第109話 俺、今、女子異世界残留中

 ユウ・ランド。聖騎士。

 ゲームプライマル・マジカルワールドプラマジの俺の設定した(はずの)キャラクター。俺が彼女の顔が映ったモニターとキスしてしまって入れ替わった相手。

 そして、その中世風世界からやってきたユウ・ランド——聖騎士様は、喜多見美亜として現代日本の見も知らぬその街を探索するうちにある人物にであってしまったのだという。

 それは……。

 クラスの女帝——生田緑であった。

 生田緑。ちょっと前まで俺が入れ替わっていた相手。クラスのリア充のトップであり、今後は日本の政治リアルでもトップを目指すかもしれないごつい家柄のごつい娘である。

 いや、——ごつい・・・といっても、容姿がごついのではない。それはどちらかというと華奢だ。学校一のクールビューティでしられる生田緑の外見はといえば、柳腰りゅうようなしなやかな体に、繊細で綺麗な顔つき。弱々しいと言うほどではないが、決して頑強な様子ではない。

 しかし、彼女がごつい・・・のは外見ではない。その華奢に見える体の内面に、ごつい芯がある。それは体から溢れ出てまるでオーラのように彼女にまとわりついている。その意志。運命。天が選んだ人物としてのカリスマが生田緑を生田緑たるものとしているのだった。

 だから、

『正直、逆らえる気がしませんでした』

 後にユウ・ランドから聞いた言葉である。喜多見美亜あいつの体に入ってやってきた夕闇の駅前を、人混みに紛れながら観察していた彼女は、自分を強く見据える視線に気づくと、

『あら、美亜……というか向ヶ丘くん、こんな夕方に一人でどうしたの?」

 そこに立っている人物の視線に射すくめられ、立ち止まってしまったのだった。

『新米冒険者時代、うっかりドラゴンの尾を踏んでしまったときのことを思いだしましたよ』

 そして、これは逃げられない、うっかり動いたら殺されると思ったそうだ。

 そういうとき、弱者にできるのはただ嵐が過ぎ去るのを待つのみ。言われるがままカフェに連れて行かれた。すると、そこに俺の体に入れ替わっている喜多見美亜あいつから電話がかかってきたということらしかった。

 まあ、さもありなん……というか生田緑のおかげで最悪の自体は避けられた。

 このまま聖騎士様がどっか逃げるとか、現代日本で暴れて犯罪者になるとかそういう危険はこの後少なくなった。

 ……でいいよな?

「そうね、緑が言うにはランド嬢は恐ろしいほど平身低頭で言うこときいてるらしいからもう逃げたりはしないし私を縛ったりもしないと思うけど……」

 けど?

「まだ夏休みならまだよかったけどね、もう学校始まっているし」

 そう。彼女が暴れなきゃいいと言うものでもない。現代日本に、体入れ替わりで転移してしまった謎中世世界の聖騎士様はこのあと俺の通う高校に行かなければならないのだ。現代日本の常識がまったくない。学校の勉強もまるでしたことはない。もちろん喜多見美亜あいつの交友関係やクラスの力関係なども把握してない。そんな異邦人が学校に解き放たれるのだ。

 このままだと、いったい何をやらかすのか……。

「戻るように頼めないのか?」

 俺は、彼女を説得することを提案する。

 それは、もちろん、

「戻る? ……ゲームの中に」

「そうだ」

 ここがゲームの中なのか、本物の異世界なのかそれはよくわからないがな。

「きっとキスをすればまた入れ替わると思うのだけど」

 ともかく彼女にはこの世界に戻ってきてもらいたいというのが俺の切なる願いだ。だって、このままだと俺が週末の魔法帝国の侵攻と戦わないといけなくなる。

 まずいよそれ。怖いよマジで。ゲームと違って俺今本気で痛みとか感じるようだし、果たして死んじゃったらリプレイできるのかもわからないし。

 ちょっと、平和な現代のほほんと生きてた高校生には荷が重いよこれ。

 ——だから、聖騎士様には元に戻るようにと生田緑からガツンと言って欲しいのだが、

「一応それは緑経由で言ってもらったんだけど……」

 実は、もうとっくにそんなことは提案していたようだ。

 そして、

「でも、だめなのよね。いくら緑が怖くても、今の状況がもっとはっきりするまではそんな怪しい賭けにはのれないの一点張りらしくて」

 かなり、警戒されているとのことであった。

 無理もない。わけがわからないままに入れ替わってやってきた俺の世界。現代日本である。見るのも聞くのも初めてのことばかり。ユウ・ランドにとっては全くの異世界。

 今自分がいるのは本当の「世界」でなく魔術師による幻想、まやかしの類かもしれないとも言っているようだった。自分は敵にはめられてしまって偽の世界に囚われているのかもしれない。彼女は今の自分の境遇をそんな風に思っているようだ。

「とはいっても、この日本のことも本気でまやかしかなんかだとは思っているわけではないようだし、緑のこと本能的に恐れているのか結構言うことは聞いてくれそうだけど……」

