十四、撤収

 いつまでもぐだぐだしているわけにはいかない。俺は可及的速やかに地上に戻りたいのだ。第三階層ですら俺とリルにとっては危険に満ちた空間である。さっさと解体してさっさと引き上げてしまいたい。

 この死骸から取るべきものは牙と肉か。皮はあらかた燃えてしまったので売れないだろう。先に大きな牙を切り取り、四つ並べる。これは金になりそうだ、と考えてさっきイリアに「利益は総取りでもいい」と言ったことを思い出す。惜しいけど約束は約束だな。次いで腹を開きにかかる。

「あ……、〈魔塊〉」

 ごろんと転がり出てきたのはこぶし大のかたまりである。〈主〉の体内には大小の差はあれ必ずこれが存在すると聞く。これも売れるのだろうか。

 肉をいくらか切り出して革袋に入れる。それも牙の横に並べ、そして残りを埋めるための穴を掘り始める。

「代わるよ」

「イリア、いいのか?」

「あんたに任せっきりだと落ち着けない」

 どういうことかいまいちわからないが穴掘りを代わってもらった。一方のリルは手伝うそぶりも見せない。だがそれはやりたくないからというわけではなく単にそこまで気が回らないのだ。俺がやっているのだから、自分が手を出すことは考えの外なのだろう。昔からそうだったからなあ。習慣って恐ろしい。

 残った臓物や焦げた皮やらを穴に置いて、祈ってからそっと土をかけた。

「さてと、戻るか」

 血の臭いは依然として残っている。それを嗅ぎ付けた魔物が寄って来ないとも限らない。俺たちは来た道を戻り始めた。

 道中、全身に血を浴びている俺がいくばくか魔物を引き寄せてしまったようで数頭と接触したが、そのたびにイリアの矢が空を切ってうなった。

 たいしたこともなく第一階層まで上がれて、転送陣に乗る。

「フラトル・イリア」

「アーキア・リル」

「レイス・ソラ」

 三人が名前を言い終わるとぐわっと振り回され、気付けば〈門〉の前に戻っていた。そういや転送魔法陣ってどういう仕組みなんだろうな。あまりにも複雑で新しく作れる人がいないと聞いたことがあるが。

