二十七、学者

「おーい、そこのふたりー!」

 その翌日、昨日と同じように軽く冒険をこなしてダンジョンから出た俺たちに、声をかける人がいた。

「はあ、はあ、やっと会えた……」

 息を切らしながら駆け寄ってきた青年は、外見からすると二十代後半くらいだろうか。優しそうな表情とひょろっとした体格で、武装していないところを見るとおそらく冒険者ではなさそうだ。

「えっと、どちらさまです?」

 この前の一件で多少は知名度が上がったとはいえ、俺たちにわざわざ会いに来るなんて珍しい。冒険者ギルドへの正式加盟すらしていないこんな子どもに、いったい何の用事があるというのだろう。

「あ、はい、申し遅れました。私、カトラ・トナンという者です。主に魔法の研究をやっています」

 癖なのだろうか、妙に話し方が固い。年下相手にそんなにかしこまらなくていいだろうに。

「ん? ちょっと待って今カトラって?」

「はい、カトラ・トナンです」

「あのカトラ家?」

「はい」

 カトラの魔法研究者ってことは……。頭がようやく事態を理解する。

「ななな何でそんなすごい人が自分から俺たちに会いに来てるんですか!?」

「いやいや私なんて最近やっと親方になったばかりですし、研究者ギルドの中じゃ下の方ですって」

 トナンと名乗った青年は頭をかきながら照れた。いやそういうことじゃなくて家門の問題だから! 内心ものすごく叫びたかったが、理性がなんとか押し留めた。

「言いたいことはわかります。もし親に頼めば君たちを呼び出すことだって簡単だったでしょう。でも私の研究は家ではあまり期待されていなくて、だから親も協力したがらないんです」

 代々優れた魔法使いを輩出してきたカトラ家だからこその悩みなのだろう。少しさびしそうな顔をして、トナンさんは続ける。

「私の専門は魔法原理なんですけど、親は私にもっと実用性のある研究をしてほしいみたいなんです。例えば新しい魔法の開発とか、魔法陣への定着とかですね」

 確かに役に立つ研究の方が期待もされるし金にもなるだろう。だが、研究というのはそういうものなんだろうか。

「……トナンさん」

「は、はい!?」

 急に真面目な声で話しかけたからか、トナンさんは弾かれたように返事をした。見た目から想像したとおり気の弱い性格のようだ。俺はとくに気にもせず話を続ける。

「これは親父の受け売りなんだけど、『人には仕事を選ぶ権利がある。だから、誰に何を言われたって、自分がやりたい仕事をやっていていい』んだよ。利益とか体裁とかそんなものに関係なく、自分の好きなことをやってるのはかっこいいって思うよ」

 親父は客を選ぶ。もちろん断ることはめったにないが、人を見極めて、その依頼を受けるかを決める。逆に依頼を受けると決めればどんな難しい仕事だって、対価を満足に支払えなくたって引き受ける。親父の仕事の選び方は、人だ。そしてトナンさんは自分の好奇心で選んでいる。

 親父は鍛冶職人で、トナンさんは研究者だ。違いはあるだろうし、もしかしたらこれもトナンさんにとってはぴんとこない話かもしれない。

 トナンさんはきょとんとしたまま、目を二、三回ぱちくりさせた。それから聞いた言葉をしっかりと噛みしめて、確固とした口調で答えた。

「はい、ありがとうございます。とてもいいお父さんですね」

 しかし会ったばかりなのに、当初の話題からトナンさんの仕事、挙げ句に俺の親父までなぜか変に話がそれていく。このままだと永久に話が進まなさそうだ。俺はそう思って半ば強引に話を戻す。

「んで、そんなトナンさんは俺たちになんの用なんです?」

「そうでした! 実は後天的に魔法の適性が発現したって話を聞いてからずっと会ってみたくてですね、いろいろとお尋ねしたいこともあるんです。ここ数日ずっと探していたのですが、なかなか会えなくて」

 そりゃあそもそもここ数日はエルトにいなかったから会えるはずがない。なんとも無駄なことをさせてしまったようだ。しかし俺がそのことを伝えても、トナンさんは気を悪くするようなこともなくただ軽く苦笑して、運がなかったとでもいうように肩をすくめた。

 そしてすぐに人の良さそうな笑顔を浮かべて、トナンさんは俺たちにひとつの依頼をした。

「ではおふたりとも、私の研究所まで来ていただけますか?」

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