掌編詰め合わせ
紫藤夜半
Before heels clicked.
こちらの作品は第21回文学フリマ東京(2015/11/23)にて、サークルよたがらすブースで配布したフライヤーに載せていたショートショートです。
よたがらす合同誌『季刊よたがらす 弐号』掲載の拙作『Click clack heels』の前日譚となります。
また、同内容を『小説家になろう』の方にも投稿しております。
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ほんの少しの昔の話。
世界のどこかに工業と職人との集う町がありました。
腕利きの職人たちが山とあふれるその町では、まだ世界の誰も見たことのないような珍しやかな装飾品や美術品が毎日次々と生みだされていました。職人のみならず、貴い御方も貧しい人も、芸術家も町娘も、誰もがその町に憧れたものでした。
さて、そんな町に住む職人の一人、寡黙な彼を皆はスニークと呼びました。
スニーク=トマスは靴職人。
幼い頃から親方について磨いた腕は確かなもので、彼が作る靴は履き心地よく丈夫、毎日履いても少しもほつれないと大層な評判でした。
ただし、彼の靴について語る人はひとしきりその利便性を褒め称えたあと、口をそろえてこう言います。
「ああ、あとは華やかさがあれば完璧なのに!」
そんな声を聞くと、スニークはいつも思うのです。
「俺の靴は誰かの足を守るための靴だ。綺麗なものが履きたけりゃ、ガラスの靴でも探せばいいさ」
今日も今日とて、スニークはせっせと靴作り。皮をなめしてゴムを裂いて、時には新しい素材を探して職人仲間を訪ね歩いて、休む暇などありません。
そんな彼のもとに、毎日欠かさず訪ねる人がありました。
お客さんではありません。金の髪に青い瞳のかわいい少女、メリージェーンは決して彼の靴を買わないのですから。
「ハイ、スニーク。今日の作品もだっさいわね。いつになったらあたしの足に似合う靴を作ってくれるのかしら」
「うるさい。これが俺の靴だ。嫌なら他の工房に行けよ」
ぶっきらぼうなスニークの言葉に、けれどメリージェーンは笑います。
「いやよ。あたしが作るドレスに似合う靴は他所にいくらもあるけれど、あたしが着る白いドレスには、あなたの靴って決めてるんだから」
結局、そのあと十年、彼は履きやすくて丈夫で、けれど無骨な靴を作り続けました。
しかし、スニーク=トマスの作品の中にたったひとつ。ただ一人の女性のために作られた、白いストラップシューズがあったことは、彼と彼の妻だけの秘密です。
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