第98話 俺、今、女子来客中

 は?

 俺は、生田緑のじいさんの予想外の様子に戸惑ってしまった。

 ——なんというか、いつもの迫力がまるで感じられない。これじゃ、孫が友達を連れて来たのを喜んでいる普通のじいちゃんというか……。

 いや、まあ、孫が連れて来たのは確かに友達なので、そんな時までも、いつもの政界の重鎮然とした強面ご老公でないのはおかしいとは思わない。

 そんな、風に自らを見せているのかもしれないっ? っては思う。

 場面により自分をうまく使い分けるのは、長年生き馬の目を抜くような政治の世界で生き残ってきたこのじいさんにはお手の物。せっかく生田緑の友達がやって来た時に、いつもの頑固ジジイの様子を見せて生田家の印象を悪くする意味はまるでない。

 そういうプラグマティックな功利こうりを考えての今のじいさんの様子とも思えなくない。

 でも、違う?

 ——このじいさんは、確かに超絶怖いし生田緑に鬼厳しいが、本質は孫を溺愛している甘々じいさんなんじゃないかなって俺は思ってたんだよな。

 厳しさの中にもいつもある気遣いというか、——その厳しさの大部分は実は孫を甘やかさないために自分に厳しくしているために使われているというか、——孫に甘々の自分を律するための厳しさ。生田緑を前にした時のあの過剰な迫力の正体って、本当はそういう物なんじゃないかと俺は思っていたのだった。

 その本質が出たのが今目の前の状態じゃないか? 孫の生田緑が友達を連れてくる今日は自らの厳しさ、いましめを取り払えば、出てくるのはちょっとだらけた顔をした普通のじいさんが今日は現れた? 俺はそう思いながら政界で鬼と呼ばれたらしい重鎮のかを改めて見て……。

 いや、「普通のじいさん」というにはやはり少し迫力ありすぎだけど、

「どうそみなさん、中に入ってくだされ……」

「は、はい!」

「……」 

 ほら、喜多見美亜あいつがビビりまくっている。

「遠慮なさらずに……どうぞ……」

「は、はい!」

「……」 

 喜多見美亜あいつは、この家に来るまでは、「怖いじいさん」とか聞いてもあいつのゆるい家庭から想像した範囲でだけ想像してたんだろうけど、今のまろやかヴァージョンでもあいつの予想をだいぶ上回ったようだ。怖さが。

 でも、俺はいつの間にか、、このじいさんの迫力に結構慣れてきたんだろうな。

 だから今日なんか違うことがわかる。

 じいさんの外見はあんまり変わらなくとも、内面がなんとも穏やかというか、少し、——それはなんとも、なんというか……、

「うむ……では緑、皆を案内頼むぞ」

「あ……はい。どうぞ」

 俺がじいさんのこの様子になんか微感じる、妙な感情の正体をつきと目用としている間に、来客の案内を頼まれた俺はみんなに家の中に上がるようにと言うのであった。


 というわけで、何か準備しにでも行ったのか、用事でもあるのか、自分の書斎に消えたじいさんを見送ってから俺らは旧家の廊下を進む。向かうのは家の奥にある畳敷きの客間。

「へえ、こっちに通せって指示なのかしら」

 家の奥に進み始めたら驚くような表情で言う生田緑。

 首肯する俺。

 女帝は、その奥に通せと行ったじいさんの指示が意外だったらしい。

 生田家は政治家の一族であるのでやたらと来客が多い。なので玄関脇に、高級そうであるがいかめしい感じの家具やら調度品やら、賞状やら勲章やらがならんた応接室があるのだが、——今日みんなを通すのはそこではない。

 俺が今案内するのは、もっと家の奥にある、もっと親密な来客をもてなすときに使うらしい部屋。そこに入るというのは、

「これは親しい相手として認めてくれてるってことよ」

 生田緑の言葉にまた首肯する俺。

 ——なんとなくそういうことだと、俺も思っていた。

 生田緑と入れ替わって日が浅く、もちろん、まだ、この家の事情なんて良くわからないことだらけではあるが、玄関先の応接室で対応するときと家の奥まで案内するとき、数度あった来客の際のその差が、感覚的に理解できていたのだった。

