十六、依頼

〈主〉との戦闘でかなり疲れた俺は、しばらくダンジョンに行くのを拒否していた。というかあんな危険なことがあったあとにまた行きたくなる方がどうかしてるって思う。それにリルが調子に乗って暴走する予感がしたのだ。

 今日も提案されたが、俺はいろいろと理由をつけて断った。それじゃあ、とリルは冒険ではなく遊びに出かけることを提案した。それならまあいいかと思って賛同した。せっかくの休み期間、家にいるのもつまらない。

 この時期の休みは二十日ほど続く。人によっては街を離れることもあるが、俺の親父は年中無休で鍛冶屋やってるのでそういうことはない。リルのところも両親ともに旅嫌いなのでいつも街にいる。ちなみに旅が好きって人はあまりいない。誰が好き好んでわざわざ危険な旅をしようって思うのかね。あと金も結構かかるし。とはいえ他の街にまったく興味がないわけではないけど。

 俺とリルはあてもなく街をぶらついた。買い食いもしたが、それよりも歩くことが主体だった。

 歩きながらいろんな話をした。冒険者になってお互い親からどう思われているのか、とか盛り上がった。俺の親父は案外冷静だが、リルの両親は一見諦めているように見えてかなり心配しているらしい。まあリルの性格からすると心配しない方が無理だろうな。

 俺がリルの親だったら絶対にダンジョンに何か行かせないにちがいない。冒険者とは真反対の性格だ。

 そんなことを考えていると、聞いたことのある声が耳に入ってきた。

「おーい、君たちー!」

 少し先の方で手を振っていたのはこの前会った商人だった。

「やあ、また会ったね」

 商人はすたすたと近寄って、俺たちにそう言った。

「こんにちは。仕入れですか?」

「ああ、まあね。でももういろいろと揃ってはいるんだ。そろそろ次の街へ移る頃だからね」

 ふうん、商人ってどれくらい長く滞在するものなのだろう。あまり長くはいないんだろうな。

「そうだ、ひとつ頼みたいことがあるんだが。冒険者として」

「冒険者として?」

 その戦闘力や危機管理能力を頼みに冒険者に依頼をすることは珍しくない。駆除や護衛など、半ば便利屋のように扱われている風潮さえある。だが、そういう面倒な依頼を断る冒険者も多いわけで、通常そのような場合は――。

「ギルドに行けばもっと腕のいい冒険者が見つかるんじゃない?」

 リルの言う通り、冒険者ギルドに行けば依頼を受け付けてる冒険者はいっぱいいる。どんな依頼でも大丈夫だろう。

「いやあギルドを通すと手数料もバカにならないし、ギルドに登録してる冒険者だと値段つり上げてくる輩が多くてなあ」

 男は頭をかきながらそう説明した。確かに俺たちは職業としての冒険者ではないし、場数も踏んでいないから報酬は必然的に安く上がるだろう。

「依頼の内容は馬車の護衛……って言っても隣のラトラまでだし何も危険はないんだ。ただ最近は物騒だから盗賊が出ないとも限らない。もしものときに派手な魔法であしらってほしいんだ」

 魔法使いがいるとわかれば盗賊は不用意に襲うことはできない。下手に近寄って魔法を使われたんじゃたまったもんじゃない。魔法は予測が困難で、絶対に敵に回したくない代物のひとつだ。

「ラトラまで往復、向こうに二日ぐらい滞在予定だ。報酬は銀貨二十五枚と道中の食事。それでどうかね?」

 質問されているのはリルだ、と俺は考えた。話を聞く限り必要なのはリルだけだと思う。だから俺は黙っていた。ラトラまでは一日もあれば行ける。四日間の給料としては悪くないだろう。

「えーっと、親に聞いてみないといけないけど、それはふたりでってこと?」

「あ、いや、君だけのつもりだったが。そうだな、報酬は増やせないが、ふたりでも問題はないな」

「じゃあソラも行こうよ! というかソラと一緒じゃなきゃやだ」

 ふたりで分けたら報酬は半分に減るのだが、それでいいんだろうか。

「まあ俺も親に聞いてみるよ。んで、出発はいつですか?」

「明日の午前中には出たい。なるべく早めに東の門辺りに来てくれ」

「もし駄目だったら……」

「そのときはまた別の人を探すさ。いざとなればギルドに行けばいいしな」

「了解です」

「そうだ名前、まだ聞いてなかったな。私はポーラという」

「あ、俺がソラで」

「僕はリル!」

「ソラとリルか。覚えたよ。じゃあ明日、待ってるからな」

 そう言うとポーラと名乗った男はまたせわしない足取りで歩いて行った。

「ラトラかぁ。行ったことないな~」

 俺たちも歩き出しながら、リルが言った。

「俺もない。確か大きな街なんだよな。交易都市として発展してるんだっけ」

 この街エルトは少し変わった成り立ちをしている。かつて、隣り合った二国が領土を巡っていさかいを起こした。そのちょうど真ん中、どちらにも帰属意識のなかった地域に住んでいたとある魔法使いが、堅固な城郭都市を作り中立を宣言したのがこの街の由来という。だから街からしばらく行くとどの方角にも国境があり、そこから先は異国だ。といっても今は敵対しているわけでもなく、往来も普通にできる。

 ラトラは二国のうちの東側、イートリアの都市である。「商人の街」とも言われるほど商業が盛んで、手に入らないものはないくらいだと聞く。

 街の外の森や平原に行ったことはあるが、他の街を訪れたことは一度もない。ラトラ、かぁ……。

「なんかわくわくするね!」

 ちょうど思っていたことをリルに言われてちょっと驚いた。それから俺は少し笑いながら応えた。

「ああ、そうだな」

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