初めての採取
ぱちり。
と、私は目を覚ました。時計を見ると朝の七時。
どうやら異世界に来ても、私の体内時計は平常運転らしい。登校時間から逆算した、いつも通りの起床時間だ。
目覚めたのは、ふかふかのベッド。中世を舞台にした映画でしか見たこと無いような、
とてもこんなところでは落ち着いて寝られないと思ったのだけれど、自分で思っている以上に疲れていたのかな。布団に入ると、夢も見ずにぐっすり眠ってしまった。
今日はシュテルが仕事について教えてくれる予定だったよね。身支度が済んだら、応接間に来るように言われていたっけ。
……あんまり遅く行くと、嫌味の一つも言われそうだ。さっさと準備しよっと。
応接間に入ると、シュテルが立ち上がり、出迎えてくれた。
「おはよう。早かったな。昨日はちゃんと眠れたか?」
「うん、おかげさまで。仕事を始めるなら、早いほうがいいでしょう?私はまだ、この世界についてよく分かっていないから、しっかり勉強しなきゃと思って」
これは本音だ。(怒られたくなかったっていう理由もあるけど)
でも、私なりに精一杯役目は果たしたいと思っている。
「それは、ありがたいな。朝食をとったら地上に降りよう。まずはあんたの工房に案内する」
――というわけで、地上。
ちなみに移動手段はワープだった。
……空を飛べるかと、ちょっと期待したんだけどな。
「ここがあんたの工房だ」
……おおお。工房っていうか、これもう立派な一軒家だよ!
なんていうか、ドイツにありそうな建物。といっても、私はドイツに行ったことはないのだけれど。イメージだイメージ。
茶色の三角屋根に、白い壁、格子状の小窓。
可愛いなー。不謹慎にも、これからここで働くんだと思うと、なんだかわくわくしてきた。
中に入ると、内装はシンプル。机に、ベッド、本棚、ダイニングテーブルなどなど。どれもこれも、普通の外国の民家にありそうな感じ。
うん、やっぱりこの方が落ち着くや。宮殿より大分すごしやすそう。
合成をする工房って聞いたから、てっきり魔女が使いそうな丸っこい大釜でもあるのかと思ったけど、そういう訳でもないんだな。
「家具は俺が適当に用意したが、他に何か欲しいものがあれば何でも言ってくれ。あんたが住みやすいように、好きにカスタマイズしてくれて構わない」
「分かった。ありがとう。でも、このままで充分だよ。すっごく素敵」
そういうと、シュテルは嬉しそうに微笑んだ。
普段仏頂面だけど、笑うと急に、歳相応に可愛くなるんだよなあ。
「気に入ってもらえて何よりだ。さて、来て早々で悪いが、ここの使い方は後で説明するから、とりあえずそこの机の上にある鞄を取ってくれるか?」
見ると、確かに一つの鞄があった。肩にかけるタイプのもので、大きさはそんなに大きくない。A4のノートくらいのサイズだ。
「これ、何?」
「これから採取に出かける。その際にもちろん、素材を取って持って帰るわけだが、普通に持って帰ったんじゃ一度に持てる数は知れてるからな。その鞄の中は特殊空間になってるから、見た目の百倍くらいの容量は入るし、物を入れても重さも変わらない」
さらっと言ったけどすごいなそれ……。あーまあ、神様だもんね。そんなのが作れても、おかしくはないか。
「言ってみれば『四次元ポシェット』ってところか」
「ちょっと待ったー!!」
思わず突っ込んでしまった。
いやごめん、その名称はまずい。色んな意味で。
助けて、シュテえもん!って感じだ。
「……普通に、便利バッグとか呼ばせてもらうよ」
「?そうか。まあ、好きなように呼んでもらって構わないが」
私はそのバッグを肩にかける。それを確認して、シュテルが言う。
「あんたは昨日、三柱の神と交流した。だから、地上に新たに三箇所の採取地が出現している。
「ちなみに、最初に言っておくが、ここは地上だから、天上ほど安全じゃない。だから、初めて行く今日の採取地は、ここから一番近いところにした方がいいだろう。それなら大した危険も無いと思う」
「わかった」
「じゃあ出発するか。目的地は――天蠍宮の縁で生まれた、ナーエの小川だ」
小川は、まあ、近かった。歩いて一時間くらい(地上ではテレポートは使えないらしい)。……現代人には結構な距離だよ、これ。神様になったおかげか、全く疲れはしなかったけど。
「それで、シュテル。採取っていうのは、どうやってやればいいの?私、何が素材になって何がならないのかなんて分からないよ」
まさか手当たり次第に持ち帰るわけにもいかないし。とんだ荒らし行為だ。
「ああ、それについては、心配するな。主神なら見ただけで感知できる。試しに、少し歩いてみればいい」
見ただけで?
疑問に思いながらも、小川沿いを少し歩いてみて――理解した。
めっちゃ光ってる!
小川や、川辺や、なぜか空中の辺りにも、ところどころきらきらと輝いている場所があった。
試しに小川の中に手を伸ばし、そのきらきらに触れてみると――、あれっ?消えちゃった?――あ、でも心なしかバッグが存在感を増したような……。
「そう。そうやって感知した場所に触れることで、自動的に採取された素材はバッグに収納される。試しに、何が取れたか見てみるか」
そう言って、シュテルは薄くて長方形の物を私に渡してくれた。
?なんだろう。ぱっと見はどう見ても、タブレット――つまり、タッチパネル式の電子端末みたいなんだけど。
「これ、何?」
「アイテム図鑑だ」
「アイテム図鑑ハイテクだな!!」
ファンタジーが、流行の最先端を行っている!てかもうそれ、むしろ図鑑じゃないよ!
ひとしきり(心の中で)突っ込みながらも、端末を操作する。まあ便利なのはいいことだ。図鑑なんて持って見るの、重いし。
「手に入れた素材の情報は、自動的に記録される。試しに、『neu』の表示がある部分を触ってみろ」
「neu?newじゃなくて?」
「意味は一緒だ」
なるほど、言語の違いか。言われたとおり、タッチしてみる。と、アイテムの映像と説明文が表示された。
《きれいな水:ナーエの小川の水。透明度は高い。飲める。》
……。
「なんか、説明が雑じゃない……?」
「つってもそれ、あんたが書いてるんだぞ」
「私が!?書いてないよ!?」
「いや、言い方が悪かった。正確には、あんたが感知した情報や感想が自動的に記録されるんだ。今はまだこんなもんだろ。これから経験を積めば、情報も足されていくかもな」
「嫌ー!何か日記を見られているみたいな恥ずかしさがある!!」
「……まあ、アイテム図鑑なんて多分あんたしか見ないんだから、いいじゃねえか」
「ううう、まあ、そうだけど。なんでか色んな人に見られてる気がする……」
そんな雑談をしつつ、私はバッグがいっぱいになるまで採取を続けた。
【本日の採取結果】
・《きれいな水:以下略。》145個
・《ただの砂利:本当にただの砂利。……何に使うんだろう?》48個
・《小川のせせらぎ:心地よい。……せせらぎって、採れるんだ。》33個
・《ゲベートの香草:いい香りのする葉っぱ。癒しの効果があるらしい。》57個
・《透明な水草:透明なのでとっても見つけにくい。》17個
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