第5話 美しく若き魔王

彼女は、人を、殺してきた。


――『や、めろ……』――


何人も、何人も。


――『許してくれぇぇっ!!!』――


他人。


――『フェリ、シア……?』――


友人。


――『あなた、どう、して……』――


親戚。


そして。




――『フェリシア』――



家族――――。






「…………」


今日は、“最後の一人”を殺した日。

やっと条件が整った。


フェリシアという名を持った女は、誰もいなくなった・・・・・・家の何もない部屋に一人。

ただ一人でその部屋に立つ。

片手には漆黒の本。

その本には金色の線で薔薇が描かれていた。

――漆黒の、薔薇。

フェリシアはもう片方に持った白いチョークで、本に描かれている魔法陣を床に描き写す。


描き終わると間違いがないか確認し、スッと立ち上がった。

そして胸ポケットから小さい巾着を出す。

中から小瓶を取り出すとその蓋をあけ、魔法陣の中心へと中身を落とした。

――それは、血。

今まで殺してきた、幾人もの、血だ。



瓶の中に入っていた全ての血が魔法陣の中に注がれると、次の瞬間、魔法陣全体が光を発する。


そして腰に差していた短剣を鞘から抜き、その刃で左の掌を切った。

血が溢れ出す。


フェリシアは短剣を鞘にしまい、血が溢れる手を魔法陣の上にかざした。


溢れた血が雫となって、吸い込まれるように魔法陣へと落ちる。


途端に、魔法陣の光が強くなった。


フェリシアは言う。



「――――我、闇に身を捧げし者。魔王レネクスよ、汝、我が呼びかけに応え姿を現せ」



瞬間、魔法陣の光が一層増す。

フェリシアはその光を見るなり、手を下ろし一歩下がった。


部屋に魔法陣の光が溢れたとき、光の中に現れる一つの影。


魔法陣の中心に立つそれに集まるように魔法陣自体が小さくなり、それと比例するように光も小さくなっていった。


やがて魔法陣が消え、光も収まる。


現れたのは、魔族。

それも、魔族の中でも最高位の悪魔……つまり――魔王だ。


肩にかかるくらいの少し長めの髪は黒く、先のほうが赤みがかっている。

目が開かれ露わになった瞳の色はまるで血を現すかの如く、それでいて宝石のように綺麗な、真紅の色。

端正な顔立ちの彼は魔族には見えないほど美しい。

見た目的にはまだ若く20代前半。とてもじゃないが魔王には見えない若さだ。

服は黒い軍服を着ていた。

コートは腕を通すことなく肩にかけるだけで、前の襟元近くを金色のチェーンで止めてある。


そんな彼の名前レネクス。


若くして魔王へと上りつめた者。

その強さは計り知れない。


フェリシアはふっと息をつき、レネクスに言った。


「――私の命をあげる。だから……魔王レネクス、……私と契約をして」


魔族と契約するには代償が必要だ。

腕、足、目……それは魔族の階級が高ければ高いほど大きなものとなる。

魔王と契約をするにはそれ相応の代償――つまり自らの命を代償にすれば契約ができると、フェリシアは思った。


だが、魔族は人間の命――その魂を欲すると云う。


最悪、命だけ奪われて終わり――――それも有り得ないことではないということ。


しかし、魔族は契約に関しては嘘をついてはならない。

代償を受け取れば、必ず契約をしなければいけない、という魔界での掟がある。


すなわち、フェリシアの魂を奪えば契約は成立。

――来世、生まれ変わったとき、その契約が有効となる。


だが魂は天界へいくわけではない。

魔王の手で生まれ変わるわけだから、その一生がどんなものであろうと文句は言えないのだ。



それでも。


それでも、フェリシアはいいと思った。



一番の目的は――“魔王と契約をする”こと。


そうして、彼女は、自身への復讐を望んだ――――。



「――フェリス?」


彼が問う。


口にしたその名はフェリシアの知るモノではなかった。


「フェリス? 誰のことを言っているの……?」


フェリシアがそう返すと、レネクスはハッとしたように言う。


「あぁ、悪い。ちょっと昔の知り合いに似てたから思い出していた」


「…………?」


(昔の知り合い? 今まで魔王と契約をした人はいないと聞いていたけど……。魔界での話……?)


そんな思考を遮るようにレネクスが言った。


「それで? お前が俺を呼んだやつか」


「そう。――私の名前はフェリシア・アークハート。あなたの主人となる者」


「へぇ……?」


レネクスがフェリシアを観察するかのように見る。


「……お前、いくつだ」


「18」


「…………」


レネクスの質問にフェリシアが答えると、彼は眉間に皺を寄せた。


「……お前、本気言ってんのか」


「嘘でここまでしない」


「そう、だよな……」


考え込むように軽く握った手を口元へと運んで、さらにじっとフェリシアを見つめる。

暫く沈黙が二人の間に流れた。

やがてレネクスが口を開く。


「――お前は何を望む」


フェリシアは淡々と答えた。


「……復讐。私の大切な人のための、私への復讐」


レネクスは一度目を閉じ、ふっと息をつく。


そして少しの間黙り込んだ。





「いいだろう」


そう口にして、レネクスは目を開ける。


「――女、契約してやる」


その言葉が聞こえた瞬間、フェリシアの腕が掴まれぐっと引き寄せられた。

バランスを崩した体がレネクスのほうに傾く。


すると彼女の体はレネクスの腕によって抱きとめられ、それと同時に上向かせられたかと思うと首筋に痛みを感じた。


「っ――!!」


レネクスが妖艶に微笑みながら告げる。




「契約の証だ。お前の言った通り、契約の代償はお前自身の命。――お前の命は俺が預かる」






フェリシアはしばらく固まって目の前にあるレネクスを顔を思わず見つめる。


「なに、したの……?」


「だから、契約の印。俺との契約を示す証みたいなもんだ」


レネクスの言葉を聞いて、やっと今自分の身に起きたことを理解する。

だが、その瞬間フェリシアの顔が赤く染まった。


「っ……!!?」


何かを言おうにも言葉が浮かんでは消えて、喉のすぐそこまできてはいるものの声にして出すことができない。


「…………」


口を開いてみるが何も言うことができず、赤くなった顔を隠すように俯く。


「何。……お前、もしかして照れてんの?」


「…………」


「可愛いとこもあんじゃん」


「…………」


覗き込むようにしてフェリシアの顔を見るレネクス。


そんな彼と今後過ごしていくことを心配になりつつ、僅かに後悔をしたフェリシアだった。







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