第21話:銃/希望を奪う

 通常、ゼミはアリーナやグラウンドなどで行う事にしているのだが、本日は武蔵島の西部の海岸沿いに集合をかけていた。今はあまり使われていない、実銃の試験場であるらしい。地理上、岩肌に囲まれた小さな砂浜という条件は、足元の悪ささえ除けば射撃するには適している。

 俺が様々な武器が入ったコンテナを、その砂浜に降ろしている間にゼミのメンバーはぞろぞろとやってくる。本日はギアスーツを使うのは三人。アイと瞬、そしてソフィアだ。その三人にはギアスーツを着こんで来てもらっている。

 勤勉な学生だ。自由参加としているのだが、基本的に皆が皆、参加をしてくれるのだから教えがいを感じる。これが教師の最良の感覚なのだろう。

 だが、今日に限ってはできれば教えたくない事柄だった。望ましいのは、彼らが一度も使用する事無く忘れ去ってほしい実務訓練――――実弾を用いた武器の使用だ。


「仕方がないとはいえ……辛いな」


 武蔵島の授業でも実弾の使用の授業はある。ギアスーツが兵器として認可されている現状、本物の武器を使用して実感を掴めさせないといけない。軍が欲するのは決闘バカではなく、実戦で戦力となる輩だ。偽物の銃、剣ではなく本物を使えるようにしないといけない。

 本日は、アイの保護者も遅れて見に来るという事で、その授業の先取りを兼ねて適正テストを行おうと考えているのだ。

 適性テストは、そのギアスーツ乗りがどのような武器の使用に向いているかを計るテストだ。通常、二年目に行うとされている事柄だが、自分が受け持つ生徒の適性ぐらい把握しておかないといけないだろう。

 コンテナを運び終えて、俺は黒のコアスーツ姿で集まった彼らの元へ向かう。本日中に全ての適性を計るわけではない。中には簡単には運び出せない、バズーカ、俺一人ではどうにもならないレドームによる電子戦関連……これらのせいで、本日はまず簡易的な銃の試し撃ちとなる。


「集まったな」

「はい!」


 オレンジ色のカルゴの瞬が手を挙げて元気に答える。元気がいいの良い事だ。彼からすれば、早く本物の銃を使っていたいだけなのだろうが。

 一方、銀色のギアーズ・オブ・アーサーのアイは、キョロキョロと周りを見渡していた。集中力が散漫になっている。恐らくはオットーを探しているのだろうが、残念ながらまだいない。

 ソフィアが乗る白と赤のミスティアは、ただ不動で俺を見ていた。この子だけは未だに掴めない。一応、真面目に俺の言う通りに事をしてくれるからいいんだが、隙を見せないせいで人格を把握できていない。

 遠見、優衣、カエデも彼らの後ろにいる。今回に関してはあありやる事はないだろうが、参加してくれるのは嬉しい限りだ。マルクだけは欠席らしい。まだギアスーツを使用しない事にしているらしいため、自分のやろうとしている事を優先したのだろう。その内容は計り知れないが。


「んじゃ、本日は実弾を用いた適正テストをする」

「よっしッ!」

「だが――――その前に聞いてほしい事がある」


 昂る瞬に釘を刺すつもりで、俺は声を低くする。生まれるのは緊張感。最近になって、こうすればとりあえずは空気が凍ってくれる事を理解した。話がしやすい。

 キノナリからはあまりよくない、と注意されたので控えるが、これから話す話はそれ相応の緊張感を覚えてほしい話だ。


「お前達が今から手に持つ物は、本物の銃、だ」

「本物……」

「そう。これまで使用してきた決闘用の模擬銃とは違う。放たれるのは、電子的に形成された銃弾ではなく、現実の物を貫く実体のある銃弾だ。それを認識して手に持ってほしい」


