星の危機
「時間が惜しい。手短に説明するぞ。少し前から、疑問には思っていたんだ。ある段階から、星に満ちるエレメントの流れがおかしくなった」
足早に天上の応接間へと向かいながら、シュテルは早口で説明する。
「具体的に言うと、主神が注いだエレメント量に比較して、星に満ちるエレメント量が想定以上に低い気がしたんだ。『エレメントが上手く巡っていない』。そんな風に感じた。時間と共にそれが顕著になってきたんで、おれはユングと一緒にその原因を調査しに行ってたんだが――」
と、ちょうどそこで応接間の前に到着する。
「――続きは、中で話すぞ」
ガチャリ。
扉を開け、中に入る。そこには――
「遅かったですね、主神。副神」
処女宮のユングさんをはじめ、十二柱神全員がそろい踏みで、私達を出迎えていた。
「――何なんだ。突然オレら全員を呼び寄せやがって。ああ?」
獅子宮のレーヴェさんが、いかにも不機嫌そうに言う。天蠍宮のルピオさんがそれに続いた。
「星に満ちるエレメントに関する、重大な危機、ということでしたが――」
それを制するように軽く手を挙げ、ユングさんが発言する。
「先程お話したとおり、エレメントの補充量と充填量の格差について、副神と私は調査を行っておりました。その結果が出たのでご報告いたします。――副神、どうぞ」
冷静を装ってはいるものの、いつもよりユングさんの表情も硬い。
……一体、何事?
ユングさんの前置きを受け、シュテルが口を開いた。
「簡潔に言うぞ。主神が注いだはずのエレメントが、充分に星を巡っていない。一部が、『せき止められている』。このままではいくら注いだところで、星にエレメントが満ちることはない。おれ達はその原因の調査に行っていた。そして、見つけた」
そこで息を継ぎ、シュテルは端的に言った。
「原因は――、『
応接間が、ざわつく。
……澱み?と言われても、私にはぴんとこない。こちらの世界での何かの用語なんだろうか?
しかしそんな私の予想は、人馬宮のシュッツェの言葉で外される。
「澱み、……って何なんだ?聞いたことねーぞ」
問いかけに、シュテルは少し困ったように口ごもった。
「……便宜的に『澱み』と呼んではいるがな、おれにも、正確に分かっている訳ではない。ユングの観測結果からの推論となるが――」
「あのねー」
と、宝瓶宮のサーマくんが、緊迫した場に不似合いな、のんびりとした口調で遮った。
「星がねー。黒い『もわもわ』で、囲まれてるの。それでキラキラが駄目なの」
「……意味分かんねって。はいはい、説明の邪魔しない。お前は絵でも描いてろ」
よしよしと、あしらう様に、双子宮のヴィルがサーマくんの髪をかき混ぜる。
「――いや、サーマの言ったことは間違いじゃない。『澱み』とは、言葉の通りだ。特定の形ある物じゃなく、『澱んでいるもの』なんだ」
「……なんだか抽象的な話だねえ?もっとはっきりと言ってくれないかな」
くるくると髪をもてあそびながら、双魚宮のイッシェさんがため息をつく。
「私達にも未知のものですから、仕方ありません」
「……主神のおかげで、この星にも少しずつ生命が増えてきて、人間が生活をし始めた。そうなると、必然的に争いも生じる。いや……争い自体というよりも、根源的には『負の感情』だろうな。憎しみ、恐怖、ねたみ、競争心……。別にそれらが悪と言っているんじゃない。それらは生きている以上、あるいは人である以上、生じてきて当然のものだ。だが、それらが生じた結果、次第にそれらは降り積もり、凝り固まり、エレメントの流れを曇らせ、最終的には『澱み』となった」
「私達が調査した結果、澱みは星全体に蔓延していますが、エレメントを止めている大きな原因となっているのは、エレメントの
「そんな――、
がたっ、と椅子を鳴らして立ち上がった金牛宮のティアに、私は聞く。
「ティア、核って……?」
「ああ、主神。核っていうのは――」
「
磨羯宮のタインさんが言葉を継ぐ。
「火、気、水、土の四大エレメント。その流れの源となる、最も大切なものだ」
「つまり、一エレメントにつき、それぞれ一つの核を有するんだ。火の核、気の核、といった具合にね。それらは、この星のエレメントの土台を支える柱のようなもの。それが阻害されると、星全体のエレメントが狂ってしまう」
「まさにそれが、現状の問題なんだ」
ティアの言葉に、シュテルがうなずく。
「で、おれ達は何をすればいい」
静かな声で、ヴィッダーが言った。
「これだけの面子をそろえたからには、何かすべきことがあるんだろう」
「――話が早くて助かりますね」
ふう、と息をついて、ユングさんが続ける。
「私達で、澱みを
「四大核に取り付いている澱みを、おれ達で祓う。そうすれば、主神が注いだエレメントは、せき止められることなく、この星に流れるだろう」
私達で、祓う――?
