第133話 俺、今、女子婚活対策会議中
「ああ、あの店、コーヒー美味しかったですね」
というわけで、片瀬セリナの過去形の感想でもわかるとうり、雑誌に載ったせいで予想外に大混雑のおじいさんの店から、早々に退散した俺たち3人であった。
まったく……、あれじゃ、とても、3人で秘密の相談をできるような状態ではなかった。単純に、混みすぎというのもあったが、なんだか、意識高いというか、人の事をやたらと気にしてような様子の人たちが多くて、——会話に全部聞き耳たてられていそうな感じで落ち着かない。
近くの席に座っていた、林檎マークをこっちにビシッと向けてロックオン、——俺たちの様子を伺っていたと思われるジョブスもどき(まだ暑いのにハイネックセーター)に、話を——体が入れ替わっているとか聞かれるの嫌だよね。
まあ、偽CEOおじさんは、そんなことを俺たちが本気で話しているとは思わないだろうけど。でも、それって……。
——だったら、逆に嫌じゃない?
馬鹿げた、骨董無形なこと、——体が入れ替わったとか、真面目に話している高校生とその担任って図だよね。
横から見てたら。『ふっ』って、失笑されそう。
この、意識の高い空間と化してしまった、今日のおじいさんの喫茶店で何をやっているのかって。
誰が意識高いかのマウントの取り合いをしている、ピリピリとした妙な緊張感に包まれた店内で、俺らは、気楽で馬鹿な話をしてるって思われて
ちょっと俺が、考え過ぎ、被害妄想的かなって感じがしないでもないが、どっちにしても、あの喫茶店は、本日は、人に聞かれたくない相談をするような場所ではなくなっていたので、早々にいなくなった方が良い……、ということなのであった。
なので、場所を移動して入ったのは駅近くのカラオケボックス。
相談するには、いつも
特に(俺が今入れ替わっている)稲田先生の賃貸マンションは多摩川近くにあるのもあり、行き来で一時間以上かかっしてしまう。もう、夕方から夜になろうかと言う時間なこともあり、高校生が帰宅すべき模範的な時間まで……、といったらあと何時間もあると言うわけでない。
と、まあ、そう考えれば、近場で秘密の会話ができるとこってことで、適当な場所を求め、——俺たちはカラオケボックスに入ることになったのだった。
で、今日の喫茶店の感想を少し話したあとで、そこで始まったのは……・
「さて、おじいさんの店のコーヒーの味は別の機会に議論するとして……、問題は、いかにして稲田先生と誰かをくっつけるかということだが……」
俺が今入れ替わっている当人、稲田先生の婚活対策会議……のはずだったが。
「あ、それギルティ! 議長!
いきなり
「いや、そういう意味では……」
抗弁しても、
「いえ、勇くん。……あなたはそう思っていないつもりでも、どうしても低きに、易きに流れてしまうのが人間というもの。稲田先生の結婚相手は、別に、こだわらなければ、昨日の合コン相手の三人の誰かでも良いじゃないか? って思ってないですか?」
「……むむ」
俺は、片瀬セリナ議長(?)にさらに追い込まれる。
うん。正直、隣の席から合コンを監視していた
だって、そりゃ俺も合コンの途中はあんな男たちに稲田先は生安売りすべきじゃないって思って思っていたけれど、その後の先生のお母様からの電話でげんなりとしてしまって……、誰でも良いから早くくっついてしまいなよという気持ちでいっぱいになってしまっていた。
でも、こりゃ、——まずいな。
このままだと、婚活対策会議の前に、どうにも女心がわからないガサツな俺の吊るし上げ大会になりそうな気がする。
ならば、
「……少し不用意な発言だったのは認めるけど、過去の話を反省するのは後にして、未来志向で議論を進める……」
「あ、こいつ、政治家みたいな答弁してごまかそうとしてます!」
「うん。未来を作るためには過去の正確な反省は大事ね」
はい、論点ずらし失敗。
女子二人がつるんで俺を問い詰めてくれば……、勝ち目ないよね俺。
いや、今、俺は女子……と言うにはあれなお年頃……妙齢女性、稲田先生と入れ替わっているのだが。
……今は、女子扱いしてくれないだろうか?
と俺は、心の中で問いかけると、
「だめね。……先生の中身は勇たん……っと、——勇くんなわけでしょ。やっぱり、女子の繊細な気持ちはわからないと思うわ……」
だから、心を読むなって!