 誰かがゴクリと、喉を鳴らした。俺の意図が解ってくれたらしく、俺は小さな微笑みを浮かべながら彼らにアサルトライフルを手渡す。

 渡された瞬とアイは、その形状に合うようにグリップを握って重量を確かめるように上下させる。


「思いの外、軽いな……」

「……重い、ですね」


 真逆の意見を口に出した二人は、ヘルメット越しでお互いを見つめる。ヘルメットの下の驚きの表情が目に浮かぶ。

 だが二人の意見は、二人とも間違っていない。


「良い感想だ。そう、銃は重くて軽い物だ」


 俺は自分のアサルトライフルのセーフティがかかっている事を確認しつつ、困惑する二人と、冷静にセーフティのチェックをしていたソフィアに俺の中の持論を話す。


「ギアスーツ、もといコアスーツにはパワーローダーが搭載されている。だからこそ、生身で使用するより、銃は軽く感じるだろう。片手で構えて使用する事ができるぐらいだしな」


 実感としてはそうだ。生身で使用する場合、アサルトライフルは両手でしっかりと持ち、身体の全身を使用して銃を安定させる必要がある。

 しかし、ギアスーツにはパワーローダーと一緒に反動制御装置が搭載されているため、片手で運用する事も可能である。勿論、当てるために使用するなら両手で握った方が効率は上がるが。


「だが、アイの感じた銃の重さも概念的だが間違いではない。先程言ったように、銃は人を簡単に殺せる物だ。セーフティを外し、引き鉄に指をかけると、取り返しのつかない銃弾が飛び出す」

「取り返しのつかない銃弾?」

「一度放たれた銃弾は、色々な物を破壊するだろう。物、人、思い出……放った本人が何も思わなくても、破壊された他者にとっては取り返しのつかない結果を生む」


 ソフィアの疑問を乗せた言葉に俺は目を細める。過去、何度も人を殺してきた自分にとってはその言葉は言い聞かせでもあった。

 尋問する際に、相手の戦意を喪失させるために敵の周りの物を破壊して回った事があった。効果は非常に大きく、何かが壊されていくにつれて敵は嘆き苦しみ、そして最後には情報を吐いた。

 敵にとって、それはかけがえのない物だったのだ。家族の写真。友人との友情の証。仲間の残した勲章。恋人との手紙――――全てを撃ち抜かれた敵は、尋問の末、俺に涙を流して乞いてきたのだ。返してくれ。俺の大切な物を返してくれ、と。バラバラに壊されたその残骸を手に。


「同情をしろとは言わない。その甘さは、自分の命を脅かすには十分だ」


 俺は同情を覚えた。同時に、この情景を自分に投影してみせると心が寒くなった。妻を、娘を、友人を、仲間を――――彼らに繋がる全てを否定されて、俺は果たして俺でいられるのか、と。

 そして何より、それを行ったのが自分だと思うと、自分の無情さに嫌悪してしまう。


「だが、憶えていてほしい。その手に持つ物の重さを。武器とは、何かを奪い、誰かを守る道具だ。人が、動植物を食し生き長らえるのと同じであり、しかしその引き鉄を引くの奪う者である。食べると言う行為が、人間の本能であるならば、奪うと言う行為は、人間が制御すべき本能だと自覚してほしい」

「…………」


 それは――――ギアスーツも同じだ。人に怪力を与えて、殴るだけで人を殺す事も出来る。ギアスーツは、鎧や身につける物である以前に、道具であるのだ。

 過ぎた力は人を滅ぼす。せめて、彼らがその過ぎたる力を暴走させずに真っ直ぐに生きてほしい。


「長話になった。ようは、使い方を誤るな、という事だ」

「……そうですね」

「……だな」


 アイと瞬が、自分の手に握られている武器を見つめて沈んだ様子を見せる。それでいい。武器は喜ばしい物じゃない。武器を持つという事は、自分の中にある本能と葛藤するという事なのだから。

 ソフィアは冷静にセーフティを解除する。本当に何者なのだろうか、この子は。しかし、彼女はその引き鉄に指をかけず、ゆっくりと銃口を地面に向けるのであった。

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