第10話

 メイは、ガイ・ブラックソルから与えられた部屋にいた。そこは、惑星グランノアール上に設置された移動要塞と呼ばれるギガンティスクラスの戦艦の、一室である。

 士官用の居住スペースとして造られた部屋らしく、それなりの調度は整っていた。無機質的ながらも、設置されているベッドやソファ、デスクは高級ホテルに置かれているもののように、上質の家具だ。ただ、窓のかわりのように壁に設置されたスクリーンに映し出されている地表の風景は、荒涼としている。

 惑星グランノアールは、生物の住まない星であった。その地表は、砂嵐の吹きすさぶ灰色の大地が延々と広がるばかりである。

 荒れ果てた風景を見つめるメイは、ドアをノックする音を聞いた。メイが答える前に、扉を開き黒い革のバトルスーツを身につけた男が入ってくる。年は若そうだ。黒く長い髪をグリースで固め、痩せており、どこか飢えた獣を思わす顔をしたその男は、不良少年といった雰囲気を持っている。

「迎えにきたぜ、メイ・ローラン」

 メイは、無表情な瞳でその不良少年を見つめる。そして、うんざりしたように言った。

「一体、あなたたちは、私に何の用があるの。私をどうするつもり?」

「ああ、そいつは、ボスがこれから説明する。来れば判るよ」

「ボス?」

「ガイ・ブラックソルさ」

 メイは、立ち上がると言った。

「ようやく、ボスとお話ができるわけね。いいわ、行きましょう」

 メイは、不良少年の後を続く。

 二人は、昇降機に乗った。それは、どんどん下へと降りていく。おそらくこの巨大な戦艦の最下部へついたと思われる頃、二人は昇降機を降りた。

 二人のついた場所は、巨大な工事現場を思わせる空間だ。高い天井と広大なフロアに、大地を掘削する機械が、設置されていた。おそらく、元々は船底にあった倉庫なのだろう。そこに建築機材を設置し、船底を穿ち、さらに地下へと掘り進んでいるようだ。

 幾つかの端末が設置されており、その端末から建築機材をコントロールしているらしい。端末の前に座っている男たちは皆若く、組織の人間というよりは、街のチンピラふうであった。

 一人の男が、メイを見つけ近寄ってくる。その男に、見覚えがあった。ガイ・ブラックソルと名乗った男だ。

 コンサート会場で見た時よりもその男は若く、野性的に見えた。漆黒の瞳が、黒い炎のように輝いている。メイにはその少年が、黒い火焔に覆われているように見えた。

 ガイは、メイに向かって狼の笑みを見せる。

「行こうか、メイ・ローラン」

 メイは、うんざりしたように言った。

「どこへ行くというのよ。それに、一体私になんの用があるの」

 ガイは、昏く光る瞳でメイを見つめたまま、言った。

「ついてくれば、判る」

 ガイは振り向くと、歩きだした。メイはため息をついて、後に続く。ガイの向かっているのは、掘削作業の行われている現場の中心だった。そこには、ワイヤーで吊されたゴンドラがある。そのゴンドラで地面に穿たれた穴へ、降りていけるようだ。

 ガイは、無言でゴンドラに乗った。メイはそのゴンドラに乗り、ガイを真っ直ぐ見つめる。

「この惑星の、地下に降りるの?」

 ガイは、無言で頷く。メイは、月の精霊のように神秘的に輝く瞳で、ガイを睨む。

「そこに何があるかは、行ってのお楽しみというわけね」

 ガイはげらげら笑いながら頷くと、端末の前に立つ男へ指示を出した。ゴンドラはゆっくり降り始める。

 そこは、液体のような闇の中であった。ゴンドラの内部だけが、微かな照明で照らされている。メイは、漆黒の宇宙に浮かぶ黒い天使のようなガイを、見つめた。

 この闇の世界では、ガイと自分自身の二人しか存在しないような気がする。圧倒的な重量感を持つ岩盤に周囲を覆われ、深海のような闇をゴンドラは静かに降下して行く。

 メイとガイは無限の宇宙のような闇の中で二人きりであった。そこは、原始宗教の儀式の前のように、神聖に静まりかえっている。

 天上に輝く月のような地上への口が、しだいに小さくなっていき、ついには消えた。二人は完全な闇の中に居る。メイは、随分長い間、闇の中に居るような気がした。

「随分、深い所へ行くのね」

 メイの言葉に、ガイは嘲るような笑みを見せて答えた。

「心配するな。もうすぐ着く」

 メイは、やれやれといったふうに、肩を竦めた。ガイの言葉とはうらはらに、ゴンドラはさらに降下を続ける。その降下は、惑星の中心部についてしまうかと思う程続いた。

 突然、闇が途切れる。メイは、眼下に広がる景色に、息をのんだ。

「これは…」

 そこに見えたのは銀河であった。壮大な光の渦。銀色に煌めく光点が、無数に広がっている。それは、荘厳な地下の暗闇に浮かぶ、巨大な星の集合だ。よく見ると、その星と見える光点は銀色の透明な枝に繋がっていた。

