最終話;妖精とドラゴン
『博之さんへ。
新しい環境での生活、もう慣れましたか?小百合も高校2年生…あなたと初めて出会った時の歳になりました。しかしあの子は相変わらずで、こうして手紙を書いている今も、1人で冒険に出掛けています。
それでもまだ、あの時の妖精との再会は叶いません。
博之さん…。あなたは、小百合が何年も掛けてやっと出会えた妖精に、驚く程短い期間で出会えた人です。あの人も、それが分かっていました。また怒られるかも知れませんが、あなたは選らばれた人なのです。私もそう考えます。
いつかまた…小百合の相手をしてやって下さい。何年掛かっても構いません。あなたが小百合や妖精、天使を信じる事が出来、あの子ともう1度、冒険に出てくれる事を願っています。信じています。』
(………。)
読み終えた手紙を封に戻し、机の上に置いた。そしてそこに置いてある、小さな箱に目を向けた。箱には手書きで『祈願』と書かれていて、中には大切だと思える物をしまっている。決して同居人が行うであろう魔術への対抗手段が入っているのでなく、6年間に起こった事柄の中で、一番大切にしている物が入っている。
だけど…蓋はまだ開く事が出来ない。大切にしている何かが叶った時に開こうと考えている。
寝転がり、何も考えないように努めた。でもそれは無理な話で、色んな事が頭に浮かんでくる。中でも頭を掻き乱したのは、やはり小百合ちゃんの母親の存在だった。
(!?)
「白江か?ちょっと、お願いがあるんだけど…」
ふと思い出し、急いで白江に電話を掛けた。
連休の最終日、夕方頃に彼は戻って来た。手には例の本と、訂正ノートが抱えられている。
彼の帰りは歓迎せず、手にされた本とノートに飛びつく。そして机に座り、最後の章を開いた。
『デミゴット。
神や悪魔でありながら、人の姿を以って人間界に住む存在を言う。彼らが人の姿を手に入れるには幾つかの方法があり、最も有名なデミゴットは、ギリシャ神話において最高神とされているゼウスの子供達である。ゼウスは多くの女性と契りを交わし、多くの子を授かった。その子供達は半分が人、半分が神の資質を持って人間界に生まれる。
また自らが人間界に降り、霊的な体を捨てる代わりに肉体を得て、人間として生活する者もデミゴットと言う。しかし彼らの場合は、神とのハーフとして生まれるデミゴットよりも不安定な肉体を持つ場合があり、その寿命も短い事が多い。但しそれは、人として肉体を失うだけであって、彼らの死を意味するものではない。彼らは再び天界、若しくは魔界へ戻るだけなのだ。しかし、長い歳月を人間界で過ごした彼らは神や悪魔としての力を大きく失っており、その回復を待って再度人の姿になろうとする場合、100年以上の年月を要する。』
(………。)
以前、神や悪魔に対する説明を読んだ。その時、このデミゴットの存在を何となく記憶していた。あの時は関心がなかったけど、今になって小百合ちゃんの母親とデミゴットとを関連付けた。
「デミゴット…?これが知りたくて俺を使ったの?」
後ろで覗き見をしていた白江が、自分が使われた用事がどれだけ重要だったのかを知りたがり、それを知って怒っていた。だけどこの部分は、僕にとって重要な意味を持っている。
「デミゴットか…。何かの雑誌で読んだな。ヨーロッパで、自分をデミゴットだと言う人がいたんだ。」
白江が、本には載っていない情報を教えてくれる。
