第158話 俺、今、女子思い……出した中
中の人がが男子高校生とも知らずに——稲田先生を持ち帰ろうとしていたナンパ男が、救急車に放り込こまれた後、俺は、セナたちと三人でエレベーターに入り、そのまま、マンションの高層階に向かうことになった。今日はセナの部屋に泊まって、明日の朝一番で帰れば良いという申し出に乗ることにしたのだった。
もちろん、俺の中に、正体不明のこの幼女のことをどこまで信用して良いのかと言う疑念はあった。
夕方からの飲み会と、その後の騒ぎで、かなり疲れてしまっていて、今すぐにでも倒れて眠ってしまいそうな状態であるが、いまだ正体が良くわからないセナに言われるがままに、彼女部屋に言われるがままに連れ込まれるのは、躊躇された。
さすがに、幼女にナンパ男に連れ込まれるみたいな危険を感じると言う訳ではないが……。
——こんな、深夜に人の家に押しかけて、ご迷惑だよね。
親御さんにどんな風に説明するのとか。
「ああ、お母さんはもう引っ越し済みだから家には今、誰もいないよ」
え? そうなの。
でも、それじゃ、こんな小さな女の子が一人で住んでるのか?
「サクアがいるから大丈夫だよ」
あ、メイドが住み込みで世話してるのか。
「うん、サクアの本当のご主人様は別の人なんだけど、
ん? なんだかよくわからんが、世話する大人がいるなら大丈夫だろ。
「……でもね、もうすぐセナも引っ越すんだ」
どこに?
「先に引っ越したお母さんのところだよ」
お母さん? それって、
「もちろん、知ってるでしょ
片瀬セリナのことか。
いや、謎の転校生片瀬セリナが、謎の幼女セナのお母さんでは、どう考えても歳が合わないだろ。
俺はセナを幼女、幼女と呼んでいるが、随分ちっこいけど、幼稚園ということはなくて、学校低学年よりは流石に上そうだし、なら高校一年のセリナがお母さんだとしたら、いったい何歳の時の子供なのかとなる。
セナが実は10歳以上とか言ったら、生んだのがセリナが幼稚園の時とかになっちゃうぞ。
倫理的、法律的以前に、生物的にもありえんだろ。
……それに俺をお父さん呼ばわりするのも本当に意味がわからない。
誓って言うが、絶対
物心つく前の子供のころから、セリナがどうこうでなくて、女と特別に仲良くなったことなんてあるわけがない——というのは断言できる。
最近はリア充と入れ替わってしまって、だいぶ崇高さが薄れたとはいえ、聖なる
……というかそんな度胸も度量もない。
まあ、セリナとセナは歳の離れた姉妹で、小さい子がお姉さんをお母さんと呼んで甘えているだけだろうと俺は勝手に思っているのだが、
「今の所はそう考えてもらっていても良いけど」
いや、良いけどじゃなくてな……。
やっぱ、こいつにも言わないといけないのか。
「——? どうしたのお父さん」
ああ——。
それはな、
「人の心を読むなあああああ!」
俺は、片瀬セリナに良くするツッコミを、自称娘のセナにもせざるを得ないので会った。
*
まあ、本当にそうなのか、単に以上に冊子が良いだけなのかの、読心術の件はと置いておくとしても、……ほんとに良くわからない幼女である。
——謎の幼女セナであった。
本当にセナの母親ではないとしても、少なくとも、家族ではあるらしきセリナの方も只者でない雰囲気を漂わせているが、異世界で女神のアルバイトまでしていた、この
まったく、この幼女、何者なんだ?
と心から思う俺であった。
初めて会ったのは、パーティピーポー
次は俺がゲームの中の聖騎士、ユウ・ランドと入れ替わってしまたっ時の異世界で復活の神殿の女神として現れた。
その後も俺が入れ替わった稲田先生の部屋に、いつのまにか窓から忍び込んできたり……。
いつも唐突で、意味不明な出会いであった。これで
神出鬼没にもほどがあるというものであった。
俺は本気で困惑しているのだった。
なんで、この子は俺につきまとってお父さんだなんていうの? ——って。
でも、……今日はそんなことを考えるには、もう疲れ過ぎていた。
セナに案内され入ったマンションの一室。俺は、そこに入るなり、セナが、メイド姿の女性——サクアに向かって言うのを聞きながら、ふかふかの、大きく高級そうなソファーに、何も考えずに深く体を預けるのであった。
その瞬間、
「サクア、じゃあお父さんにお茶出してくれないかしら」
セナの言葉を聞きながら、もうその瞬間に寝落ちしてしまいそうな様子であった。
でも、俺は、サクアと呼ばれたメイド姿の女性が、肩にかかった銀髪を揺らしキッチンの方に歩いて行く後ろ姿を眺めながら、さっきからずっと気になっていたことをあらためて考える。
サクア?
