四、説教
「い、だだだだぁ!」
冒頭からうるさくて申し訳ない。ちなみにこれは俺の叫び声。
「ふざけんな。ったく無茶しやがって……」
悪態をつきながら体中に薬を塗りたくっているのは親父だ。
あのあとその場にいた親父に家まで連れて行かれ、そのまま有無を言わせず寝かされた。リルはもちろんリルの家に運び込まれた。そこまでは良かったのだが目が覚めた途端に説教と治療を同時に繰り出され、俺は再び激痛に襲われることになった。傷口に薬がしみたのもそうだがそれより説教が耳に痛かった。
未明に帰宅した親父は家に俺がいないのを見て街中を探し回ったらしい。そして俺がダンジョン入口で名前を叫んでいたという情報を得て、出てくるのを待っていたのだと。
「いや、でも俺はリルを追い掛けて仕方なく入ったわけでありまして」
「は? 少なくともお前は入らなくて良かっただろう。そこらへんの大人を叩き起こすところから始めるべきじゃあないのか?」
「でもそれじゃリルの自尊心が……」
初めてダンジョンに入ったのに大人に連れ戻されたんじゃ笑い話にもならない。
「お前なあ、バカの自尊心なんか尊重してどうすんだよ。そんなもんよりずっと大事なもんがあるだろうが」
言ってることは至極正論なので返す言葉もなく、俺は黙るしかなかった。
夜が明けても帰って来なかったら捜索隊でも頼もうかと思った、と言われたときは大変なことをやったものだと実感した。運良く帰って来れたものの、ひとつ間違えればあのままダンジョンに骨をうずめていたに違いない。不運を打ち消すだけの幸運に恵まれたというか何というか。
でも褒められたこともあった。ハウンドの皮の処理だ。うーん、欲を言えばもうちょっと違うところを褒めてほしかったけど。
でもあの親父が「勇気」なんてものを褒めるわけがないし、今回のことで褒められるのは案外そんなところだけなのかもしれない。
リルの両親が謝りに来たが親父は逆に俺に謝らせた。俺は適切な対応ができなかったことを詫び、向こうは向こうでリルの身勝手な行動を詫びた。内心俺は悪くないと思っていたが親父にそれを知られたらどうなるか想像したくもないので口には出さなかった。
俺は全身にあざがあり傷もかなり多かったのだが、一方のリルは外傷も少なく、しっかり寝れば良くなるだろうとのことだった。何はともあれふたり揃って生きて帰って来れただけありがたいと思わなければ。
数日間自宅で安静にして、それから学校へ行くと友人たちから矢継ぎ早に質問が浴びせられた。この数日、あることないこと色々と噂になっていたらしい。
一部の男子は羨ましがっていたがあんなの頼まれたって二度とやりたくねぇ。その他大勢は基本的に「バカじゃないの」って態度だった。俺はその方が正常だと思う。
「いや~実を言うとよく覚えてないんだけどさ、楽しかったよな、ソラ!」
だからこいつは異常だ。それだけは自信を持って言える。お前の「冒険」のために俺は死にかかったんだぞ……。
結局リルは丸々一日眠り続け、そして急に目を覚ましたかと思えば空腹を訴え、その食事を食べ終わる頃にはすっかり元気になっていたという。
「楽しかったわけないだろ、すっげー緊張したし。まあでも俺は今生きてるんだなってことは実感したかな。できれば実感したくなかったんだけど」
慎重に言葉を選びながら話す。今回のことを自慢話にしたなんて親父に思われたら命が危ない。間違ってもそんな風に伝わってはまずいのだ。
友人たちの間の誤解やら誇張やらを否定して回り、しばらくあとには俺がミノタウロスと一戦交えたと思っているやつはいなくなった(ってか常識的に考えてあり得ないだろこれ)。
「なんだかんだ言って強烈な経験にはなったな……。コボルトなんて実物見たの初めてだったし」
「あー、あのコボルトね。いきなりソラがぶっ飛ばされてめちゃくちゃ頭に来たんだよなあ」
それ、自分的には結構恥ずかしい話なのであんまり大きな声で話さないでほしい。
「んで、その後魔法は」
「あんなのは全然出ないけど、ちょっとしたやつだったら使えるようになったっぽい」
「ふーん、今までは確かに使えなかったんだよな?」
「うん、全く」
「そうか、それは不思議だ……」
魔法が使えるかは完全に生まれつきで、使えない人は一生使えないというのが定説なのだが。
「実は使えたけどコツを掴んでなくて、とかそういう話なのかな」
「それもあり得るけど、なんか違う気もする……って言っても根拠も何もないし、実際は多分そんなところなんだろうな」
同じ場所にいても俺は以前と全く変わらず魔法は使えないわけだし、あの場でリルに何か変化が起きたとは考えにくい。
「ところで話は変わるけど、寝込んでても定期試験は近づいてきているんだぜ? 具体的に言うと五日後だ」
「うげっ、まじか」
比較的着実に勉強する(というか嫌なことは先にやる)俺はともかく、行き当たりばったり派のリルはまず提出物がやばいんじゃないだろうか。俺は珍しく慌てるリルを見てからからと笑った。
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