アルフライラの歌 - Alf Laylah A War Era -

糾縄カフク

01:Providence

 世界が燃えている。

 木々も街も人も皆もろともに。


 何千年、幾星霜。繰り返されたか分からないソレ。たった一つの聖地を巡り、たった一人の神を巡り。誰しもが平和を願いながら、誰しもが殺し合う。


 だってここに居る誰しもが、奪わなければ、奪われる事を知っているから。

 もう片方の頬を差し出しても、息絶えるまで殴られる事を知っているから。


 だから。

 殴られる前に、殴る。

 殺られる前に、殺る。

 壊される前に、壊す。


 畢竟、虐められた人間が優しくなれるなんてのは、何処かで誰かが言い出した口当たりのいい嘘だ。彼らは内心で歯噛みしてこう思う。次からはもう虐められないように、もっともっと強くなって、今度は虐める側に回ろう。だって虐めなければ、また虐められてしまうから。と。


 ――そう信じた人々がいた。

 強く強く希った人々がいた。

 

 もう二度と我らは血を流すまい、と。

 たとえ他の誰かが血を流しても、と。


 斯くて大戦で虐げられた一つの民は身を寄せ合い、彼らにとっての聖地だった此処に、僅かばかりの国を打ち立てた。我々は被害者ですと羊の皮を被り、背後に世界の警察を引き連れて。――ゆえに我らは。そこに住まいし嘗ての我らは、着の身着のままで荒野へと投げ出された。――我らにとっての聖地を、彼らによって奪われて。


 自治区と銘打たれたソレ。壁によって分かたれたソレ。我らは我らの聖地に踏み入る事すら叶わず、ただ外より祈りを捧げ、地に伏して神を奉ず。だが実態の自治などは絵に描いた餅。鉄条網の陰からは常に兵士がこちらを覗き、テロリストを討ち果たすべく機会を伺っている。


 ――テロリスト。我らにとっての在るべく権利を叫ぶ戦士は、すなわち。彼らにとっては刈り取るべく悪。ある日ふと気がつけば、追い出された筈の我らは世界にとっての忌むべき敵で、我らを追いやった彼らは、可哀想な虐殺の被害者として、我らに銃を突きつけている。


 声は届かず、伸ばした手は踏みにじられ、それでもなお自由を願い、掲げた旗に放たれる銃弾。――祈りすらも、悲鳴すらも、呻きすらも、怒号すらも、何もかもが銃声にかき消され、我らの神は応えぬまま、恐らくは天にまします。


 壁に迫る業火が街を包み、かつて彼らが為されたのと同じ不条理が、今度は我らの身に降り注いで。――ああ。私の、私の手から彼の手がこぼれ落ちる。


 悪夢の様に繰り返すその場面を。

 幾度となく繰り返すその地獄を。

 脳裏に刻みながら過ごした三年の年月(アルフライラ)


 だから今こそは。今度こそは。

 我らこそが、彼らを統べる者に取って代わろう。


 そう誓って少女は、壁の向こうのその世界に、冷たく黒い銃を向けた。彼女の燃える灼眼の先には、栄え盛る彼らの都が、煌々と輝いて――、確かに在った。

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