第112話 俺、今、女子幼女救出中
——助けて!
その叫び声に振り返り見る、狭い路地の暗がり。光のまるで入らない、漆黒のその隙間には一見、ただの暗闇しかないように見える。
その中に、何かがあるか、誰かがいるかなどさっぱりと分からないのであった。
しかし……。
——男が三人。幼女が一人。
通りから連れ去られた瞬間を目撃した俺は、暗視のスキルを発動して、幼女が連れ去られた狭い路地を見通す。
幼女は、モヒカン頭で筋肉モリモリの、いかにも柄の悪そうな
人さらいか……。
俺は、気づくと自然に足が動いていた。
あの幼女を助けないといけない。
と思うより先に体が動いていた。
その前の時代は、街の自衛組織みたいなのか、軍隊とかが治安を守っていたのだと思うが、こんな場末の自衛組織なんて悪党ともズブズブだろうし、この都市は聖都であるので軍隊というものはなく衛兵が街を巡回しているなんてこともない。
でも、まあ、軍隊がいなくても、外敵に対する者は必要だ。
いくら聖なる都だからといって、神が恐れ多くて誰も手を出さないというほど信仰心の高い連中ばかりがこの世界に住んでいるわけでもない。
いや、この世界「に」ではないな。俺の世界でも宗教の中心地だったからといって侵略を受けなかったという例はほとんどない。むしろ、異教徒や、場合によっては同じ宗教でより正当性を主張する一派から侵略を受けて征服されるなんてことは枚挙にいとまがないと言って良いだろう。
ともかく、そういうわけで、俺の世界と同様に、この世界の聖都にも街をまもったりする組織が必要なのだが……。
——それって聖騎士。
俺じゃん!
「お前ら止まれ!」
というわけで真っ暗な路地に突進した俺は剣を抜きながら前の誘拐犯三人組に向かって言う。
「なんと、聖騎士様か」
「……こんな時間にこんなところまで見回りとはご苦労様で」
「それとも、ここいらでお楽しみですか? 娼館には女あいての商売男もいっぱいだからね!」
へへへ、と下卑た顔つきでいやらしく笑う三人であった。そのへりくだった態度が見せかけの恭順の意であることがあきらかだ。なにせ、その、こちらをバカにしたような目つき。いやらしく、通りで女を見定めている男たちのような。
「……うるさい、止まれ。そこの子供を離せ」
俺は、背筋が、——恐怖でなく、おぞましさにゾッとしながら俺は三人に向かって言う。今、俺が、体が入れ替わっている聖騎士ユウ・ランドは、相当な美少女であるだけでなく、——その鉄の胸当てを押し上げるビッグバン、鍛え上げられた腰のくねり、スラリと伸びるヒョウを思わせるようなしなやかで強靭な足、——つまり体も相当なもので、……そんな俺を見る男たちの目は、明らかに俺をそう言う意味で狙っているものの目であった。ああ、気色悪い。
「離さぬなら……」
言葉に殺気をこめながら、俺は、手にもった剣に霊力を込める。すると剣は、暗闇を切り裂くかのように、強く光り始める。俺がレベル50となって獲得した力、ライトニング・ソードであった。
「「「——!」」」
悪党どもが、緊張して息を飲み込む。
ああ、これを受けたらお前ら一瞬であの世行きだよ。
今のところの俺の最大の戦力。こんな小悪党くさい連中につかうにはもったいない必殺の破魔の剣である。
まあ、本気でこいつらにこれ使うというのはオーバーキルすぎるし、街路も破壊しちゃいそうだから、今光らせている最大出力でそのまま斬りつける気はないのだが、悪党たちの小馬鹿にしたような態度に頭にきた俺は、警告の意味もこめて、チンピラどもでも明らかにやばいとわかるように思いっきり剣に
だが、
「これは、ぶっそうな。聖騎士様、わたしらがいったい何を……」
なんかまだ余裕がある態度の誘拐犯たちである。
剣の光に照らされた大男は、困った、あせったような顔つきだが、しかし、口元が下品に吊りあがり、目は獲物を狙う猛獣のようで、——怖がっているのは、明らかに演技であった。
「そこな子供を離せといっている」
「
大男が、小馬鹿にしたような口調で言う。俺が、こいつらの言葉など信じていないのに気づきながらも、まったく怖れている様子はない。三対一とはいえ、聖騎士を前にして、なぜそんな余裕の態度でいられるのか?
