終末の希望を桃に

大中辰弥

終末の希望を桃に 1/4

 ポールシフト。あるいは巨星ネメシス。

 

 僕にはよく理解できないことだけれど、どうやらこの世界はそろそろ寿命を迎えるらしい。といっても、あと数十年の猶予は見込めるそうだけれど。


 各国が英知を結集して状況の打開を図っていたが、その成果は芳しいものではなかった。人類は悲しいくらいに人類だった。


 宇宙空間に新天地を建造する計画は技術的にも経済的にも政治的にも問題だらけで破綻した。地下に生存圏を拡大するという計画も同じようにダメになった。


 様々な試行錯誤から今のところ人間が得たことがらは、しょせん人間という生き物は地面の上で生活するように運命づけられているということくらいだった。


 人はサルの進化形ではあったけれど、神のミニチュア版ではなかった。



「晩飯、どっかに食いに行くか?」と僕は妻に声を掛けた。僕はそのときキッチンにいて冷蔵庫を開いていた。そして妻はダイニングテーブルの前、今にも泣きそうな顔をして座っていた。しかしそれはあくまでも顔だった。僕は妻が実際に泣くところを一度も見たことがないし、今回もきっとその記録は更新されるだろう。


「そうね」と彼女は言った。「久しぶりにラーメンが食べたい」


「オッケ」と僕は言った。「とびきり旨い店を探そう」



 産婦人科の先生は、人類の滅亡が明日に確定したことを伝えなければならないニュースキャスターのような顔をしていた。それで僕たち夫婦は今回の不妊治療も失敗に終わったことを悟った。体外受精によって受精卵はできた。しかしその命はうまく妻の子宮に着床することができずに、蝉よりも短いその一生を終えた。


 妻は医者の説明を、頼んでもいない坊主の説法のように聞いていた。そしてそれは僕も同じだった。

 

 面談の最後に、産婦人科の先生はいつものように質問をしてきた。


「どうして子宮内妊娠にこだわるのです? 科学が発達した今の世の中、ほとんどの方が体外培養カプセルをご希望されます。御産のときの痛みもちろんありませんし、着床に失敗することを心配する必要もない。そして生まれてくる子どもはきちんとお二人のDNAを――」


「自分で産みたいんです」と妻は言った。きっぱりと。「自分のお腹で育てて、自分で産みたいんです」


「そうです」と僕も言った。「そして僕は、妻の味方です」

  

 

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