第105話 俺、今、女子異世界転移中?

 「は?」


 思わず、声がもれた。 

 多分、その虚をつかれたような声にふさわしいアホ面をさらしていただろう俺は、中世ヨーロッパ風の街の中に立ち、呆然と周りの様子を眺めていたのだった。

 レンガ造りの建物に石畳の道。それっぽい服装の民衆や、騎士や聖職者らしき人々の間を走るのは馬車。

 なにこれ?

 俺は、——タイムスリップしたのか?

 いや、時間移動しただけだと日本にいなきゃいけないから、地理的にもヨーロッパに移動?

 ——あっ、でも地球は自転してるから、時間移動した時、今まで俺がいた位置が今は中世ヨーロッパの場所だったとか?

 いやいや、そんな都合の良い偶然あるかな?

 地球の大半は海や山や森や砂漠やあんまり人の住んでいないところで、都市部なんて面積的には僅かなんだから、たまたまそんなところに現れるって言うのはずいぶん確率ひくいよな。それに、地球は公転もしてるから、宇宙の中での同じ位置に現れたら何もない宇宙空間に現れる可能性が高いよな。

 というか、地球が回っている太陽系は銀河を回っているから、宇宙で同じ位置なら確実に俺は真空の中に放り出されるな。もう死んでるな。じゃあこれは死後の世界なのか? それとも死んで転生して中世ヨーロッパ風異世界に……?


 ——って、待て待て!


 俺ががタイムスリップで虚空に放り出されるのが確定したわけじゃないだろ……。

 おちつけDon't panic

 気づくと中世風世界にいたのでついついタイムスリップを前提に事態を分析してしまったが、余計な色眼鏡無しで事実を確認しなきゃな。

 こういうのなんだっけ? オッカムの剃刀っていうんだっけ? 必要ない仮定はごくごく切り取るべきってやつ。

 というわけで、俺に起きていることを列挙して、頭の整理をすると……。


 ——俺は、今、中世風の世界にいる。

 ——その前は、体入れ替わりしてから久々に戻った自分の部屋で、久々に自分のパソコンでゲームをしていた。

 ——そのパソコンのディスプレイに顔を近づけて、ゲームの中のキャラクターを間近で見ていたら、あいつが後ろから倒れてきて、俺はキス……!


 あっ!


 これって……。

 多分……あれ、だよな。


「おっと、ごめんよ!」

「えっ……」


 通りすぎる時に肩に軽くぶつかったので、振り向いて俺に謝って来たのは、犬耳のおっさん。

 ——?

 そのおっさんは、顔を戻すとそのまま前に進み、道端の屋台の猫耳のおばさんに声をかけ何か買おうとしている。

 ああ、やっぱり、ここは中世じゃないな。少なくとも俺の世界の中世ヨーロッパじゃない。

 街なかには、よく見ると、犬耳や猫耳だけでなく、エルフやドワーフ、リザードマンや狼男。俺の世界では想像上の生物にしか過ぎない者たちが随分と混ざり込んている。

 これは……。

 ——今日はハロウィーンで街の人々が仮装している?

 ああ、そういう可能性もあるかもしれない。

 でも、もう一度オッカムの剃刀だ。

 気づけば中世風の街中にいるという異常事態に、たまたまハロウィーンという偶然を重ねる? それはあんまり良い推論ではない。

 それに、もし、仮装だたっとしても、ハリウッド大作のSFXかってくらいのレベルの高いのを街ゆく人たちの数分の1くらいの人たちがしているってのはありえないだろ。

 逆に、もしハロウィーンの仮装だったらもうっちょっとレベル低い、ただお面かぶっただけの奴とかいないとおかしいし。そもそも中世世界風ファンタジー縛りで街中が仮装しているなんてないだろ? となると……。

 

 ——というかもう答えはわかっているのだが。


「隊長!」

「ん?」

 

 振り向くと俺の後ろにいたのは小さな女の子。——ではなくてドワーフの女鍛治、

「……ルン?」

 俺は、おそるおそる彼女に話しかけるが、

「隊長こんなところに出歩いてどうしたんですか? 二、三日休んでるって言ってたじゃないですか?」

 ああ、本当に彼女らしい。俺の知り合いのドワーフ。それはもちろん、

「ああ、ちょっとわけがあって……少しパソコンをひらいた……」

「おっと!」

「……ゲーム中はキャラになりきって、中の人ネタは禁止ってルールだよ」

「ごめん……」

 間違いないようだった。

 このドワーフ——ルンは俺の知り合いだ。

 知り合いと言ってもゲームの中の知り合い。俺が夏休みの最後にはまったゲーム、プライマル・マジカル・ワールドの新マップ、ブラッディ・ワールドでの仲間のキャラクターだ。

