいい。



     ◇◇Shift◇◇



 あの二人が去ってから、俺は職員室に戻る事なく、近くの窓で海を眺めて頭を冷やしていた。難解で慣れない敬語を使ったから頭が熱くなったわけではない。ましてやあのアイの保護者に怒りを覚えたなどでもない。

 あるのはたった一つ。あの男が、俺が参加した十一年前の戦争の行動を知っているという事実だ。


「ヒューマ、いた」

「……ルビィか」


 相変わらず十六歳並の肉体を有している癖に、制服など着ずに同じ色のパーカーを身に纏っているルビィが俺の名を呼ぶ。俺を探していたようだが、相棒らしく俺が何かしらを思っているのを察してくれたのか、俺の隣に並び立ち、同じく校舎から見える海を眺めていた。


「一般的には十一年前の海賊戦争は、主導者であるアカルト・バーレーンの自滅となっている。それでいいんだよな?」


 こくりとルビィは頷く。それが世界的に流れた十一年前の戦争の行く末だった。

 海賊戦争。恐らく現状、世界を支配していると言っても過言ではない組織、世界機構の立場を盤石のものにした戦争。そこで俺は、その戦争の元凶であるアカルト・バーレーンを殺した。これにより戦争は終結したが、世界機構は自分の駒ではない男の手柄にするのを嫌がったらしく、世界的にはそう虚偽を含めて伝えられた。

 しかし、真実は無くなるわけではない。一部、その真実を知る者達がいる。戦争の当事者。そして真実を隠そうとした者。世界機構だ。


「あの男が十一年前の戦争に加担していた可能性は捨てきれない。だが、一番に可能性があるのは、世界機構の加担者である事、か」

「……話が見えてこないけど、その情報を知り得る者は世界的に珍しい。警戒心を抱くのは間違いじゃない」


 ルビィが俺に解説を求めるでもなく答える。理解のある女性だ。話の全てを知らなくても、俺の戸惑いに気づき答えてくれる。

 ルビィはこちらを振り向く。そして俺の手を突然握ってくる。力強く。そう、離さないと言わんばかりに。


「でも――――その前に仕事」

「……はい」


 訂正しておこう。理解はあるが頭は硬かった。いや、現実主義と言うべきか。妻にそっくりな性格になったな、と思いつつ俺はルビィに腕を引っ張られて無理矢理に職員室に向かわされる。

 たぶん、キノナリにも怒られるんだろうなぁ。せめて、一つでも仕事には手を付けておくべきであった。

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