「ふあー、帰って来れた!」

 リルが大きく伸びをする。青く晴れ渡った空には確かにそうするだけの価値があるようだった。

 それから俺たちはそろって買い取り屋に向かった。

「ほら」

 店の前で俺は持っていた牙などをイリアに突き出した。

「約束通り、全部そっちのでいいよ」

 イリアが一瞬ためらってから受け取る。そして全部まとめて台の上に乗せた。

「おおっとこれは〈主〉じゃないのか? 牙も〈魔塊〉もかなりの大きさだ。間違いないな」

 買い取り屋のおっさんが驚く。しかし慣れたもので、その手は次々と天秤にかけなめらかに貨幣を積み上げていった。その額に今度は俺たちが驚く。

「占めて金一枚、銀三十二枚、銅二十七枚」

 金貨。大の大人が十日間働いてようやく手に入る額だ。

「崩してくれないか?」

 イリアが金貨を押し出しながら言う。おっさんは素早く銀貨を数えて寄越した。

「リルとソラ、なんだ、その……、山分けだ」

 イリアがぼそぼそと俺たちに言った。台を見ると銅貨まできっちり三等分されている。

「山分けでいいのか?」

 あれだけ自分の取り分が減るから組みたくないと言っていたし、すべて自分のものにしていいという約束なのに。

「いいんだよ。というか受け取ってくれ。おれひとりじゃ絶対あんな魔物は倒せなかった」

 なんか意外といいやつなのだろうか。無愛想だけど律儀だ。

 各々財布に硬貨を入れ店を離れた。財布がずっしりと重い。

「今日はリルが大活躍だったな。特にあの、液化して身動き取れなくしたのが良かった」

「あの魔法、昨日の夜家の本棚から見つけた古い本に書いてあったんだ。『明日から使える魔法百選』って魔導書」

「なんだその題名。でもちゃんと翌日役に立ってるところがすごいな」

 思わず吹き出してしまった。イリアも釣られて笑う。

 そのとき、リルの腹がぎゅるぎゅると音を立てて鳴った。そういえばまだ昼食にありつけていない。

 人間誰しも収入があると財布のひもが緩むものだ。俺たちはまたあの食堂に入ることにした。

「おばさん、パンとスープ三人前!」

 俺は扉を開けて威勢よく叫んだのだが、どうも空気がおかしい。店内みな黙りこくってこちらを見ているのだ。

「へ? 営業中だよな?」

 そんな疑問まで浮かぶが客がいるんだから営業中には違いないのだ。じゃあ一体何が……?

「あんた全身血まみれだけど大丈夫かい――じゃなかった、あんたら〈主〉を倒したって本当かい!?」

「うん、今さっき倒してきたところ」

 リルが答える。なんで今帰ってきたところなのにもう知れ渡ってるんだよ。

「そうかい、冒険始めて二回目で〈主〉とはね……。命知らずにも程があるだろうに」

「な? 嘘じゃなかっただろ? 本当に少年三人組が〈主〉を倒してたんだって」

 場違いなほどの明るさでそう言った男を見て俺はびっくりした。

「〈剣豪〉フィナ……?」

「おうよ。また会ったな、少年」

「おおおお会いできて光栄です――」

「あんまりかしこまんな、そういうのは苦手なんだ。それにさっきも会っただろ?」

 そう言うと〈剣豪〉は俺の手を取って握手をした。ああ、冒険者やっててよかった……。あまりに嬉しくて天に昇るかと思った。

 しばらくして店内はいつもの喧騒を取り戻した。要するにフィナさんが、俺たちが〈主〉を倒したという突拍子もない話をしたところに当の俺たちがやってきたものだからみんなしんとしてしまった、というところらしい。

「いやあその年で〈主〉と剣を交えるなんてすごいなあ。滅多にできるもんじゃないぞ」

 フィナさん饒舌で親しみやすいのはいいんだけど昼間っから酒をがぶがぶ飲むのやめません?

「何言ってんのあんただって十八のときにひとりで〈主〉とやりあったじゃないの」

 主人の突っ込みが入る。フィナさんそっちの方がよっぽどすごいです……。

 息つく間もないほどせわしない食事となったが、冒険者らしいといえばいかにも冒険者らしい。

「ねぇねぇイリア、これからも一緒に行動しない? 自分で言うのもなんだけど僕たち相性いいと思うんだ」

 あらかた食事が終わった頃、リルが提案した。

「これも何かの縁だしな、どうだ? イリア」

 俺もいい案だと思った。互いを知った今なら、組むことに双方とも十分な利点がある。

「あー、いや、あんたらと組みたくないとかそういうんじゃないんだけど、一度実家に帰ろうかと思ってる。実はおれ、家出同然みたいな飛び出し方してきたんだ」

「家出?」

「自分はダンジョンでやっていけるって自信があって、まあそんなに甘くないってすぐ思い知ったけどさ、反対する家族を押し切って来たんだ。でもあんたら見てたら、このままうやむやにするのは嫌だなって思った。だから今度はちゃんと家族に話を付けてから来る。おれの未来のために、それが必要だと思うんだ」

 あまり自分から話す方ではないのに、イリアはゆっくりと話を続けた。

「今回のことで、ひとりじゃできないこともあるって実感したし組む気はあるんだけど、そういうわけでひとまずこの街を離れようと思ってる」

「そっか。それなら仕方ないな」

「でもまた会えるよね。そしたらまたイリアと一緒に冒険したいな」

「ああ、と言いたいところだがその頃にはおれが強くなりすぎていて釣り合わないかもしれないな」

 イリアにしては珍しく、冗談を飛ばした。あり得ない仮定に俺も笑う。

「なにしろおれの実家に行くとなると十五日はかかるからな」

 十五日か……って往復だと三十日!?

「山奥だから不便でさ」

「いやどんな僻地から来たんだよ!?」

 意外と知らないイリアのことが明らかになったひとときだった。

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