「時間がかかるかもしれないか……」

「そう」

 俺が聖騎士様に頼もうと思っているのは、彼女からしたら訳のわからない、コンピュータ——動く絵の中に入れということだ。確かに、それは警戒されてもしょうがない。自分をその絵の中に封じ込めようとしているのではないかと思っているのかもしれない。すると、そんな不安をもたれてしまったら、体入れ替わりは起きないかもしれない。

 今までの経験上、俺に起きている体入れ替わりはそれ・・を望むことが必須に思える。もし、聖騎士ユウ・ランドを生田緑に圧迫面談でもしてもらって説得して、なんとか無理やり画面にキスをさせてみても、『入れ替わりたい』『戻りたい』と思わなければそれはうまくいかない可能性が高い。

 ユウ・ランドには納得してそれ・・をしてもらわなければならないが、それまで少し待たなければならないとなるのだろう。

 でも、ならば、それまでの間、

「学校では、私や緑、百合さんでなんとかサポートしようと思うけど、正直結構前途多難な感じはする……」

 ああ確かに。俺もこのままではクラスは結構大混乱になるのではと思ってしまっていた。

 いままで喜多見美亜あいつに入れ替わったのは、なんだかんだで喜多見美亜あいつという人物がどういうものなのかわかっていて、その置かれている環境の理解もある身近な現代日本人たちであった。もちろん、赤の他人と入れ替わったそれぞれがなりきるには、学校で家庭でそれなりに苦労はあった。特にオタクぼっち男子の俺がどうやってリア充女子高生のふりをするというのは大変な難問であったが、それにしても、まだ置かれている状況、その背景には理解があるのだった。

 ところが、ユウ・ランドは剣と魔法の謎中世風世界からやってきたのだ。そこでのリアルといえば肉弾相打つ戦いなのだ。魔法と剣が交錯するダンジョンや戦場なのだ。そんな奴がやってきたら……。

 ああ、あれだな。

「……んどうしたの。『あっ……(察し)』ってどうしたのよ」

 どうも俺の心が、画面の向こうにいるだろう喜多見美亜あいつにはテキストで伝わったようだが。これは戦場ボケの高校生が平和な学園に現れたらってやつで、あのロボットアニメフル○タル・パニックの本編じゃなくて「ふ○っふ」の方が繰り広げられるな。

「いや、問題ない」

 そう思うとおれの口調は自然と軍曹のものになる。

「……? なによ、その喋り方。また何かのキャラの真似」

「肯定だ」

「? ともかく、今日はこれ以上考えてもしょうがないけどね。あの聖騎士様は緑が私の家まで送り届けると言われたから。そのまま、できるだけ家族とは何も話さないで部屋に引きこもるようにと伝えてもらったわ」

「問題ない」

「いや、問題ありありだけど……、というかその喋り方へんだからやめなさいよ」

「肯定だ」

「だから……」

 ああ、喜多見美亜こいつのオタクコンテンツ視聴歴はまだまだ浅いからこの作品までたどり着いてないな。まあ、それも幸せか。もし知っていたら、自分の体に入った傭兵が引きおこす学園コメディの想像がついてしまうからな。世の中、知らない方がいいことってあるよね。無用に不安になるよりよい。

 今は、それよりも、

「まあ、いいわ。そっち、……ゲームの中は今何時か知らないけど、こっちはもう日が変わりそうな時間よ。いい加減寝るわよ私」

 それがよい。

「ああ、こっちも夜になってきたので俺も寝……果たしてゲームの中で寝れるかわからないけどためしてみるよ」

「——そうね。じゃあまた朝にはログインするけど、それまでそっちゲームで何か起きたらその時教えてね」

「わかった、肯……」

「はあ?」

「……おやすみ」

「はい。その変な話し方も朝まで直して起きなさいよ」

「ああ……」

 ——肯定だ。

 と、俺は心の中で言う。

 それがゲームの画面中にどんな表現で現れたのかはわからないが、

「それじゃ、おやすみなさい」

 ひとまずはそれ以上俺に突っ込んでくることはない喜多見美亜あいつのアバター、目の前のパチモン魔法少女は、疲れ切った顔で一礼をするとそのまま俺の部屋から出る。


 そして数瞬。下から宿の女主人に挨拶をしている声が聞こえてきて、慌てて窓の外を見れば、さっきまで俺の部屋にいた魔法少女が道を歩き始めたところだった。

「まてよ……」

 それを確認した俺は、あることを思いつき、試してみようと思う。

「おい、クソリア充! 健康バカ!」

「……?」

 試しに罵倒の言葉を投げかけてみたが、その少女は不思議そうな顔をしながら振り返るが、俺と目が合うとにっこり笑い、そのまま道を去っていく。

「ああ、これは……」

 どうやら、喜多見美亜あいつはログアウトを完了したようだった、その少女は俺が次の瞬きをしているその間に、どこかに消えてしまったのであった。

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