レイメイ×レイヴ!
空虹目眩
Day.0
幸せ×最悪+誕生日
#1
朝だ。
いつもと変わらない朝。
でも、今日は少しだけ、晴れやかな、朝。
「ねーちゃん、目覚ましうるさすぎ。」
布団から這い出てふすまを開けた瞬間、甲斐甲斐しく朝食を用意する妹の姿。
「えー、うそ?鳴ってた?」
「鳴ってたも何も……」
うんざり、と顔に浮かび上がる。おかしいな、またアラーム機能の調子が悪いかと思ってたのに。
「よくあんだけ鳴ってて寝てられるよね。信じられん」
「そんなに褒めてくれるのはリナだけだよ~」
「褒めてねーよっ!早くパン食え!」
「はぁい」
いつも通りの、朝。
だけど少しだけ特別な、朝。
今日は、私の誕生日。今日からハタチだ。
妹のリナが、お祝いにお出掛けしよう、と誘ってくれた。たまたま土曜日に重なって、リナの高校も休み。私は出勤日だったけど、初めて有給を使わせてもらった。
リナは、口はちょっと悪いけど、心のとっても優しいコだ。忙しい母に代わって彼女を育ててきたようなつもりでいたけど、いつの間にか私が世話を焼かれている。朝が本当に弱いから、毎日とても助かっている。
「ほら!もう出掛ける時間だよ!」
「そんな急がなくても……」
「だーめ!ほっとくとねーちゃん、いつまでもゆっくりしてるんだから!」
私のためのお出掛けのはずが……何だかリナの予定に追いまくられているようだ。
「着替えたね!」
「うん」
「顔洗った!」
「うん」
「化粧も!」
「した」
「よし、あとは……ヅラだね」
「……うん」
私は普段、カツラを着用して生活している。ウィッグ……なんておしゃれなものじゃなくて。とにかく、黒髪で、ごく一般的な長さの、目立たず、普通に見える、カツラ。中学校に上がる時から、今までずっと。
「はい、できた」
最近にしては珍しく、リナがつけてくれた。カツラをつけ始めた頃は、不器用すぎる私に代わって、まだ小学生だったリナがよくかぶせてくれたものだ。
生まれながらにして、一本残らずすべて真っ白な私の髪を、いつもうまく隠してくれたのだ。
「ありがと」
「じゃー行きましょっか!」
意気揚々と、私たちは自宅を後にした。リナのバッグが妙に大きいのは、自分の買い物も存分に楽しむためなのだろうなと、ぼんやり思っていた。
のだが。
「ねーちゃん、ごめん!」
「こ、ここって」
お出掛け、と称して連れてこられたのは、とあるホール。その入り口の立て看板には『レイヴプロダクション ダンサー&ボーカリストコンテスト第二次審査会』と、でかでかと書いてあった。
ダンス。ボーカル。それは、リナの夢だ。アーティストになって、テレビや雑誌に出て、自分の歌や踊りでたくさんの人を喜ばせること。それは、よくわかっているんだけど。
「未成年の場合は保護者同伴じゃなきゃだめって言われてて」
「だったら最初からそう言えば……」
どうして素直に言ってくれなかったのかな。勝手にふっと息が漏れた。
「ごめんなさい、こんなことじゃ仕事、休んでもらえないかと思って……。でも!でも、終わったらちゃんとお祝いするから!ね!」
「あのねぇ、リナ。こんなこととか言わないの。私だってこれでも応援してるんだから!」
「ごめん。ごめんね……。今度から、ちゃんと素直に言うから。誕生日プレゼントに、合格つかみとってくるから!」
リナの瞳が、夢と、希望と、不安で揺れている。風に凪ぐ水面のようにきらきらと瞬いているのを見て、私は笑顔で頷いた。
「じゃあ、行こ」
リナの背中を押して、一緒に会場入りした。
ホールの中は、思った以上に小さかった。一番後ろの席についても、ステージにあがる人の表情までわかるくらいだ。
よく知らずに来てしまったけれど、受付でもらったパンフレットをよく読むと、なかなかすごいコンテストであることがわかった。
今日出演するのは、総勢30組。既に、100人余りいる応募者の中から一次審査を勝ち抜いた人たちだった。歌って踊る、アーティストのたまごたち。男の子もいれば、私より年上の女性もいるらしい。この中から3組が選ばれて、全国大会に出場し、その合格者の一人がこの——レイヴプロダクション?からデビューできるという。リナは夢を叶えるためにまず、3枠の中に選ばれなければならないわけだ。
