九、食堂

 食堂にはいろいろな人がいた。冒険者はもちろんそうじゃない人も、老若男女さまざまだ。

 とりあえず財布と相談しながら注文して、料理が来るまで暇になった。

「なあリル、お前いつ魔法の練習してるんだよ。そんな暇ないだろ?」

「時間が空いたらちょこちょこやってるよ? 寝る前とか」

「それにしても最近まで全く使えなかったのにここ数日で上達しすぎじゃないか? さっきの〈ライトニング〉だってかなり強かったし」

「うーんとね、なんかさっき気付いたんだけど、ダンジョンの中だと威力の調整が難しいっていうか、実を言うと軽く暴走してるみたい。魔法が上手いっていうのは単に威力が大きいだけじゃなくてきちんと制御できるってことだからさ」

「暴走?」

 いまいちぴんと来なくて首をかしげる。

「たとえるなら剣を振ってるんじゃなくて剣に振り回されてる状態」

「ああ、わかった」

 どんなに強い武器でも、上手く扱えなければ的確な使い方はできないし体力の消耗も激しくなってしまう。以前俺も大剣に憧れて握ってみたが、ろくに使えず残念な感じになった。

「ん? ダンジョンの外でなら制御できるのか?」

「うん、やってみせようか?」

「いや別にやらなくていい!」

 リルがいきなり詠唱を始めようとしたので俺は慌てて制止した。こんな場所で〈ライトニング〉なんて撃たれたらたまったもんじゃない。というか俺に向けて撃つつもりなのか、それ。

「じゃあなんでダンジョンの中だと上手く扱えないんだ?」

「それがよくわからないんだよねぇ。ダンジョンそのものの理由なのか、ただ僕が慣れてないせいなのか、はたまた僕の気分で変わってるのかも」

 気分、ってつまりリルがやる気を出してるかってことだよな。リルはダンジョン行くってだけでわくわくするやつだからなあ。いかにもありそうな話ではある。

 ちょうど注文した料理がやってきて、話はそこで打ち切られた。

「あんたら冒険者かい? 若いのによくやるねぇ」

 両手に皿をのせた女主人が、料理を机の上に置きながら言った。

「なんでわかったの!?」

 リルが目を丸くして驚く。

「たぶんその格好なら誰が見たって冒険者だって思うだろうね」

 言われて自分の服に目を落とすと、先ほどのハウンドの返り血がかなりべったりこべりついていた。全然意識していなかったが、あれだけの戦闘があったのだから付いていない方がおかしい。

 なんだか急に恥ずかしくなってもじもじしてしまう。女主人はそんな俺を見て豪快に笑った。

「駆け出しかい? ずいぶんと初々しいじゃないか」

「今日が初めての冒険だったんです」

 しかし初めてのダンジョンってわけじゃないが。

「へぇ、そうかい。じゃあお祝いだ。ちょっとまけとくよ。あたしが勘定のときに忘れてたら言ってね」

「あ、ありがとうございます」

「いいのいいの。ここの客なんて中年親父ばっかりで飽き飽きしてるんだから。あんたらみたいな若い人が来ると嬉しいのよ」

 確かに、辺りを見渡しても俺たちより若い人は見当たらない。冒険者が多く利用するためか子連れ客などには敬遠される節があるのだろう。

「ああ、でもあんたたちぐらいの年の冒険者、もうひとり見るわね。あの子の方がもう少し若いんじゃないかしら」

「そんな人がいるんですか!?」

 ぎりぎり年齢制限を満たしている俺たちより若いってどういうことだ。

「まあ年齢を聞いたわけじゃないから正確なことわからないね。ただ見た目はそう見えたってだけ」

 いやそれにしても同い年くらいの冒険者がいるとは思わなかった。

「その人ってよくここに来るの?」

 リルが興味を示した。なんか面倒なことになりそうだ。

「そうだねぇ、わりとよく来てるけど昼間よりは夕方が多いね」

 そこまで言って、女主人は歩き出した。向こうの客に呼ばれたのだ。

「リル、もしかして」

「ねぇソラ、会ってみたいと思わない? 絶対友達になれると思うんだ」

 予想通りだ。

「友達になれるかはさておき、一度見てみたい気もするなぁ」

 この年でひとりでダンジョンに潜ろうとするやつだから、当然リルぐらい非常識な人間に違いない。それはそれで興味が湧く。

「だけど今は料理が冷める。話は全部、あとにしよう」

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