第113話 俺、今、女子反省中(女神の間)

 俺の意識はたちまち朦朧となっていった。


「は……?」


 何が起こったのか、さっぱり意味がわからないまま、下を向くと、腹に短剣が突き刺さっている? 顔をあげると目の前には満面の笑顔の幼女エルフ……。そのあくまでも純真無垢で可愛らしい表情を、見ながら、『なんじゃこりゃあ!』と叫ぼうと思っても、それは声にならず、そのまま俺の体から体の力が抜けて倒れ転がる。

 最後に街路の隙間から見たのは、夜空と星の光……


   *


「ああ、お父さん、られちゃいましたね」


 というわけで、どうやら俺はあれ・・に来たらしい。異世界に転移した奴が、殺された時の定番の場所。生き返る前の説教部屋である。

 真っ白な部屋の中、俺は呆然と立ちすくみ、目の前には豪奢な飾りがいっぱいついた大きな椅子に、ちょこんと座っているのは女神? ちょっと女神というのは可愛らしいというか、幼すぎるというか、正直小学生くらいにしか見えないのだが。


「うん。私が女神だよ。そして、片瀬セナだよ。覚えてる?」


「あ——!」


 俺は、なんか見たことあるなと思っていた(自称)女神の目の前の少女が誰なのかに気づいた。

 パリポ経堂萌夏お姉さんと入れ替わって夏の野外パーティに出かけた時のことだ。二日目の昼。汗でも流そうって近くの温泉まで車で行ったときにそこであった子。

「うん。思い出したね。お父さん」

 片瀬せな。なぜか俺のことをお父さんと呼ぶ少女であった。

 でもなぜここにこの子が?

 いや、そもそも、この子が何者か、あの時された不思議なキス、その後の倫理規制の一時解除、聞こえてきた不思議な声……

 もしかして、

「君、神さまだったの?」

 なんだか、神さまという便利ワードで言い切ってしまえば、この不思議な少女のことをすべて説明してしまえてすごい楽な感じがしたのだが、

「違うよお父さん、これはアルバイトだよ」

 は? アルバイト? 女神がアルバイト? つまり、今は神様なのは間違いないってこと? でも、なら、本職は何? そもそも、女神なんてアルバイトでやるものなのか?

 俺が瞬時に疑問に思ってしまった、疑念が頭の中を駆け巡るが、それを言う前に、

「ああ、今、こっち・・・は好況で人手不足なのでアルバイト使わないと回らないんですよ」

 はあ? こっち・・・って……?

「まあまあ、お父さん、余計なことは考えずにここは内密にだよ。うち・・は副職厳しいんだ」

 その副職か厳しいうち・・とはは何なんだ! 

 話せば、話すほど、新たな疑問が頭の中にもくもくと湧いてくるツッコミどころ製造装置のロリ女神(アルバイト)様。

 しかし、

「それは置いといて……(ニコッ)」

「……っ!」

 女神(アルバイト)が笑顔でそう言った瞬間、俺の心にグッと押し込まれる強い力。俺は声にならない声をあげてその場に片膝をつく。

「……と。ちょっと力使いすぎちゃったかな。アルバイトでこれ・・になれてないから許してねお父さん」

 ちょっと申し訳なさそうな顔でぺこりとお辞儀する少女。

 俺は、その後すぐ、が弱まったのを感じて、やっと話すことができた。

「……で、女神様はこの後俺をどうすると?」

 どうも、聞いても答えてくれそうもなさそうな様子なので、余計な疑念をアルバイト……とはいえ、神様相手にするのはやめることにして、 彼女のペースにあわせて行こうと思った。

「もちろん、復活する前の説教だよ!」

 まあ、そうなるわな。お約束的に。

「えへん。私、今は神様だからね! お父さんでも容赦はしないんだよ! ああ、何しようかな? あれしようかな? それともあれがいいかな? あれもすてがたいな? へへ、お母さんには秘密だよ!」

 が、そのギトギトとした、なにやら強烈な欲望に満ちた顔が、どうにも説教ではなく、いったい何されるか少し不安になる。

「——っと! まずいまずい。せっかくのこんな機会なのでいろいろ妄想膨らましちゃった。今は仕事、仕事!」

 まあ、しかし、色々と思いとどまってくれたようなので、とりあえずそれ以上は詮索せずにおくが、

「で、さあ、——お父さん。じゃあ説教始めるけど……今回私が言いたいのはさあ……」

 なんだかちょっとお怒りモードの女神(アルバイト)様は、神力をビンタみたいにペシペシと使って来て、なんか痛いんだけど。心が。

「……なんであんなのに引っかかるのかな? なに? ロリコンなの? 幼女なら誰でもいいの!」

 今回、さらわれかけてるエルフの幼女を助けようと思ったら、実は彼女が真犯人だったというか、悪漢どもを殺して身ぐるみはいでやろうと思ってた悪人をカモにする悪人だったという結末。正直、幼女の可愛さに騙されて俺の警戒がおろそかになってしまっていたというのは確実にあるかもしれない。

「そうよ! そこ! そこなんだよ! お父さん!なに、他の幼女を可愛いと思ってるのよ! それがダメダメなんだよ」

 他の? じゃあ、誰なら良いのか?