「結局、彼の主張は疑われたままで終わった。科学的な調査も宗教的な調査も行われたけど、その両方から否定されたんだ。そこで彼は、『親がデミゴットだった』と反論した。だから自分は親のような資質や体質を持っていないと主張したんだけど、そんな後出しじゃんけん、誰も信じてくれなかったんだよ。」
どうして彼は、そんな主張をしたのかを尋ねた。
「彼は死んだ後、親の下に行きたがったそうだ。親は神か天使として天界に戻ったけど、彼は人の肉体を以って人間界に、人間として生まれた。だから彼は死んだ後に天界へは行けない。天国は人間に準備された楽園で、天界は、神々が住む世界だ。その2つは、全く別物なんだよ。彼は死後、天界に行けるようにと教会に嘆願したんだ。教会から認めてもらえれば、天界に行けるとでも思ったんだろ。」
「………。」
白江の話が合っているなら、残念ながら小百合ちゃんはデミゴットの子供ではあっても、母親のような資質を持ち得ていない。完全に人として生まれたのだ。つまり、天界に帰る事は出来ない。この世では母親よりも長生き出来るけど、天命を全うした次に待っている世界で、母親とは会えないのだ。そして母親も勿論…小百合ちゃんとは会えない。
「えっ?何?もう終わったの?たった10分の為に、俺は使われたの?」
僕は本と訂正ノートを閉じ、引き出しにしまい込んだ。そしてベッドに飛び込み、目も閉じた。同居人が文句を言っているけど、何も聞きたくないし、何も考えたくない。
…何も考えなくなる前の頭の中には2人の僕がいて、お互いが意見をぶつけ合っていた。手紙を含め、これまでの事を信じようとする僕と、それを否定する僕だ。
…そして歳月は、更に6年が過ぎた。僕は今、会社に認められて海外支店で勤務している。…この6年間、小百合ちゃんには会えずにいた。仕事が忙しい事を理由に、彼女から距離を置いていた。いつの間にか帰る事が難しい国まで来てしまい、以来、実家にも戻ってない。
同居人だった彼は数年前、何やら怪しい実験を試み、会社にばれて首になった。別の研究所に就職したと聞いたけど、それからの彼を知らない。
橋本は帰国した後、ヨガのインストラクターとして、地元から少し離れた場所で仕事をしているそうだ。彼女曰く、ヨガは超能力を目覚めさせる助けになるとの事…。彼女は未だ、信じた道を歩いている。まぁ、それで生計を立てられるのなら何も言えない。
そして小百合ちゃんは…
「おい!見てみな?この記事!」
今日も、慣れない土地で仕事に励んでいた。最近は支店の経営も任され、次に待つのは支店長の座だ。人間…将来がどう転ぶかなんて誰にも分からない。こんな僕でもやって来られたのだ。
現地人の同僚が、朝早くから新聞を読ませる。ありがたい事に、この支店では日本の新聞が配られる。唯一、懐かしい故郷を近くに感じられる手段だ。
彼が読めと言う記事は、海の向こうで起こった大惨事に関する内容だった。とある製薬会社の研究所で、謎の大爆発が起こったらしい。
(………。)
その記事には目を通さず、違う面に書かれた記事に目を奪われた。
『トレーディングカード、人気絶頂!遂に数十万円での取引か!?』
『社会人ラグビー界に衝撃!遅咲きの大輪に、関係者大注目!』
『新種のトカゲ現る!』
…どれも目を引く題目だったけど、その中で一番の関心を奪った記事があった。昔懐かしのウーパールーパーのような、半透明のトカゲの写真と…サブタイトルに小さい字で、こう書かれた記事だった。
『深川教授チームに所属の新人、大活躍!』
(!?)
僕は目を大きく開き、記事を読み始めた。
『新種のトカゲ現る!