「これは、またまた失礼しました」
「……?」
舌をぺろっと出しておどける片瀬セリナ。
しかし、この子本当に俺の心が読めているのか?
「はて? どうでしょうか?」
面白そうにニヤリと口角をあげる片瀬セリナ。
「まあ……いいけど……」
いや、気にしたこっちの負けだ。
なんか、片瀬セリナは、全部お見通しみたいな余裕の顔で俺を見てニコニコとしているけど……、ここは突っ込みたいのはぐっと我慢。
それよりも、この劣勢を一気にクリアする、場を仕切り直すための秘策が俺にはある。のだった
それは、
「ちょっと、あんた何やってるのよ……」
カラオケのリモコンを手にした俺をとがめる様な顔であいつが言う。
「議論も煮詰まったので、少し気分転換をって思ってね……」
「煮詰まったって……、まだ何にも議論してないでしょう!」
「……議論を始めるのに煮詰まってね」
「何よその屁理屈……」
ふふふ。
——バレてるぞ。
時々、チラチラと、俺の手元のリモコンを見る。
もっと言うと、何の曲を入れてるか気になるようだ。
絶対本当は歌いたいなって思っている荷違いない。
「あっ、良いかもしれませんね! 勇たんとカラオケ! ……でなく気分を転換に歌うって言うのは」
「そうかな……片瀬さんもそう言うなら、そうかもしれないけど……」
「じゃあ、お言葉に甘えて……、ポチッとな!」
そして、モニター画面に映る曲名。
「あっ……」
ふふふ。計画通り。
俺が入れた曲はあいつが大好きなアニメの主題歌。
残酷幼女ホムンクルスから魔法少女に華麗なジョブチェンジを遂げた今や国民的有名ゲームからのスピンアウトコミック——そのアニメ化主題曲!
あいつは、歌いたくてその体——って俺の体だけど——をうずうずとさせて、
「はい……」
「えっ……」
俺はマイクを渡しながら言う。
「キーを5つくらい下げといたけど」
まあ、
「あ、それくらいで良いと思う……じゃなくて! なんであたしが歌うことになって……」
一応はまだ遠慮している風のあいつだが、
「嫌なら、俺が歌うけど……」
まあ、どう見ても歌いたがっているのは明らかだよな。
「……だめだめ! これ歌う。あたし……」
「ヒュー! 美亜ちゃんの歌聴きたい! っていうか勇たんの声だけど……それならますます聴きたーい!」
いつの間にかタンバリンもってた片瀬セリナが、場を盛り上げる。
流麗で軽やかなストリングスのイントロが流れ……。
もちろん、すかさず熱唱を始める
*
で、結局、婚活対策会議は何一つ進展することなく、カラオケを歌いまくっただけで帰ることになった俺たち三人であった。ああ、カラオケそれ自体は楽しくて、気分転換になったのだけど……、結局、気分転換しかしていない俺。
……まずいなこれ。
何にも進展がないまま、また今夜も先生のお母様から電話が来たら……。
俺は背筋にさっと冷たいものが走り抜けるのを感じる。
新たな婚活の見通しもないまま……、というか合コンさえこのあとしばらくない先生の今のお寒い異性交友状況で、いったい、お母様に何を話してお茶を濁せば良いかさっぱり思いつかない。その辺の対策もみんなに相談しようと思っていたのだけれど……。
——もはや後の祭り。
いっそのこと彼氏できたとか嘘吐いちゃおうかな?
でも、会わせろとか言われたらどうしよう。
その時は別れたとか言えば良いかな?
いやいや、嘘がバレたらさらに説教きついぞ……、それなら今のままの方がまだ良い。
でも、しかし、それでも……。
「もうプレッシャーで胃に穴があきそうなんだけど!」
俺は、先生のマンションに帰ると、風呂上がり、いつ電話が来るかの恐怖にビクビクと体を震わせながら、ベットにうつ伏せに顔を埋める。そして、そのまま、生きた心地もしないような状態のまま夜もふけて……。
——俺は、いつのまにか眠りの中に吸い込まれるように落ちていくのであった。
ああ、俺は眠り際に思う。やっと現実からの逃亡できた。ひとまずは、今日はこれで助かった——、と。
もちろん、そのあとは悪夢を見ちゃったんだけどね。
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