第4話 契約 レネクスside



「――私の命をあげる。だから……魔王レネクス、……私と契約をして」



レネクスが現れて早々に、その女は言った。

その口調は静かだけれど、有無を言わせない雰囲気を持っている。


レネクスはというと何も答えることができず、ただ女を凝視していた。

風でさらさらと靡く、腰まである銀色ストレートの髪。

静かでどこか暗い光を湛える瞳は、紫色の中でも薄く、桃色に近い。

その危なげな儚い美しさに、思わず見入った。


髪や目の色は違えど、その顔には見覚えがある。


「――フェリス……?」


思わずその名を口にした。


――死んだはずの彼女がいるはずない。


そう思いつつも、僅かな希望を願わずにはいられなかった。



そんな彼の脳裏にあの光景が生々しく浮かぶ――――。



まだ温かい、彼女の、死んだ体。

そんな彼女を抱く、血に染まった自分の手――。



「――フェリス? 誰のことを言っているの……?」


その言葉に、意識が現実に引き戻される。


「あぁ、悪い。ちょっと昔の知り合いに似てたから思い出していた」


「………?」


その女の反応から、“彼女”でないことはすぐにわかった。

僅かな希望はあっけなく消し去られたのだ。


「それで? お前が俺を呼んだやつか」


「そう。――私の名前はフェリシア・アークハート。あなたの主人となる者」


「へぇ……?」


レネクスは改めてフェリシアと名のった女を見る。


「……お前、いくつだ」


「18」


「…………」


思わず耳を疑った。


魔王であるレネクスを僅か18歳の女が召還したということが信じられない。

その時点で有り得ないというのに、そんな彼女が、レネクスの主人になると言う。


「……お前、本気で言ってんのか」


「嘘でここまでしない」


「そう、だよな……」


魔王を召喚する術はないに等しい。

唯一ある方法の代償が、あまりにも大きすぎるからだ。


魔王を召喚する方法。

その最低条件は、自分の両親を己の手で殺すこと。

それだけでも召喚は可能だが、それでは自分自身の犠牲が大きくなる。

魔王だけではなく、悪魔――つまり魔族を召喚するためには自身の血を必要とするのだが、魔王召喚の時その量が最低条件をクリアしただけでは多くなってしまうのだ。

魔王を召喚するとなるとその量は致死量にまで達する。

血の量を少なくするためには、まだある条件をクリアする必要があるということだ。


魔王召喚のためのまだある条件というのは、両親だけでなく三親等(※)までの者達を皆、自らの手で殺すこと。

その他にも殺した人数が多ければ多いほど、必要な自身の血は少なくなる。

それが親戚であれば尚更だ。

ただその時必ずやらなければならないことは、殺した者たちの血をとっておき、召喚のときに使用する、ということ。

それを忘れてしまえば、今までやったことは水の泡。

やったことの意味がなくなってしまう。


これほどまでに魔王召喚の犠牲が多いと、それに挑戦する者は多々いるものの召喚を達成する者は今まで一人としていなかった。

召喚に辿り着く前に皆、断念するか命を落とす。

殺した罪により前世で言う警察と同じ役目を持つ騎士たちに捕まる者、そして死刑となり命を失う者や、他の者の恨みを買い殺される者、そして自身の犯した罪を抱えきれず自ら死ぬ者。


誰も、やり遂げた者はいない。


そんな中の、このフェリシアという18歳の女。

レネクスが戸惑うのも当然だ。


「…………」


フェリシアの手には短剣が握られている。

反対のてのひらには短剣で切ったのだろう切り傷があり、そこから血が滴り落ちていた。

その量は魔王を召喚するには少ない。

そこには彼女が殺した人数が現れている。

レネクスはそれで、フェリシアと名のった女の瞳に宿る、暗い光の理由に納得がいった。


「――お前は何を望む」


レネクスは問う。

フェリシアが淡々と答えた。


「……復讐。私の大切な人のための、私への復讐」


レネクスは一度目を閉じ、ふっと息をつく。

その言葉の意味を知るのは、彼女のみ。

それを深く問い詰める権利はない──。






「いいだろう」


そう口にして、レネクスは目を開ける。


「――女、契約してやる」


そう言った瞬間、フェリシアの腕を掴み引き寄せた。

そして彼女の頭に手をやり上向かせる。

そうして髪が後ろにいくことで露わになった、首筋のその白い肌に、吸い寄せられるように口づけた。

そしてその肌を吸い、痕をつける――。


「っ――!!」


――――やがてその痕は黒薔薇を模した紋章へと姿を変え、彼女が彼――魔王レネクスのモノであるという証となった。




「契約の証だ。お前の言った通り、契約の代償はお前自身の命。――お前の命は俺が預かる」





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