ああそれは多分、
「子供が助けてと言っておる」
「……はは、それはこの子が夜の街の探検に出かけたもので、少しお灸をすえましたら、また逃げ出そうとしていたのでね」
「愛の鞭だよ、愛の鞭。我らの子供のしつけに聖騎士様とて口出ししてほしくないもんだね」
三人の中でも、一番、性悪そうなリザードマンが、長い舌をちょろよろと出しながら言う。
こう言われたら、お前は手出しできないだろうとでもいいたげな、余裕の表情。ああ、確かにそうだな。それならば、猫みたいな好奇心にかられて夜の街に繰り出した子供が悪い。本当ならな!
「子供よ、本当か?」
俺は、大男の肩で怖がって震えている子供に向かって言う。
「…………」
無言で、かすかに、しかし確かにコクリと頷く幼女。
「ほら、聖騎士さま。本当でしたでしょ。この子が、夜の街を一人歩きしたりしたならば危険なのでこうやって仲間を頼って探しておったというわけです。……ああよかった今夜は運が良かった。こうして大事な子供を見つけることができた!」
しらじらしく大笑いする大男。
俺は、明らかに嘘とわかるその男の言葉にイライラしながらも、男が幼女の首の根を抑えて肩に背負っているので迂闊な動きができない。
俺が、ちょっとでも不審な動きをしたら、世紀末チンピラ風の大男は、華奢な子供の首を瞬く間にひねり殺してしまう、——もしくはそう言って俺を脅かすことができる。
このままでは、俺は何もすることができずにこうやってずっと睨み合ってしまうことになってしまう。いや、そんなままでいるつもりはないけどね。
「ほう。では、せっかくここであったのも何かの縁だ。私も、お前たちと一緒にその子が帰るのに付いて行ってあげるぞ。夜道は危ないだろう。この聖騎士隊長たるユウ・ランドがお供いたすぞ」
と、俺は事態を動かすべく、絶対相手が受け入れられないような条件を提示する。
「——うっ。いやいや、お忙しい聖騎士様のお手を煩わすようなことは……」
俺の言葉に、ちょっと困った様子になるモヒカンの大男。いくら見かけが強面でも、チンピラレベルの三人が聖騎士に挑んでもまともに勝負になるわけもない。今は口八丁で、俺をこの場から引き離すしかないが、俺が警護でについていくと言われたら、それを断るわけにもいかない。
「いやいや、今宵はちょうど暇をもてあましていたからな。そんな時には街の人々の安全を守るのも聖騎士のつとめ」
「いえ、いえ、大事な聖騎士様の時間をこんなことに費やさせるわけには……」
「暇だと行っている」
「……」
「……」
だが、絶対俺を一緒に連れて行く気なんてない悪党どもはなんとか俺を言い負かそうとこうと場を重ね。
こりゃあ、膠着状態。——根比べだ。
柳に風の押し問答。いくら話しても話が噛み合うわけもなく。
ならば、この会話の結末は、どちらがこの猿芝居に飽きて素に先に戻ってしまうかだが……。
「
「そろそろこんなの放っておいて、帰って寝ましょうよ。酒もさめてきちゃったし」
モヒカン大男の舎弟二人の方がもう芝居をするのが面倒臭くなってきてしまったようだ。
「そうさな……」
大男も、そろそろこの茶番に飽きてきている様子。
「聖騎士様に護衛されて家に帰ると言うのも、恐悦至極と申すべきであるがな、……着いてこられて粗末な我が家を見られるのも恥ずかしい。ここは……」
男は、幼女は肩に抱えたまま、腰の袋から短剣を取り出して構える。
「……力ずくでも退散願うか」
「へへ、兄貴。そうこなくては」
「いっそ、こいつも誘拐しちゃいましょ」
もう、目的を隠す気もない連中であった。
残りの二人も、一瞬前とうって変わったどう猛な顔つきになると、牙と爪を俺に向けて突き出す。
ああ、こいつらチンピラなりに修羅場をくぐり抜けてきているなとわかる、隙のない構え、布陣であった。聖騎士たる俺とは個々には相当のレベル差があっても、迂闊に攻め込んだらやられる。そう思わせるだけの凄みを感じさせる三人の眼光であった。
しかしだ……。
ちょっと気になることがある。