 輝いているのは、銀色の大樹である。それはおそらく、一つの巨大な山脈に匹敵する程の大樹であった。

 ゴンドラは、銀色に薄く煌めく大樹の枝の中を、降下していく。星の海の中を、宇宙船で航海しているようだ。

「これは、一体?」

 メイの問いかけに、ガイは堅い表情で答える。

「銀河先住民族の遺跡さ。説明は目的の場所についてからだ。もう少し待て」

 銀の枝は複雑に絡み合いながら、光の束のような幹へ繋がっている。大樹の幹は、降りるにしたがって太さを増し、光も強くなっていった。

 メイは、銀色の星空の下へ入り込んだと思えるようになった頃、それが姿を現す。それは、まるで、銀色の幹に貼り付けられた暗黒の天使のように見えた。

 それは、星の海の中に広がる黒い闇の亀裂のような巨人である。おそらく、ベヒーモスクラスの宇宙戦艦くらいの大きさはあるだろう。その黒い体を持つ巨人は、漆黒の羽を8枚広げ、銀色の大樹の幹に絡みついている。

 その四肢は、人間のそれとは異なり、蛇のようにくねり、枝へ絡みついていた。

 そしてその胴体には、もうひとつ銀灰色の小さな巨人が絡みついている。その大きさは、小さいといっても巡洋艦くらいの大きさはあるようだ。

 銀灰色の巨人は、漆黒の巨人とほぼ同じ形態である。ただ、漆黒の巨人は強固な肉体を持つ男性に見えるのに対し、銀灰色の巨人は曲線的な肢体を持つ女性のようだ。

 その銀色に輝く海の中に沈んだ、闇色の堕天使のような巨人の表情が、降りるに従ってはっきりと見えてくる。その頭部は滑らかな卵形であり、凹凸は殆どない。ただ、その中央に、アーモンド型の単眼がある。

 漆黒の巨人のほうは、金色に煌めく単眼を持ち、銀灰色の巨人は、サファイアのように輝く青い単眼を持っていた。

 ゴンドラは、金色と青色に輝く二つの瞳の前を通って、下っていく。やがて下方にプラットホームが見えてきた。宇宙港の離着陸場一つぶんくらいの広さだ。どうやらそこが、目的地らしい。

 銀色の海に浮かぶ、青灰色の船のようなそのプラットホームには、幾つかの端末の他に、黒い棺が置かれていた。棺には、様々なケーブルが接続されている。

 ゴンドラは、海へ沈んだ船が海の底へ沈むように、プラットホームに着いた。

 メイとガイは、プラットホームへ降りる。

 メイは、巨人を見上げた。遥かに高い山の頂きのような所から、満月のように黄金に輝く漆黒の巨人の瞳と、宝石のように青く輝く銀灰色の巨人の瞳が見下ろしている。メイは畏怖の感情が、立ち上ってくるのを感じた。

「こいつはかつて、地球軍からユグドラシルと名付けられた古代の人工知性だ」

 メイは、黄金の瞳を見つめたまま言った。

「この巨人のこと?」

「いや、あれはこの人工知性のマン・マシンインターフェースとしての、端末にすぎない。人工知性としては、この銀色の木全体から構成される」

 メイは、ガイに視線を戻す。

「まさか、あなたこの人工知性を…」

「動かすのさ」

 メイは、ため息をついた。

「無理よ。一体どうやってアクセスするつもり?」

「巨人は2体あるだろう。黒い巨人は、銀河先住民族の造ったものだ。銀灰色の巨人は、あの黒い巨人を一部切り取って地球軍が模倣して作り上げた、インターフェーサだ」

「インターフェーサ?」

「そう。あの銀灰色の巨人へは、通常のサイバーネットワークへアクセスするように、入り込むことができる。そして銀灰色の巨人をコントロールすれば、あの黒い巨人も制御できるという訳だよ」

 メイは、真っ直ぐガイを見つめる。

「ユグドラシルと名付けられた人工知性のデータは、見たことがあるわ。地球軍は色々実験した結果、コントロール不能の結論を出したはず」

「できるさ」

 ガイは、世界そのものに向かって、戦いを挑むように微笑んだ。

「おれと、あんた。二人が力を合わせればね」

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