終幕 幼馴染みは切っても切れない
三十八、冬至
その日を境に、街にはさまざまな変化が起こった。それはすぐにわかったものもあれば、後になってようやくわかるものもあった。例えば、ダンジョンへの転送陣は真っ先に動かなくなった。冒険者は職を失い、人々は首をかしげたが、まだ事の重大さに気付いた者はいなかった。
追って街中の魔法陣が使えなくなっていった。正確には使えない人が増えた。俺はかなり最初の方に使えなくなったが、リルなどはその後もしばらくは発動させられていた。
そして数年の時がたってから、人々は魔法の適性を持つ子どもが生まれていないことに気が付いた。そうなってくると魔法に依存した社会は、いやがおうでも変わらざるを得なかった。
あの部屋から脱出したあと、気を失って倒れていた俺たちはたまたま通りかかったポーラさんに拾われたらしい。意識が戻ったときには、俺は自分の家に届けられていた。
親父は、またダンジョンで無茶をしたんだろうと合点したのか詳しいことは聞いてこなかった。ダンジョンへの転送陣が動かなくなったことと、俺たちを結びつけて考える人はひとりもいなかった。
あの出来事の三日後、冬至の夜。まだほとんどの魔法は働いていたので、冬至の祭りは例年通り盛大に行われた。すっかり元気になったリルを連れて、俺は祭りに繰り出すことになった。
「ソラ~! 早く早く!」
「ちょっと待てよ、そんなに急いだっていいことないぞ?」
「だってお祭りじゃん。一年に一回しかないんだし楽しまないと」
「まあそうだけどさ」
さすがにこの夜だけはエルトも昼間のように明るくなる。〈門〉の前の広場には大きな焚き火が燃え上がり、その近くではちっとも寒くない。薬屋が炎に粉を投げ込むと、ぱっと炎の色が変わった。その美しさは目をみはるもので、薬学は普段魔法より低くみられているが少々認識を改めることとなった。魔法が力を失った今、いずれ薬学か何かが世を席巻するのかもしれない。
「ソラ、何ぼんやりしてるの?」
串焼きをくわえたリルが、もう一本を俺に差し出して言った。
「なんでもないけどさ、リルは本当にあれで良かったのか?」
近くに置かれた木箱に腰かけて、ふたりで串焼きを食べる。
「ん、何が?」
「魔法だよ、使えなくなるんだろ?」
「うん、だんだん扱えなくなっていくのがわかるよ。この調子ならまだ先の話だけどね」
「後悔してないのか?」
「そりゃさ、勝手にやっちゃって悪いとは思ってるけど、でも後悔はしてない。あのさ、僕、急に魔法が使えるようになって得意になってたんだよ。ほら、僕ってあんまり誇れるところがないからさ、取り柄ができて嬉しかったんだ」
脚をぶらぶらと揺らしながらリルは言う。それであんなに一生懸命に練習していたのだろうか。
「だから魔法が使えなくなっちゃうのは嫌だったけど、それでも僕たちは殺意に依存した魔法じゃなくて別のものに換えるべきなんだよ。なんか上手く言えないし、結局は上っ面を繕ってるだけとも言えるけど」
魔法のみならず狩猟や農耕など、どんな方法であれ何らかの犠牲を必要とする。それはちょうど、何かを得るには何かを失わなくてはならないかのように。その中で魔法だけを拒絶するのは、確かに自分勝手なのかもしれない。
「そうかもな。だけど俺もリルは正しかったって思うぞ。いくら魔物でも人間の都合で子々孫々まで負の感情を生産し続けるなんて残酷だろ?」
これもこちらの勝手な感情なのだろうか。わからないが、それでもいいと思った。独善だろうが何だろうが、正しいと思うことをしたのだ。
「そうだね。だけどイリアには悪かったかな」
「ああ、確かに。せっかく冒険者になるためにエルトまで来たのに、ダンジョンに入れなくなっちまったからなあ」
俺たちの行為は、結果として意図せずかなり多くの人まで巻き込むことになってしまった。冒険者や魔法研究者など、考え始めると恐ろしくなってそこら中の人に謝らないといけない気がしてくる。俺はもう少しリルを見習ってずぶとくなった方がいいのかもしれん。さもないと早々心臓が止まりそうだ。
「ソラ、眉間にしわ寄ってる!」
「あ、ああ」
考え込んでいて思わず怖い顔になっていたようだ。
「ほらソラ、お祭りだよ? 難しいことばっかり考えないで遊ぼう! お腹はすいてる? それとも踊りでも見る? 夜はまだまだ長いんだからさ!」
そりゃあ冬至なんだから一年で一番長いに決まってるだろうに。広場に目をやると、まさにあちらでは踊りが始まっていた。やってきた冬にあまり厳しくしないでくれと祈り、もう待ちわびたぞと春に言う。古くから続く風習だ。
夕食代わりにまた少し買って、リルとふたりで食べた。塩気の効いた腸詰めや蜂蜜付きのパン、ゆで卵など少量ずつでも腹に収めると結構満足した。
「そういえばイリアもだけど、リルも冒険者にはなれなくなったな」
リルが冒険者になりたいと言い出したのが半年近く前になる。それからいろんなことがあったが、リルは今どう考えているのだろう。強制的に夢を絶たれて気の毒なような、安心したような。
「来年はどうするんだよ? まさかまだ決まってないってこともないだろう?」
「うん、そのことなら、ちゃんと決まってるよ」
リルがなぜかちょっと偉がって答える。えへんと咳払いをしてから、リルはゆっくりと口を開いた。
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