本当にこのまま戦いになるのなら、隊長にまでになった聖騎士の俺が霊力を使い慎重に剣を震えば勝負にはならない。どうみても、幾多の修羅場を生き残ってきたと思われるこの連中に、それがわからないわけがない。なのに、俺に向かって、むしろ余裕を持っているようにさえ見えるあの態度。
つまり……。
「——そこだ!」
俺は、背中に、瞬間感じた殺気を頼りに剣を後ろ回しに振るう。
「うげっ!」
倒れる、翼をもった男——ハービーか。
そいつは、何か気配を消す魔法をかけながら、その鋭いくちばしで俺の背中を切り裂こうとしていたところだったようだ。しかし攻撃前の一瞬の殺気を、俺——というか聖騎士ユウ・ランドの感覚が見逃すわけがない。
「まずい。逃げるぞ」
「「おお!」」
どうもこの奇襲に全てをかけていた様子の三人は、これ以上は不利とあっさり逃げ出すことに決めたようだった。
しかし、
「無駄だ!」
「ウゲ!」
「グワ!」
「ヒ○ブ!」
幼女を人質にとって抵抗をしようとしてたのならもう少し手こずっていたかもわからないが、背中を向けてただ逃げようとするなど、疾走の術をもつ聖騎士相手には自殺にも等しい。
「
短くそう詠唱し、あっという間に彼らに追いついた俺が剣を打ち付ければ、そのままあっさりと地面に転がる悪党三人。まあ、殺さないようにライトニング・ソードは
こんな連中、この世界では殺されてもどこからも文句も、人権による非難もやってこないだろうが、まあ無意味な殺生をするのも気がひけるし、どうせ余罪も沢山だろうから、それもしっかり吐かせて罪を償わせてやろうと思ったのだ。
なにせ、
「君、大丈夫……」
「うわぁあああああああああああん!」
こんないたいけな幼女をさらって行こうとした悪党連中だ。
「ほら、もう大丈夫だから。泣き止んで」
「うわぁあああああああああああん! うわぁああああああああああああああああああああああん!」
助けられて安心したのか。一気に我慢していた涙が溢れ出してきている。そんな感じの幼女であった。
それも……。
深くかぶった帽子の脇から飛び出ている尖った耳。どうやらエルフの幼女? 長命で知られるあの種族は、その寿命に反比例して子供の数も少なく(そうじゃないと世界はエルフで溢れかえることになる)、それに住む森から出てくる者も少ない。——ましてや子供のうちに都に出てくる者などほとんどいないので、……子供のエルフを見ることなど、このファンタジー世界の者でも滅多にあることではないのだが、
——かわええ。
怖くて、泣きじゃくりくしゃくしゃになっているところで不謹慎であるが、そん顔もとてつもなく可愛い、美形種族の美形幼女であった。確かにこれなら拉致したがる連中の気持ち……。
いや、いや。
今はそんな場合じゃない。
まずはこの子を、こんな治安の悪いところから連れ出して、聖騎士の夜間詰所にでも行ってひとまずの保護をしてもらおう。
「ひっく! ひっく! うわぁあああああああああああん!」
「ほらほら、大丈夫だよ、そんな泣かなくてもう悪い人は倒したからね」
でも、この号泣状態で連れ歩くのはなんなので、流石にもう少し泣き止んでもらおうと、しゃがみ彼女の頭を撫でながら、もう安全なったことを説明するが、
「ひっく! ひっく! でも、でも悲しいんだもん……泣いちゃうよ」
「——?」
俺はエルフ幼女の言葉にちょっとひっかかりを覚えた。
——悲しい?
悲しくて泣いている?
怖くてでなく? なぜ?
なぜ悲しい?
それは、
「だって、お姉ちゃん、せっかくの今晩の獲物をとっちゃうんだもん」
「えっ!」
俺は自分の腹に突き刺さった違和感が、すぐに激痛に変わるのに気づく。
「しょうがないよね。連中殺して、懐のあぶく銭かすめるだけで今夜は我慢してやろうと思ったのだけど……邪魔したお姉ちゃんも巻き添えにするしかないよね!」
と満面の笑みでいうエルフの幼女の天使のような顔を眺めながら、俺は気づいた。
今、俺が死につつあることを!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます