どきどきすること

藤村 綾

どきどきすること

はじめて、したとき、

『久しぶりにおんなを抱いたって気がした』

彼が額と背中に汗をかきながらそういった。

『あはは、なにそれ?ウケるんだけど』

股から流れる彼とあたしの混ざりあう、液体をティッシュで拭いながら、ケラケラと笑う。

セックスを終え、最後の後始末が嫌いだ。

ティッシュで拭う滑稽な格好。

彼はあたしの中で出す。あたしは、ピルを飲んでいるから。中で出されることに対して妊娠の不安などはない。けれど、彼がティッシュであたしの股に手をやるのが、本当に苦手だ。

『なんか、毎回思うよ。抱いたって感じ』

心を込めた声でさらに付け足した。

『あはは』

あたしも同じ気持ちだった。彼とのセックスはあたしの全て、心も身体も、思考も享受してくれ、無心に彼にしがみつき、唇を重ね、舌を絡ませ、あたしをかわいがる。

彼に抱かれていると、ずうっと前から知っている風な感覚になる。

けれど、セックスはしても、ご飯も食べに行ったこともなければ、うちもしらないし、名前も上の名前しかしらない。

肝心なことを後回しにし、先に身体の方が彼に溺れてしまった。

身体から始まる愛もある。むしろ、身体から愛ははじまるのだろうか?

性格がものすごく良くて、顔もタイプだったとしても、いざ、してみて、あ、なんか違う、などと思ってしまったら、どうだろう。

別れるのだろうか?セフレという単語があるけれど、そもそもセフレは肌があうから成り立つわけで、そこに求めるものは、愛ではなく、快楽なわけだけれど、それは、いつしか、愛に変わったりはしないのだろうか?

少なくとも、今の状況から察するに、あたしと彼は、セフレという位置付け。

互いの身体に溺れはじめている始まったばかりの2人。

『なあ、部屋明るくしていい?』

うす暗闇で行なわれた、情交は既に終わり、彼があたしに確認を求める。あたしが異様に明るくなることに対し恥ずかしがるからだ。

律儀に訊いてくれる。優しさ。また1つ長所を知る。

初めて、したときは、わりと照明は明るかった。次はなんだか恥ずかしくて、前よりも暗く調光をしぼった。

『てゆうか、ほとんど、見えないし!』

彼は少し憤怒しつつ、ほとんど、輪郭しか見えないあたしを抱いた。さわればわかるじゃん、そう、たしなめながら。

身体を重ねるにつれ、ドキドキし、裸体を、痴態を晒すのが恥ずかしくなる。

嫌われたくないのもあるし、ひどい顔をして、よがる姿をまじまじ見られたくはないのだ。

暗闇は刹那の時間をつくりあげ、もうひとりのあたしが嬌声をあげる。

暗いから乱れることが、できる。

熱い吐息を零し、彼の首に手を回す。彼もまた、息を荒げあたしの、首筋に唇を這わす。あたしは奈落の底に突き落とされる。

だんだん良くなる。これって、セックスの快楽を求めているのか、彼のことが好きであいたいのか。困惑してしまう。

呼吸が整ってきた彼は、あたしを後ろから抱きしめる。

彼の手のひらがあたしの胸を優しく揉みしだく。

あっ、声が洩れた。

また、始まる。

あたしは、ベッドの上にある調光に腕を伸ばし、暗闇をつくりだした。

声はあふれるように、たくさん出てくる。

ドキドキする。その手で触れられると。

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どきどきすること 藤村 綾 @aya1228

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