しかも、特別ライブもある!私はリナと違って、音楽のこととかアイドルのこととかはよくわからないけど、それでも名前くらいは聞いたことのある『ムーンクラウンズ』さんが出演する!すごいなあ。今とっても人気のあるアイドルグループだよね。なんだっけ、えーと……『ムンクラ』って略すんだ、確か。男の人5人組で、メインボーカルが2人、ダンサーが3人だったような。ってことは、芸能人を生で見られるのか!こんな近いところで!何だかすごく、楽しみになってきた。リナもいい結果を残せたら、本当に幸せな一日なるのにな。
どうか。
どうか、今日くらいは。
「続いて、エントリーナンバー15番は——」
司会進行の女性が読み上げる。とうとう半分まで来た。リナの出番は、26番目。あと10人くらい。
何だか私の方が緊張して、そわそわしてしまう。そうだ、リナの番が来る前に、トイレに行っておこう。思い立って席を立ち、会場の外へ出た。
すると、すぐに会場スタッフの女性が声をかけてくれ、案内をしてくれた。
「ここ、作りがちょっとわかりづらくて」
と、苦笑する。
「こちらの扉からどうぞ」
ひとつドアを開けると、左手にもうひとつ、同じようなドアが。そこを開けると、中がトイレになっている。同じような扉がいくつかの場所にあり、迷ってしまいそうで怖いなと思った。だからちゃんと案内のひともいてくれるんだな、と。
手を洗ってドアを開けると、もう半分くらい道がわからなくなっていた。え?だって、ここのドアを開けて……いや、待てよ。さっきはここが閉まってなかった。あれ?スタッフの女性もいないし、私は完全にパニックになっていた。
えー、おかしいよ……ここのドアをひとつ開けたら、すぐエントランスだったはずなのに!さっきとは違う、他の景色と同じような白い廊下が続いている。そこで、先程の女性の言葉が脳裏に蘇る。
《作りがちょっとわかりづらくて》
……ちょっとじゃねーよ!それがわかってるなら最後まで案内してよ、と思わず心の中で毒づいてしまった。いかんいかん。リナの番までに戻れなかったらどうしよう?焦れば焦るほど、どうしたらいいかわからなくなっていた私は、とにかく進んでみようと思った。そうしたら、そこに誰かいるかもしれないし。怒られても仕方ない。リナの番までに席に着ければ何でもいい!この扉……じゃない気がするけど、ええいっ!開けちゃえ!
ガチャッ。
私はその体勢のまま、しばらく硬直していた。いや、しばらくじゃないかも、一瞬?いずれにしてもその瞬間に、一気に血の気が引いていくのが自分でもわかった。
これは、やばい。
「し、失礼しま……!」
今見た“モノ”をすべて忘れてしまおうと、勢いよく扉を閉めた後、何もかもをかなぐり捨てるつもりで、全速力で駆け出した。
そこにいたのは、確かに『ムンクラ』の皆さんだった。あれは、楽屋のドアだったのだ。でも、違った。あの人たちは……いや、あれは、人、ではなかった。
追いかけて来ちゃう。
このままじゃ捕まっちゃう。
早く、はやく……!
ガッ。
おそらく、防火扉の受けの部分だろう。廊下の出っ張りに見事に足をとられ、私は前のめりに転んだ。それも、かなり盛大に。
咄嗟に手をついたのはもうとっくに転んだ後で、焦るあまり慌てて起き上がろうとした瞬間に、カツラを思いきり手で踏みつけており、ピンやネット等すべてが吹っ飛んで、その勢いでまた転び、身体はボロボロ、髪も地毛が丸見えで、見るも無惨な姿に成り果て、私は絶望の淵に半身を浸していた。
ごめんね、リナ。
ねーちゃん、リナの勇姿、見れそうもない。
誕生日プレゼント……受けとりたかったな。
とびきりの、リナの笑顔。
大好きな、リナの笑顔を。
母さんにもちゃんと挨拶できなかったな。
後のことは、任せたからね。
役にたたないねーちゃんで、ほんと、ごめん。
私は、20年丁度で、この人生を終えるんだね。
今まで、本当にありがとう——
ぼんやりとそんなことを思い、全身の力を抜くと、これから訪れる運命に身を委ねた。
コツ、コツと、忍び寄る靴音が、すぐ後ろで止まったのが聞こえた。
Next story》
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