自己啓発本が好きで何が悪い!!!

@switch

本屋のレジ店員は中年のおばさんがいい

 きょろきょろと辺りを見回す。「よし、自己啓発本コーナーには誰もいない」。すかさず自己啓発本コーナーに入り、引き寄せの法則の本を探す。「この前買った本は抽象的すぎたんだ。今度の本は現実的なのにしよう。お!(実践!引き寄せの法則!2週間で思考が現実に)これだ!!」中身もろくに確認もせず値段を見ると1700円+税だった。下宿の大学生には少々きつい額だがこの本を実践することでこれから何十年という人生がばら色になるんだ。そう考えると1700円という金額も安く見える。そういう考え方を続けに続け、これで引き寄せの法則関係の本はめでたく10冊目を迎えた。今度こそ今度こそとまるでギャンブルのようだ。そう、この男「宮下純」は現実から目をそらし自己啓発本を次々と買いあさる自己啓発男なのである。

 すかさず本をレジに持っていこうとする。そしてレジの店員を確認する。大切な作業だ。そう、自己啓発男は異常に自意識過剰なため、自己啓発本をレジに持っていくのが恥ずかしいのである。特に同い年くらいの同性がレジの店員だった時の恥ずかしさは尋常ではない。買わずに一度帰ってAmazonで注文することもしばしばである。なぜ同い年くらいの男性に対して過剰になるのかは本人もわからない。でも恥ずかしいものは恥ずかしい。そういうものなのだ。そしてこの恐れている思考が現実になりレジの店員は同い年くらいの男性だった。

 「思い出せ俺。前に読んだ自己啓発本であっただろう。お前の顔を気にしているのはお前だけだ、と。そうだ。毎日何百人もの客をさばいてる店員が俺の買った本なんか気にするわけない。ましてや顔に出して笑うなんてことするわけがない。よし行ける!」

 さりげない顔をして本をレジに持って行き店員の前に置く。裏向きで。

 「いらっしゃいませー、ブックカバーおかけいたしますか?」

 ブックカバーをかけるかどうか。これは自己啓発男にとっては最大の悩みどころなのだ。まず自己啓発男は自己啓発本を読んでいるということを他人に知られたくないのだ。そのためブックカバーというものは喫茶店などの外出先で本を読む際とても心強い味方なのである。しかし、ブックカバーをかけてもらうということは、その店員に本をまじまじと見られるということにも変わりない。自分は一秒でも早くレジを済ませたいのである。そういう思考から次の一言がでてきた。

 「いや、大丈夫です、、、」

 困ったらNO。その場にある現実をすぐさま終わらせ新たな現実の可能性を膨らませる言葉NO。なんかの自己啓発本で困ったらYESを選べと書いてあったと思うが知らない。自分がNOが良いと思ったら言うべきはNOなのである。

 「1836円で2000円お預かりいたしましたので164円のお戻しになります。ありがとうございましたー」

 感謝の言葉は運を引き寄せるので「ありがとう」と声に出して言いたかったが、声が裏返るのが嫌だったのでペコリと少しおじぎをしてレジを去った。ふふふ、これで俺の人生はキラキラ輝きだす。今日から新たな一歩を踏み出すのだー!!

 驚くなかれ、宮下はこの一人漫才のようなことを2週間に一度のペースで繰り返しているのである。

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