「でも――」
戸惑ったように、巨蟹宮のクレイくんが質問する。
「祓うって、一体どうすればいいんですか?」
「その前に、核がどこにあるのかも、分かってはいないはずですが……」
天秤宮のヴァーゲさんも思案気に言う。
そうなんだ、核って、場所も分かってないんだね。
「主神」
「……は、はいっ?私!?」
シュテルに呼ばれ、慌てて姿勢を正す。いけない、話に聞き入ってて自分に振られると思わなかったから、油断してた。
「今は核の場所は分からない。だが、その時が来たら、主神はそれぞれのエレメントの十二柱を連れて、四大核に向かってくれ。あんたらの力で澱みを散らし、核に直接エレメントを注ぎ込む。充分なエレメントを注げば、もうその核が澱みに憑かれることはないだろう」
「核の場所については、私と副神で調査します。現状、核の場所が不明なのは、エレメント不足のため。エレメントが増えれば、私達で察知できるようになるはず。よって、主神はこれまでと同様に、エレメントを増やし、十二柱との絆を深めてください。エレメントがせき止められているとはいえ、完全に止まっているわけではありません。今後、星にさらに注いでいけば、ある段階で核が探知できるレベルに達するはずです。そうなれば、私達が主神にお知らせ致します。それまでは、これまでどおり――いえ、これまで以上に職務に勤しんでください」
う……ユングさんの視線がめちゃくちゃ鋭い。しっかり働け、という心の声が聞こえそうだ。
とはいっても、事の重要性はよく分かった。四の五の言ってる場合じゃない。
「――うん、頑張るよ。皆、よろしくお願いします」
「はあ……、何か、長い一日だったなあ」
工房に帰り着き、どさっ、と椅子に座り込む。
「悪かったな、今日は急に」
シュテルが気遣うように言ってくれる。
「とんでもない。こっちこそ、色々調べてくれてありがとう。明日からまた頑張らないとね」
「ああ、それは嬉しいんだが――」
「?」
口ごもるシュテルに、振り返って首をかしげる。
「あんまり、気負いすぎるなよ。あんたは頑張るって言い過ぎだ。必要以上に急ぐ必要はないんだからな。徐々にやっていけばいい」
予想しない言葉に、思わず目を丸くした。
「なんだよ、その顔は」
「……うちの副神は、暴言が付属品だったはずなのに」
「あんたな!人がいいこと言ってやってんのに――」
「あははは、うそうそ。――感謝してるよ」
軽く拳を振り上げるそぶりをするシュテルに、かばう真似をしながら笑いかける。
ほんとに、ティアといい、シュテルといい、なんでこんなに優しいんだろう。
「――本当、ありがとう。シュテル。自分の出来る範囲で、頑張っていく」
「――ふん。……頼んだぞ」
シュテルは、いつもの生意気そうな表情を少しだけ和らげて、笑った。
うん、頼まれたよ。
明日から、しっかりやっていこう!
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