ダービーゲーム

がろあ

序章 人間番号

すべての人間が番号でランキングされた時代。

犯罪を犯しても順番が落ち、仕事に失敗しても順番が落ち、不細工でも順位が落ち、犬の糞を踏んでも順番が落ち、嘘をついても順番が落ちる。

もはや自由権など剥奪された日本人は、日々恐怖を抱えながら生活している。

その日本人の一人、俺――杉原学すぎはらまなぶは、日々ピリピリしながらも残り半年の大学生活を送っていた。

俺の順位は2億5千万の総人口半分くらいをキープしている。昨日、道の石でつまづき8千ほど下がったが特に問題はない。処刑のボーダーラインである1億8千万に近づいたが、すぐに上がるだろう。いつものことだ。


……しかしこの余裕が、悲劇を招くことになる。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


7月23日。

この日、俺は大学の期末試験の真っ最中だったのだが、この日だけはバイトを休ませてもらえず、テストの疲れを残しつつ仕事をしていた。

案の定ミスをして、「こりゃ10万落ちても仕方ないな」と思っていたのだが、そんなものではなかった。

注文を取り違えた挙句、急いだためにお客の服にドリンクをぶちまけてしまったのである。

「申し訳ございません!!!!」

「まったくどうしてくれるのよ!!こんな汚れた服で外出たら順番下がるじゃない!!!!」

「わたくしが責任持って順番を身代わりさせていただきますので!」

このように、意図せず順番が下がる状況におちいった場合、当事者に推定下降分を請求できるようになっている。

「そうしてちょうだい」

「本当に申し訳ございませんでした!!」

「あんたやばいんじゃない?さっきまで何番だったのよ」

「1-3-9でした」

1-3-9とは、1億3千万番台の9千番台という意味。ちょっとしたことでも千単位で下がるため、広く浸透している言い方である。

「あれ?あんたそんなに低いのね」

「……と、言いますと?」

「ごめんなさいねぇ、あたし0-2-1なのよ」

「え…………?」

遠くで聞き覚えのあるサイレンが聞こえる。

「あー……あんた終わったわね」

それもそうだ。上位のランキングの人間にドリンクをこぼし、その人間の下がる分まで肩代わりしたのだ。5千万は軽く下がるだろう。

つまるところ俺は、日本処刑監督所――『日処』に連れてかれるわけだ。

「……ハ、ハハハ」

レストランの空気が重くなり、俺は地べたに座り込む。

突如、レストランの扉が開かれると同時に、

「日本処刑監督所神奈川第一支部だ!」

来た。悪魔の国営機関。

日本処刑監督所は、人間の番号を管理し、1億8千万未満の人間を連行して処刑する恐ろしい機関である。

21452万6579番杉原学だな、日処まで連行する」

「はは……2億まで下がりやがったよ」

「ほら、早く来い」

「いやだ!!!!!行きたくない!!!!!!!!!!」

もがくと下がるぞ」

「死にたくない!!!嫌だ!!!!!母さああああああああああああああああああああああああああん!!!!!!!!!!!」

俺は赤いランプのついた車に乗せられ、連行された。

「私が……私がシフト入れてあげなければ良かったんだ」

店長が、ぼそっと口にした言葉を最後に、レストランは営業を取りやめた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「…………俺は殺されるんですか」

一通り泣きじゃくった後、隣の役員にった。

2億4千番台まで下がると、問答無用で殺されるのだ。踠きに踠いた俺は、もう下がるところまで下がってしまっただろう。

「諦めるな。君はミスこそしたが、職務上立派な責務を果たしたわけだ。そこは考慮され、最終決定では1-9-2ぐらいだろう。逆に、押し付けたあの女性が大きく下がるだろうな」

「……そうですか、それじゃあ賭けできるんですね」

1億番台の連行者は、復活するための賭けができる仕様らしい。だが実は内容は公表されておらず、又聞きで聞いた俺も詳しくは知らない。

「2億台はないだろうな。君くらいの年齢なら、また出てくることはできるだろう。、だが」

「どういうことですか?」

「正直言って、こういう運の悪いタイプはごまんといるんだ。

中には『大々的な起業に失敗して大借金を抱えたやり手の人間』とか『順位00一万未満クラスの人間の車とサンキュー事故起こした東大生』とかな。

どれも昨日連行した人間だよ」

つまり、頭の冴えた人間と勝負する羽目になるということか。どうもこの手の役員って説明がややこしくてしょうがない。

「……さぁ、着いたぞ。」

いかにも禍々しい建物が目に入った。『日本処刑監督所』の字がやけに黒々と輝いていて、嫌でもおぞましい感覚が沸いてくるような感じだ。

おずおずと建物に入り、会議室に通された後は役員から今後の流れを説明された。

「まず、君の約五年前の行動を精査して、連行事由となった事件もまた精査する。

その間、別の役員から、3日間にかけて脱処刑賭博の規則を説明する。

精査結果が出次第、特別賭博場へ行ってもらう形だ。」

「……分かりました」

「それでは2階の8号教室に向かってくれ。役員から説明がある」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


7月26日。

「連行番号723-65番、杉浦学」

「はい」

「最終番号を1億8976万1426番、脱処刑後設置番号をマイナス6千万とする。

指定特別賭博場は特賭番号14012番・神奈川第12支部とする。

以上」


……こうして、俺の命を懸けたゲームが始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ダービーゲーム がろあ @garoa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