獅子・天秤・宝瓶 episode.0&side

 工房に戻ると、シュテルが言った。

「依頼をこなして、大分エレメントも溜まったな。――残りの十二柱に会いに行くか。……いよいよ、最後のメンバーだな。これでようやく全員との顔合わせが済む」

「……やっぱり十二柱ともなると会うだけでも大変だね。ずいぶんと長くかかったような気がするよ」

「まだまだこれからが本番なんだけどな」

「うう、テンションが下がるようなことを言わないで……」

 

 そんなこんなで、翌日。

 私とシュテルは天上宮殿の応接間へと来ていた。

「じゃあ、行くか」

「うん」

 そして、ドアが開く。

 そこに、最後の三柱の神々が居た。

 ……。三柱の、神々……だよね?

 私は思わず不安になってしまった。

 一人目。これは違和感無い。立ち上がり、私に向かって会釈をしてくれる、二十代半ばごろの青年。ベージュ色の髪が柔らかく額にかかり、サファイア色の瞳が優しく私を見つめている。エレガントな服を着こなし、まるで英国紳士といった風情だ。

 だが二人目。二十過ぎくらいの青年は、大きく足を組んで椅子に座り、肘掛に両手を置き、椅子の背にもたれて、……なんというか、言葉は悪いけれど、ふんぞり返っている。迫力のある獅子のたてがみのような橙黄色の髪が顔を縁取り、オリーブ色の瞳が間違いなく私を見下していた。

 …三人目にいたっては、立っても座ってもいない。寝そべっていた。寝そべって、お絵かきをしていた。……えーっと。14歳くらいの少年。腰まで伸びた鮮やかなピンク色の髪は、一筋二筋ほどが、雷光色と、瞳と同じ、どこかメタリックな青灰色に染まっている。まだ、私には気付いていないようだ。


「おい、お前」

 ――と、急に、ぶっきらぼうな声で呼ばれた。椅子の青年だ。

「オレは、お前を主神とは認めない。主神に相応しいのはこのオレだ」

 ……おーっと。ここまではっきり敵対されたのは初めてだな。

「レーヴェ!」

 英国紳士風の人が、たしなめるように言う。

「主神になんと言うことをおっしゃるのです」

「あ?あんたらだって毎回毎回、呼び出されたばかりで何も知らない主神に仕えるのに苦労してるじゃねえか。主神なんて、十二柱の中から選べばいいんだよ!その方がずっとスムーズだぜ」

「主神は」

 と、そこで、初めてシュテルが口を挟んだ。

「主神は、世界が選び、このおれが探した方だ。間違いは無い。これまで供をしてきて、そう思う」

 シュテル……。

 けっ、とレーヴェと呼ばれた青年がはき捨て、視線を外す。納得したようには見えないが、これ以上ここで話をする気は無いらしい。

「主神、申し訳ありません」

 英国紳士風の人が声をかけてくれる。

「彼は、獅子宮ししきゅうを司るレーヴェ。今日の非礼は、私からもお詫び申し上げます。私は、天秤宮てんびんきゅうを司るヴァーゲと申します。主神、これから、どうぞよろしくお願いいたします」

 明朗で紳士的な所作だ。私への挨拶を終えると、彼は寝転んでいる少年を揺すった。

「サーマ、主神がお越しだよ」

「う?」

 そこで初めて私が居ることに気付いたのか、サーマと呼ばれた少年が顔を上げた。私と視線が合う。

「あー!」

 そして、ぴょんっ、と起き上がり、私に駆け寄ってくる。

「きみが主神!?ぼくは、宝瓶宮ほうへいきゅうのサーマ!はじめまして。よろしくね!」

 言って、にっこりと笑った。すごく無邪気な感じだ。

 私も挨拶を返す。

「サーマくん、だね。私は珠雰しゅぶん有紗ありさです。どうぞよろしくね。レーヴェさん、ヴァーゲさんも、これからどうぞよろしくお願いします」

 こうして、最後の十二柱との顔合わせが終わった。


「レーヴェの態度は、すまなかったな。おれからも謝罪する」

「ううん、いいよ。十二柱には色んな人がいるっていうことにも、大分慣れてきたし、言ってることも一理あると思う。十二柱の人は、私より以前から神様をされていたんだよね?ああいう風に考える人がいても、不思議じゃない」

「だが、主神はあんただ。それは変わりない。だから……自信をもて」

「……うん。ありがとう」

「――レーヴェは、ゾンネの支配を受けた火の加護、ヴァーゲは、ヴェーヌスの支配を受けた気の加護、サーマは、ウーラヌスの支配を受けた気の加護を担う。これでようやく、一巡だな。明日から本格的に世界創りがスタートだ。おれからも、改めてよろしく頼む、主神」

「うん、シュテル。頑張るね。私からも、改めてよろしく!」

 そんな話をしながら地上に戻ってきた私は、工房に入り、ある物を見て思わず声を上げた。


「芽が……!」

 芽が、出ている。

 シュテルから、育て上げるようにと渡されていた種子から、小さな芽が芽吹いていたのだ。

「十二柱に注いだエレメントが、種を育てたんだな。……よく、やってくれた。これからもこの調子で、こいつが立派に育ちきるまで、育ててやってくれ」

「私、ちゃんと育てられていたんだね……」

 いきなりこの世界に連れて来られてから、言われるがままに、訳も分からずやってきたけれど、それでも少しは前進していたんだと、認めてもらえたような気がして嬉しかった。

 まだまだ、私には知識も経験も足りない。主神としては未熟もいいところだろう。それでも、少しはこの世界にも慣れてきた。やるべき事も見えてきた。これからは、しなければならない事だからやるのではなく、私の意志で、頑張りたいと思えた。元の世界に還る為だとか、そういう事を除いても、この種が花開くところを見たいと、この世界を立派に育てたいと、そんな気持ちが、私にも芽生えていた。

 これからが、正念場だ。


 ――side:レーヴェ――


 どんな奴かと思って来てみりゃあ……。なんのオーラも感じねえ、しょぼい女だな。ったく、あんな奴に文句も言わずに従ってるなんざ、他の奴らは何考えてんだ。

 だいたい、十二柱と一通り面通しするだけでも、どれだけの時間をかけてるんだか。俺なら、もっと上手くやってみせる。

 俺はお前を認めないからな。


 ――side:ヴァーゲ――

 

 主神だというのにそれを鼻にかけるところのない、好感の持てる方でしたね。私達にも、礼を尽くしてくれました。

 ただ、それだけに自己主張はあまり強くはないでしょう。主神に否定的な一部の十二柱と接していくのには、ご苦労もされるでしょうね。

 なるべく、調和を保てるよう、私もできる限りご助力させていただきます。


 ――side:サーマ――


 主神は、色の少ない人だったなあ。今のままじゃちょっとつまんないや。

 でも、持ってる余白が多いから、これから頑張ればもっと、いろんな色でいっぱいになりそう。

 一緒に頑張って行こーね!主神。

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