なんか聞いたことがあるようなその名前……。
俺は、どこか人形じみた、人間離れした完璧すぎるプロポーションを眺めているうちに、ロータス様、エチエンヌさん……自分がこの間迷い込んだゲームの中の人たちのことが次々に心に浮かび、
「あ!」
思い……だした。
「大丈夫だよ、お父さん。ここではサクアは敵じゃないよ」
サクア。俺が、この間迷い込んだ、ゲームの中——なのか本物の異世界なのか判然としない、剣と魔法の世界ブラッディー・ワールドでの
世界の半分を支配する残虐なる魔女ブラッディ・ローゼの右腕。強大な魔力を込められて作り上げられた
俺は、聖騎士の少女ユウ・ランドと入れ替わったが、そのサクアが率いる魔法帝国の大軍勢と戦う直前で、この自分の世界に戻ってきた訳であったが……、
「サクアは追いかけて来たわけでもないし,人造人間でもないよ……この世界で生まれた普通の人間だよ」
この
そんなことを本気で、言う奴がいるのなら、そいつは、えらい厨二乙であると思う。
——しかし、なあ、体入れ替わりなんて言う超常現象に巻き込まれている俺の境遇だって、誰かにこんなことを話したら、間違いなく厨二乙であるしな……。
もう、人造人間や、魔法使いが出てきたぐらいでは驚かないけど、
「まあ、今日は、疲れているだろうから、よけいなこと考えないで、もうさっさと寝てしまった方が良いよ、お父さん」
セナは、俺の横に座りながら言う。
「でも、その前に。ちょっと、こうしても良いかな」
そして、座った俺……というか稲田先生の膝枕にぴたっと頭をつけて、いつもの生意気な表情はどこへやら、幼いからだ相応のひどく甘えた表情になって……。
ああ……。
なんだろ? この感じ。初めてでは無いような。
俺の頭の中に、あったかい気持ちとともに、様々な家族の情景が浮かび上がってくる。
セナがこんな風に自分の膝で眠って——幸せな家族のひととき。
彼女がもっと小さかったとき。
足下から自分の膝に這い上がり、くるくると何回転かするうちにいつの間にか眠ってしまう。
赤ん坊の顔をカーテン越しの太陽の光が優しく照らすのを眺めるうち、時間がいつの間にか過ぎて、気づけば、ベランダで夕焼けを眺めながら幸せをかみしめている俺。
すると、おいしそう夕食の匂いがして、呼ぶ声に家の中に戻れば、セナと一緒にエプロンを着てシチューをさらに装っているのは……片瀬セリナ?
「……お父さん。お茶できたみたいだよ」
セナの言葉で、回想(?)から戻ってみれば、目の前のローテーブルにサクアと呼ばれたメイドが、ティーポットとカップを置いているところ。
「結構夜も遅いから……これ飲んだらすぐ眠ろうね」
「ん……そうだな」
はっとした俺は言い匂いのする紅茶を飲み……。
——その瞬間、何か忘れていたもの、失われていたもの全てを思い出したのだった。
俺は、一瞬脳裏を駆けめぐった光景にとてつもない懐かしさを感じる。
漆黒の闇を背景に——十人くらいの
なんだここは?
——宇宙?
虚無の空間を切り裂いて、俺はみんなと一緒に星々間を飛び回る。
何かとてつもないスケールの出来事に俺は巻き込まれている。
星々が砕け、宇宙そのものさえも消えてしまうような大事件。
時間を遡り、始原のその時をこえ、その先へ……。
「……?」
しかし、俺は、カップをテーブルにおいた瞬間、なんだか今思い出しかけた様々な記憶……、その全てをまた忘れる。
——失うのだった。
俺は、その、突然足元が崩れて深淵に落ち込んでしまうかのような喪失感に、途轍もない不安感に捕らわれるのだが、
「……うん。今は忘れて良いんだよ。そして、それでこそ、お父さんは戻るのだから……」
そして、セナの言う意味不明の言葉。それは、妙な納得感があり、一気に安心した俺は、そのまま深い眠りの中に落ちていくのであった。
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