 そして、女帝——生田緑の今の話からも俺の思っていたことは間違いでないと証明された。一度あまり仲のよさそうでない親族がやって来た時には応接室で要件が済まされたので、身内やプライベートであると奥に通されると言うわけではない、親しくする人だけが奥に案内されると俺は思っていたのだが、——それで間違い無いらしい。

 だが、しかし、ならば、


「なんでかな?」


 俺はみんながその部屋に入り客間の扉を閉めてから生田緑に尋ねた。

「なんでかって言っても……そのままの意味しかないわ。孫娘の友達は身内として扱ってくれたのよ……って以上は言いようはないわ」

「それはわかるけど……今日の相手はそういうのじゃないだろ」

 生田緑の縁談の障害になっている思い人という設定である向ヶ丘遊——中身は喜多見美亜あいつである——がやって来たのだ。もう少しつっけんどんな対応となってしまうのではないか? 俺らは事前に、そういう予想をしていたのだった。

 しかし、

「私ももっとギスギスした対応になると思ったのだけど……あんな機嫌の良いおじいさんはしばらくぶりに見たわ。それはもう記憶もおぼろげな幼女時代とかそんな時期以来で……」

 と女帝も同意。

 すると、その話を聞いて、「あれで!」とかびっくりしていた喜多見美亜あいつ

 確かに、あの猛獣っぽいじいさんを初めて見たらそう思うのもわかるが、慣れてくれば外見の迫力に圧倒されずにその心の機微も、——少なくとも俺も多少はわかるようになってきていたのであった。

 うん、間違いなく、あれは機嫌が良い。

 でも、機嫌が良いならばこそ、

「作戦変更かな?」

 と俺は言った。

「なんでかしら?」

 と喜多見美亜あいつの顔を意外そうな表情にしながら言う女帝。

 俺は、その疑問にこたえて言う。

「事前に練ったの作戦では、きっとじいさんは、不機嫌に喜多見美亜あいつを扱うと想定していた。その中で粘り強く交渉しようと思ってた」

「そうね。美亜には、おじいさんの嫌味にも耐えてもらって、なるべく好印象とラブラブを演出。所詮孫娘も高校生。歳相応の恋愛もあるので縁談を決めるのは時期尚早と思ってもらう——という作戦だったわ」

 うん。そのとおり。

 そのとおり、だから……。

「だから……じいさんが好意を持っている段階でそんな押し込みをしたら……」

 俺は「あんなの無理! 無理!」と実物を見てからビビりまくっている喜多見美亜あいつを無視して言った。

 しかし、

「……? なんでダメなのかしら?」

 生田緑は同意しない。

 俺の懸念が伝わっていない?

「だってほら……」

「作戦がうまくいきすぎることを心配してるのかしら?」

 いや、伝わっていたようだ。

 女帝の言葉に首肯する俺。

「……縁談の話が出ている時の今回の作戦だよ」

 今回、俺たちは、生田緑に縁談を決めてもらおうとしている相手を排除しようという作戦をしているのだ。

 家柄から性格、学歴や将来性も抜群な完璧超人のイケメンを、生田家としても絶好な機会であるその相手をあきらめてもらおうと思っているのだった。

 正直無理目な作戦、良くても戦略的撤退、——孫娘も悩んでいるので御曹司との縁談を決めるのを少し先延ばしにしてもらうことくらいしかできないと思っていた。

 でも、もしこの作戦の前提が違って相手じいさんがあんな状態ならば、

「縁談の相手をあきらめさせて、その代わりに向ヶ丘遊が……」

「かわりの縁談相手として生田家に認められることを心配してるのかしら?」 

 俺は、生田緑が俺の懸念を理解してくれていることに一瞬ほっとするが、


「あら? 私は構わないわよ」


 彼女は、予想外で、衝撃的な言葉を淡々とした表情で言うのであった。

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