第148話 俺、今、女子、審問会中
「え……」
そうだよな。同い年の
この光景ってシュールすぎだろ。
で、俺の頭の中に浮かんだ言葉。
「まさかの時の
うん。中学校の時、親が見ていたモンティ・パイソンのビデオ。その中に出てきた法衣を着た男の登場シーンで言うコメディ史に残る有名なセリフ。
——って、モンティ・パイソンって知ってる?
全裸中年男性がオルガン弾くシーンから始まるイギリス国営放送BBCでやっていたナンセスギャグ満載のテレビ番組。
日本でも昔吹き替えで放映されていたと言うけど、俺が見たのは字幕版で、なんでも昔、父さんが独身時代に小遣いはたいてかったビデオ(円盤じゃ無いよ)だそうだ。
が、中古で買ってもだいぶ高かったそれは、擦り切れる、というか本気でテープが伸びるほど見まくったので完全にもとがとれてると言ってたけど……。
家のビデオデッキはモンティ・パイソン視聴専用機になってたとか。
父さんが一番好きなギャグスケッチはパゾリーニのクリケットと言ってたので、それを見てみたら全く意味不明だったとか。
美しき青きドナウを聞くと合わせてダイナマイトが爆発するシーンが頭に浮かぶとか。
レモンカリー? ってアナウンサーが突然言い出したのはなんだったのかとか。
正直、なんだかよくわからないままに、不思議な勢いがあって、父さんの横で、俺も、いつのまにかテレビを食い入るように俺も見てしまっていた、モンティ・パイソンについては語りたいことがいっぱいあるのだけれど……。
——今、思い出したのは、そのモンティパイソンの中でも有名な
それは、
「
と言って現れた赤い法衣の三人組が、意味不明な言動をしながら、おばあさんを拷問しようとしてクッションでつついたり、安楽椅子に座らせるだけだったりのグダグダでオチのないまま、番組は進み、最後は出動が間に合わない法衣三人組に無情にエンドクレジットが重なって終わるってものだけど……。
って話聞いても良くわからないよね。
大丈夫安心してくれ。見ても良くわからないから。
——じゃなくてだな。
昔あったスペインの宗教裁判の意味不明さを皮肉ったというのが、まあその
今、現れたリア充女子軍団(と言うには微妙な斉藤フラメンコの三人が混じっているけど)を前にして俺の心の中に浮かんだのは、そんなナンセンスなコメディの一場面なのであった。そして——そのモンティ・パイソン同様の、シュールでロクでもない展開が待っていそうな予感満々で、向かったのは……。
今日の
この間、なんたらボトルとかいうところの偉い人が
一時の騒ぎが収まれば、あっとう間に、閑散として寂しげであるが、俺にとって居心地の良い元の場所に戻っていた。
ならば、今日集まったみんなを連れて行くにも良さげである。
駅前の明るいカフェに、こんな大量の女子と冴えない(失礼!)アラサー男子が一緒にいるのは目立ち過ぎるというか、その不自然さにちょっと犯罪を疑われかねないので、あまり人目もないだろうここが良いと思ったのだが……。
「こんにちわー!」
「……!」
あいつが、挨拶をして入った瞬間、目の前のカウンター向こうのキッチンから、マスターのおじいさんが持っていたカップを落としたかと思われる、ガシャンという音がした。
あ、これまずかったかな。
おじいさんの目は、居並ぶ女子七名を驚愕の顔で見つめている。
俺が——
俺が、自分の体の中にいた時から馴染みにしていたこの喫茶店。
それも女子高生からアラサーまで年齢層も幅広く、いったいこの高校生はどうなってしまったんだと疑いの眼差し。
しかし、
「お邪魔します……」
最後に現れた武蔵さんを見て、
「いらっしゃい……」
あれ? 一気に得心いったような顔になるおじいさん。というか、無愛想な、ここのおじいさんが挨拶するのを初めて見たかもだけど、
「ああ……」
次の瞬間、俺も武蔵さんの顔を見て納得する。戦々恐々というか、このあととって食われそうな小動物の表情をしている武蔵さん。
こりゃ武蔵さんこっちの方に何かあるな、っておじいさんにもわかったようだ。
そして……。
亀の甲より年の功。
君子危うきには近寄らず。
武蔵さんをかわいそうに思ったようだが……。
——思ったのならば、なおさら近寄らず。
下を向いて、ただひたすらに全員分のコーヒーを作り出すおじいさん。
今日は、多数の女子に詰問されるらしき男なんかに関わり合いにならないでおこうという様子がありありとその横を向いた背中に浮かび上がる……。
その間にも、審問は始まる。
「やっぱり、合わないのならば別れたほうが良いんじゃないかしら」
淡々と冷静な意見を言う
「ああ、そうかも」
同調する
「好きで結婚したんじゃないんですか? 簡単に諦めるんですか」
ちょっと感情的に糾弾する
「ああ、確かに、そうも考えられるね」
同調する和泉珠琴
「……僕、今の心境を詳しく教えてほしいんだけどな」
「あ、今度そういうのでいくのね」
「お、どのキャラカップリングしてから別れさせるの」
どうも漫画のネタにとしようと取材モードの斉藤フラメンコの三人。
「うん。そういうのも大事よね」
で、また同調する和泉珠琴。
というか、キャラカップリングの話は大事じゃないだろ。お前何も考えずに同調してるだろっていう、キョロ充——和泉珠琴のいつもの調子良さはともかくとして……。
議論噴出。
みんな自分の立場で言いたいこと言うばかりで、さっぱりと話が進みそうにない。
まさに、まさかの時の
モンティパイソンほどシュールな訳でないが、本質的に話がどんどんずれて行くことは変わりない。
「……結局、どうしたいのかってことが問題なんじゃないかしら」
「一時の感情に流されて後悔することもあるかも」
「その感情をkwsk!」
「……ああ、みんなの言うことそれぞれわかるな」
結局、白熱すると、自分のそもそもの持論を語ることになり、武蔵さんの話に何が合うかはみたいな考えはいつの間にかどこかに行ってしまう。
「どれが一番合理的で、現実性があるかというのを考えるのが政治というものかも」
「愛は、一時の思い出きまるものでなく、何回生を繰り返しても残る永遠のもので……」
「あっ、良いアイディアでたかも。離婚を気に、攻めから、受けになった提督が……メモメモ……」
「うん。わかるわかる、みんなの気持ちが一致してきてるの! 答えはもうすぐ! 目の前かも?」
まて。
いや、本当、どうすんだよこれ。
せっかく弱ってる武蔵さんの相談受けることで稲田先生の株をあげて、二人をくっつけよう——さっさとアラサーの体から脱出しよう——って思ってたのに、この混乱の状態じゃ良い雰囲気になんかなりようがない。
と、どうすりゃいいのと俺が頭を抱えて下を向きそうになっているところへ、
「あの……」
ん? 武蔵さんが、助けを求めるような目で俺をみると言うのだった。
「……稲田さんはどう思いますか。僕は、どうするべきなのか」
その口調は——俺の誤解でなければ——明らかに、質問でなく、答えがわかっていることの再確認のようであった。
であれば……。
——ああ、そうなのか。
おれは、その時、今日の武蔵さんの『相談』の本当の意味を知った。
武蔵さんは、
それならば、
「武蔵くんは……」
俺は、この稲田先生のかつての想い人が、今言って欲しいその一言を、
「もうちょと、よく考えるべきじゃないかしら……?」
言わなかった。
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