「私! 私に決まってるじゃない! お父さんが可愛がる幼女は私だけ! 分かってる?」

『可愛い幼女はセナちゃんだけ』

 あれ? 俺の口が勝手に喋ってる。

「そう! そう! もう一回」

『世界で一番可愛い幼女は片瀬セナ』

 勝手に喋っているのだが、しかしそれは俺の意思でもあるというもやもやした状態。

「良いよ! 良いよ! その調子! さあ、もう一回!」

『セナちゃん天使! 大天使! 世界でこんな子一人だけ!』

 ん? なんだか喋ってると本当に自分がそう思っているような気も。

 しかし、

「オーケー! オーケー! ついでにママも褒めてみようか!」

『片瀬セリナはセナのママ。俺の一番好……」

 次の言葉はどうしても言えない。

「ん? 言葉、詰まっちゃっだめだね。さあ、思い切って、言っちゃいな!」  

『セリナは……セリナは……』

 俺の脳裏には、なぜか今まで一度も会ったことのない女性の顔が浮かぶ。上品で、優しそうで、とても綺麗な顔の美人。この人が片瀬セリナ? 今目の前にいる女神(アルバイト)セナのママ……で俺がお父さん? その意味するところは。

 俺は、感じる。この女性、片瀬セリナは、俺にとってとても大事な人であると。幾たびの生を繰り返してもそのたびに引かれ合う宿世の相手であると。

 しかし……。


「あちゃー! やっぱりだめか。やっぱりあの女が邪魔なんだよね」


 俺は、なんだかよくわからないままに心の中にどっと流れ込んで来た運命的な恋慕の情に身を焦がされるような気持ちになり、そのままロリ女神の命ずるままの言葉をこちにしてしまいそうになる。けれど、喜多見美亜あいつの、俺を非難して拗ねたような、なんだか少し不安そうな顔が脳裏に浮かぶと、——話しかけた言葉をぐっと飲み込むのであった。


「まあ、しょうがないね。のお父さんってまだママに会ってもいないんだし……こんなこといきなり言われても困るよね。こういうのはまずは会って、最初はお友達からだよね。そして三回目のデートでキスをして……きゃ! 私生まれちゃう!」

「…………」


 一人で言ってて勝手に恥ずかしがっている、どうもまだ性知識を間違って覚えてそうな片瀬セナ——ロリ女神様であった。俺は、どうにもどうして良いか無言になってしまうが、

「ごほん! ともかく! お父さんには反省してもらわないといけないのです」

「あ……はい」

「ん? 本当に反省しているのかなあ?」

 首肯する俺。

「……んんん。まあ、そういった、そぶりは見られますが……」

 豪華な椅子から立ち上がって、片膝ついたままの俺の近くにくると、 そっと手を俺の額に置く少女。その瞬間。俺は、俺の想いの全てが彼女に流れ込んでいくのを、そして彼女の想いが俺に流れ込んで来るのを感じる。まるで体が入れ替わる時のような、自分というものの境界がなくなっていく時の感じにそっくり、……というかこれは体入れ替わり? 俺は片瀬セナ——アルバイト女神の目で俺(今はユウ・ランド)を見ていたと思うと、今度は目の前にその女神自身がいるのを見る。

 そうして、俺の意識は体と体の間をぐるぐると周り、結構レベル高い聖騎士として過ごすことになった異世界を甘く見ていた反省とかが、女神の叱咤の言霊や慈愛の情と混じり合い、それらが心の中に、綺麗な、水晶のような結晶を作り出すにいたると、


「うん。まあ、いろいろ反省はしてるようだし。お父さんがお人好しのうっかり者でなくなったら、それはお父さんではないし、……今回はこんなとこにしますか」


 手を俺の額から離すと、ニッコリと笑うセナ——アルバイト女神様。


「では、もう一度この世界プラ・マジでの生を! お父さん……じゃなくてわが子よ。もうこんなところに二度とくるんじゃないですよ勇者……じゃなくてユウ者よ!」


 その、重々しく荘厳でありながら、ひどく眠気を誘う神の言葉を聞きながら、俺の意識はたちまちのうちに真っ白に——。


 そして、


「あっ!」


 俺は街の中心にある復活の神殿の中で石のベットに横たわっている自分に気づくのだった。


「朝か……」


 ステンドグラス越しに朝日が差し込んでくるのに、眩しくて目を細めながら、体を起こし、ゆっくりと、生まれ変わった自分の体を見つめるのだった。

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