 そして、その、コンピュータの向こう、画面の中の存在でしかないはずのキャラクターが実在の亜人ドアーフとして俺の目の前にいる。

 いや、そんなことをいうのなら……。

 この、周りの風景はまさしくそのゲームの中の聖都の街角そのもので、俺はそれがまるで本物のように見えていて——、というかここは俺が直前までモニター越しにみていた場所。

「まさか……」

 俺は、喜多見美亜あいつが後ろから倒れて来たのに押されて、ゲームのキャラクターとキスをしてしまったことを思い出す。

 それならば——!

 今、俺がとらわれている、キスをすると体が入れ替わってしまうという超常現象。

 それが、仮想のゲームの中のキャラクターとの間で成立してしまった?

「どうしたんですか? ランド隊長……何か気になることでも?」

「いや、なんでもない」

 俺は、動揺を隠しながらももっと事態がはっきりするまではと、ルンに対しては平静を保つが……、でもなんだろこれ俺は向こうから画面の中のキャラクターに見えてるのかな? 俺の会話はチャットになって変換されているのだろうか? それなら、実際に口にだな負ければ、口調や表情はあまり気にしなくても、

「でも『まさか……(汗)』とか言ってましたよ」

 だめなようだ。

「……ちょっと気になることあるのだけど……私用の件なので……」

 なので、動揺はゲームのプレイそのもの・・・・には関係ないという事実をつたえてこれ以上の追求は無しにしてもらおうと思うが、

「それならよいですけど。悩みがあったらあまり抱え込まないでくださいね。我々は仲間なんですから」

 ありがたい申し出である。正直、今の状況相談したくてたまらないが、

「ああ……ありがと。でも本当に大丈夫だから」

「まあ……それなら」

 今事実を伝えても信じてもらえそうもないし、混乱をきたすだけと思い、

「ところで」

「はい?」

 俺は話題を無理無理変える。

「私は、このあとちょっと用事があって……」

「えっ、そうですか? ソロでダンジョン潜るとかじゃないですよね」

「いやいや、そういうやんちゃなのは聖騎士になってからやめてるから」

「ええ、そうかなあ。この間も『気楽に自由にやれてた冒険者時代がなつかしいな』とか言ってたじゃないですか」

「いやいや、それは設定の話だから、俺はゲーム始めた時から聖騎士だから……」

「あっ、中の人会話はダメじゃないですか!」

「ごめん、ごめん。……気をつけるよ」

「めっ! 絶対ですよ……それじゃ隊長用事があるならここで」

 ちょっとすねたような表情をしながら、でも本気で怒っているのではないと伝えるような悪戯っぽい笑みを浮かべてからルンは去っていく。

 一体画面の向こうでどういう操作をすればあんな複雑な表情になるんだと、ゲームでのキャラクターの、のっぺりとしたCGを思い出す。表情を操作するコマンドはなかったと思うが、文脈を読んで感情をこめるのか、それとも中の人の心がそのまま反映されるのか?

 でもそれはここがゲームの中の世界だったとしたら、——だ。

 今のルンとの対話から考えて、向こうは今ゲームをしていてその中で俺とコミュニケーションをとっている。少なくとも、そのつもりなのは間違いないが、俺がいる今のここがゲームの中通は限らない。

 俺の世界からはゲームだと思ってつながっている異世界? そういう設定の話何度も読んだことあるな。——そうなのかもしれない?

 何というか、今、自分のいるこの世界のリアルさがハンパない。ラノべなんかでよく出てくる脳に直接世界見せるようなVR技術があるならわからないが、現在立体視くらいならともかく、五感もすべてが感じられるそんなデバイスがあるとも聞いたことがないし……。


 まあ、ともかく、何が正解かはおいておいて、少なくとも俺はプレイヤーとの交流が図れることは判明したので、

「NPCか……」

 プレイヤーのいないキャラクターとの交流が必要だなということに思い至ったのだった。

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