第131話 俺、今、女子電話中

 アラサー男女の生々しい合コンから稲田先生の賃貸マンションに帰り、一風呂浴びた(もちろんその時は、いつも通り、意識が飛んだ)後に、俺はパジャマをきてベットにゴロンとなりながら思うのだった。

 孤高で気楽なオタクぼっち生活を満喫してた俺——向ヶ丘勇は、春にリア充女子喜多見未亜あいつに入れ替わってしまった。

 それから、ちゃらちゃらとした男子との合コンに随分と出さされてしまっていたな。

 そのほとんどが、クラスのリア充のボス、女帝——生田緑のセッティングとなれば喜多見未亜あいつごときの中にいる俺に断る権利もなし。

 何の因果か——俺は前世でどんな罪をおかしてしまったというのか——男とにこやかに会話して、場合によっては口説かれて、おいお前その手はどこ触る! こら、顔を近づけるな! ——おえっ。

 ……まあ、そんなわけで、不本意な、この数ヶ月の合コン修行により、俺のその手のスキルもそれなりに上がっているのではと思っていたのだった。

 が、——なんかアラサーはまた違うね。

 今回、稲田先生に入れ替わってしまったっことで参加することになった妙齢男女の飲み会。一人だけ、中身の俺が未成年だもんで、酒を飲まずにテンションが低かったかもというのはあるけれど……。

 俺は、どっと疲れた体を、ベットに投げ出したまま天井を見つめる。

 なんだか、場合によってはそのまま結婚まで考えないといけない……、いや、狙ってる、男女の品評会だったなあれ。

 そこまで行かなくても、肉体関係は確実にターゲットにいれてる男どものギラギラした様子。高校生どうしの合コンでも、もちろん男どもはそんなこと考えているんだと思うが、——なんかちょっと濃さが違う。

 人間としてというか、動物としての熟成度合いというか、今までに得た年輪の厚みというか、腐る直前の果実がだす甘く濃いむせる匂いというか……失礼。


 ともかく、合コン含めて、アラサー女教師としてのなれない一日いろいろと疲れてベットに転がり、風呂上がりの火照った体がエアコンの冷気でクールダウン、その心地よさに、このまま寝てしまう——ああ、夢の中にこのまま逃亡してしまえ!

 そんな風に思った、そんな時、


「え、電話……」


 枕元に置いていた稲田先生のスマホがブルブルと震え、なんの気なしにそれをとった俺は、


「あ、初美はつみね、起きてたかい……」


 先生の母親からの電話を受けることになって……


 地獄を見た。


   *


「…………」

「ともかく! あんたももうすぐ三十なんだから、いつまでものんびりとしてちゃダメっていうことよ。わかった?」

「……はい」

「じゃあ、明日、お見合いの写真送るからね。真面目で良い人だって紹介してくれた田中さんもお墨付きだから……ぜったいこれで決めるのよ」

「……それは……相談してみないと」

「相談? 誰と?」

「——あ、それはこっちの話で……」

「……?」

「いえ、——わかりました」

「わかった? 結婚するっていうこと……?」

「それは……」

「——初美! いい加減にしなさい!」


 というわけで、夜にかかってきた稲田先生のお母さんからの電話で結婚しない娘への説教をずっと聞かされることになった俺なのであった。

 これは、娘のことを思ってなのだと思うが、本人以上にあせって、ちょっと……、いや、かなりヒステリックな状態で、反論も話し合いの余地もなくプレッシャーをかけてくるお母様のものすごい勢いに、俺は終始圧倒されてしまう。

 そのまま、じっと、胃に穴でもあくかのような気持ちで、この大嵐が過ぎ去るのをじっと耐えることしかできなかったのだった。

 いや、この嵐、なかなか止む気配もないのだが、


「……まあ、明日あんたも授業あるだろうから、今日はこのくらいでやめるけど」


 もう午前2時を超えておりますがお母様。


「わかってるわね?」


「……はい」


 俺は、なにが『はい』なのか良くわからないまま、——とにもかくにも、この黙示録的な状況が、やっと終わるらしいことにホッとして、とにかく肯定の返事をする。


 すると。


「じゃあ、電話切るわよ……おやすみなさい」


 スマホの画面が暗くなり、二時間弱の説教のあと、部屋にやっと静寂が訪れる。

 ——呆然自失となる俺。 

 後に、今回の事件が終わってから、稲田先生がぽつりと漏らした一言。

美亜みあちゃんに体が入れ替わってた時、一番良かったなあと思うのは、お母さんの説教から解放されてたことだったわ……』

 とのこと。

 ——稲田先生が置かれていたこの状況を、この時、俺は初めて知ったのだった。


 ……だめだこりゃ、早くなんとかしないと。


 俺は思った。

 稲田先生、誰でも良いから、早く結婚しちゃいなよ。

 でないと、この地獄から逃れられないんだよ!

 なんだか、明日また電話してくるって言ってたよお母さん。

 今度は本当に胃に穴があくかもしれないよ。

 なんなら、今日の合コンで無理やり交換させられたSNSに、『結婚してください』って送ってしまおうか?

 俺は追い詰められてそんなことまで思ってしまう。

 だってそうしたら、明日の電話に、結婚予定できましたって、言えるかもしれないんだぜ?

 あのプレッシャーから逃れられるんだせ?

 ああ、——3人の誰でもでも良いから。

 どのひとでも良いから!

 誰でも……。

 ほんと……、誰でも……。


 だけど、


「……誰でもというわけにもいかないか」


 俺は、今日の合コンの横の席に陣取った喜多見美亜あいつ他の審議会カウンシルの女性陣の顔を思い出しながらひとりごちる。

 あの連中カウンシルの出したNG判定を覆して、稲田先生を男たちの誰かと適当にくっつけるというのは、——そっちもやっぱりあり得ない。

 そんな乙女の気持ちを無視した行動をしてしまったら、——地獄。

 俺は連中にどんな目に合わされるか……。


 まったく、行くも地獄、退くも地獄とはこのことよ!


 ならば、今の俺にできることとといえば……。


「寝るか……」


 部屋の電気を消して、そのまま深い眠りの中に落ちていくことだけなのであった。

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