雲の靴
オロチ
妻の憂い/夏休みの思い出/夫の後悔
<妻の
タイトル:旦那が突然変わってしまいました。
結婚12年目。小学生の子供が一人。旦那は普通のサラリーマンです。
彼はいつも夜の8時ごろ帰宅するのですが、ごはんを食べると、後片付けはしてくれるのですが、すぐに部屋に引きこもるようなりました。
この前「何をやってるの?」って聞いたときも「ちょっと」って言ってごまかしてきたので、心配になって旦那がいないときに部屋に入ってみたのですが、部屋の中には沢山の漫画の本があって、机の上にはペンとか紙とかが沢山ありました。旦那は漫画を書いてたんです。
私に黙って急にそんなこと始めるなんて、正直言って気持ち悪いです。私はどうしたらいいでしょうか。アドバイスよろしくお願いします(>_<)
「気持ち悪いって、ものすごい偏見だな」
「旦那さんはどんな漫画を描くの?」
「それによって対処が変わるんだが」
「かわいらしい女の子の漫画でした」
「うわ、マジか」
「ごめん、やっぱキモいわ」
「旦那のスペックは?」
「スペックって何ですか?」
「どんな旦那さんなの?仕事とか?趣味とか?」
「43歳。医療機器販売。無趣味。ギャンブル、お酒、たばこ一切やりません」
「いい旦那さんじゃないかwww 許してやれwww」
「そういう真面目な男ほど、爆発しちゃうんだよなあ(遠い目)」
「旦那さん、本当の自分が見つかって良かったじゃん!」
「でも、それが萌え漫画てw」
「うpよろ」
「うpよろって何ですか?」
「まあなんだ、ひとつだけ言えることがあるとすれば、あなたと旦那さんは信頼関係を築けてないってことやね」
弓子は静かにブラウザを閉じた。
<夏休みの思い出>
それは
うだるような暑さの中、良一少年はランニングシャツ一枚で木の棒を振り回しながら田んぼのあぜ道を歩きまわっていた。カエルを追いかけたり蝶々を追いかけたりして、土手に寝転がったとき見えた入道雲がやけに馬鹿でかくて、良一はしばらくそれを眺めていたのだった。それはまるで大きなお城みたいだった。
再び歩きだした良一が、
もうどれだけ登り続けているだろうか。古びた
結局、良一は石段をすべて登りきっていた。石段の頂上付近にはこれまた立派な石鳥居があって、そこをくぐると砂利が敷き詰められている
ふと参道に目をやると、一匹のクサガメが腹を上に向けてひっくり返っているのが見えた。暑さでへばっているのか、仰向けのまま短い手足をタジタジさせていた。良一は正直言うと特に何の感情も湧かなかったが、そのままにしておくのも気が引けたのでクサガメを拾い上げ、本殿の横の雑木林へ逃がしてやった。
するとどこからともなく白髪の老人が現れて良一にこう言ったのだ。
「優しい坊や、何でも願いをかなえてやろう」
老人は仙人のような
「雲に乗りたい」
良一はすかさずそう言ったという。
今思うとずいぶんすんなりと受け入れたものだ。
「じゃあ、これ」
老人はにっこり微笑んで良一にビニール袋を渡した。ビニール袋の中にはちょっと大きいサイズの真っ白なスニーカーが一足入っていた。良一は礼を言うでもなく、子ども特有の真顔のままで固まっていたが、それでも老人は満足そうに「お母さんには内緒だよ」と言って、どこかへ消え去ったのだった……
<夫の後悔>
――もう、あれから31年も経ったのか。
まったくバカなことをした。もっとマシなお願いをすれば良かったのだ。
良一はたまにそのときのことを思い出し、わりと本気で後悔することがあった。雲に乗ることができる靴は今でも大事に持っている。しかしその靴を履く機会がないのだ。よく考えてほしい。ごく普通の人生を送っている人間に、雲に乗るようなシチュエーションが訪れるだろうか……
まあ、その気になればヘリコプターをチャーターしたり、気球に乗ったりして雲の上まで行くことはできるだろう。あとは魔法の靴を履いてそこからダイビングすればいいだけの話だ。もういい年の社会人である。少しだけ奮発すればそれくらいのことはできた。なんならスポンサーをつけてテレビ局も呼んで、大々的にチャレンジしてやろうか。しかし逆に言えばいい年の社会人だからこそ、そんなバカなことはできないし、
まあ、百歩譲ってそんな機会があったとしようか。魔法の靴を履いて、意気揚々とダイビングしたとしよう。もしこれが真っ赤な偽物だったら、そのまま地面に叩きつけられて即死じゃないか。だいたい雲ってのは小さい水の集まりに過ぎない。どうやったらその上に乗れると言うのだ。足の裏だけ乗れるのか。ダイビングしたとき、頭が下だったらどうなる。すり抜けてしまうのか。そうならないとしたらそれはどういう原理なのか。どんな技術なのか……
ごちゃごちゃ考えてないで試してみればいいのだ。失敗が怖いなら保険としてパラシュートを背負って飛べばいい。しかし良一にはそれでも死ねる自信があったのだ。
なぜならこの靴が、魔法の靴じゃなかった瞬間、彼はおそらくショック死するからである。
実は、靴についてはもらってすぐに調べてみたのだ。それはかつて日本に存在したナカシマスポーツという運動用品メーカーが販売していたスニーカーだった。全体的に真っ白でとくに特徴らしい特徴はなかったが、唯一の手掛かりとしてはナカシマのNをモチーフにしたロゴマークがあった。しかしそれとて、○の中にNを配したただけの何のひねりもないデザインだったので、むしろこのスニーカーの飾り気のなさを助長させていたのだった。
しかもナカシマスポーツはとっくに倒産していたので、ただでさえ特徴のないこのスニーカーの詳細を知る手がかりは何も見つからなかった。もっと本気で調べたら当時の広告やカタログが出てきたのかもしれない。でも良一はそこで調べるのをやめてしまったのだ。これ以上調べたらダメになるような気がしたからである。
なぜなら、これがいかにも絵本の世界から飛び出してきたようなファンタスティックな靴だったら信憑性も高かったであろう。しかし見た目はただの白い靴であり、しかもかつて日本で販売されていたスニーカーだったのだ。そんなことが知りたくて調べていたわけではなかった。たとえば、魔法はかかっているが見た目は変わらない
したがって良一は
あのアニメを見るまでは!
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