東南アジアのとある島の洞窟に生息する、新種のトカゲが発見された。体が半透明で、食べた物が透き通って見える珍しいトカゲだ。しかし興味を引くのはそこでなく、新種のトカゲは島一帯の洞窟にしか生息しない、ある奇妙な虫を主食とする。その虫は発光性の体質を持っており、蛍のように光る。自らが放つ光で餌をおびき寄せ、補食するのだ。
だが彼らは食べるだけでなく、天敵とも言える新種のトカゲに食べられてしまう。餌を誘き寄せる為の体質が、仇となってしまうのだ。
虫は丸呑みされてしまう為、トカゲの腹の中で少しの間生きる事になる。だから食後のトカゲの姿は、あたかも光っているように見えるのだ。
この、体が光り輝く新種のトカゲを発見したのは、大学を卒業したばかりの新人研究員であり、名前を『深川小百合』と言う。そう、彼女はかの有名な深川教授の養女であり、養父である深川教授の大学に進学、卒業した後、そのまま研究チームに加わり、何と初めての探索でこのトカゲを発見した。正にビギナーズラックである。彼女は、凄過ぎる幸運に動じる事もなく、『まだ、探し出せていない生物はいっぱいいる。私はいつか、もっと凄いものを探し出して見せる』と発言。そのスケールの大きさを見せつけた。
新種を発見した彼女には命名権が与えられ、新種のトカゲを、『フェアリー・ドラゴン』と名付けた。トカゲは時としてドラゴンと呼ばれる事もあり、コモド島に生息するオオトカゲの名も、コモド・ドラゴンと言う。フェアリーは妖精と言う意味であり、トカゲの体が光る様が妖精の姿に似ている事からそう名付けたらしい。
彼女はもっと多くの新種を発見する事に意欲を燃やしており、名教授である養父の下、更なる活躍が期待される。
尚、トカゲが光るのは食後数時間の間だけであり、主食の虫以外の物を食べても体は光らない。なのでトカゲを観賞用にするにしても虫を食べさせない限り、彼らは光る事がない。トカゲが光る姿を見たい人は、洞窟に入らなければならないのだ。
但し洞窟の中は目も利かない暗闇なので、光る何かを見つけたとしても、それが虫なのか、虫を食べた彼らなのか、はたまた違った何かを見たのかの判断は難しいと言う。なかなかお目に掛かれない、珍獣とも言える新種のトカゲ…。名前の通り、本当の姿を見る為には、相当の苦労と判断力が必要なようである。』
「…………。」
記事を読み終え、ただただ呆然とした。でも、真っ白になった頭の中で唯一、はっきりと思い浮かんだものがある。それは…小百合ちゃんの無邪気な笑顔だ。彼女は、新種のトカゲを前にして笑っていた事だろう。いつも僕に見せてくれていた、疑うものが何もない素敵な笑顔でトカゲを見ていたのだ。
「しっかし…そんなトカゲ、本当にいるのかねぇ…?」
後ろで記事の内容を聞いていた同僚が首をかしげる。彼は日本語が読めないので、代わりに記事を読み上げていた。
「………。いるよ!」
椅子を回転させて振り向き、そんな彼の顔を見上げた。
「世の中、探せば何だっているんだよ。トカゲだって…ドラゴンだって…妖精だって…。」
「はぁ?ドラゴンや妖精?いる訳ないだろ?そんなもの。」
「………。」
現実主義者の彼を前に、僕は自慢げに微笑んでいた。
「いるんだよ。妖精は…必ずいる。いつか彼女が、必ず見つけ出すさ…。」
「はははっ!なら、いるって証拠を見せてみろよ?」
「証拠なら…あるよ。僕が信じている。妖精の存在を、彼女の事を…僕は信じているんだ。それだけで、立派な証拠になるんだよ。」
僕は机に向き直し、その上に置かれた箱を見つめた。箱には手書きの文字で、『祈願』と書かれている。
(いよいよ…この箱を開ける時が来た。)
「ずっと気になってたんだけど、その箱…何?よく分からない日本語か中国語が書かれてるけど…。」
「………。」
現地人の彼にとって、漢字は記号や模様以外の何物でもない。
「祈願って読むんだ。意味は…祈り、そして願う事…。何かが上手く行くようにと、『信じる』時に唱える言葉さ…。」
そう言って僕は、箱の中身を取り出した。
「えっ?何それ?ゴミ?何でそんな物に、祈ったり願ったりするの?」
彼は、取り出された物を見て不思議がった。でも僕にはもう、彼の声が聞こえない。
手に持ったその物と、トカゲの写真を見比べる…。
(こいつの…じゃないな…。)
そう結論付けた僕は取り出した物を箱にしまい、机に置き直して、2回手を叩いてお祈りをした。箱に入っていた物は…『妖精の杖』だ。いつかの冒険の際、水筒の中に保管したまま元に戻す事を忘れていた。
久し振りに見た歪な形の杖は、どう角度を変えて見ても新種のトカゲが持ったり乗ったりする物には見えない。
(彼女はまだ…探し求めているものに出会えていない…。)
杖とトカゲを見比べて、どうしてもそのパズルが解けなかった僕は確信した。彼女の冒険は…まだまだ続くのだと。
少女ドンキホーテ、完
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