第94話 俺、今、女子占い中
喜多見美亜が、つまりは今あいつが入っている体の持ち主である俺——向ヶ丘勇が生田緑の思い人になる。
それがあいつが考え出した事態収拾のための最終案だった。
女帝——生田緑の見合い相手、現役議員の息子の御曹司敬一さんとの縁談を断るため、女帝と俺が付き合っている……。
——ふりをする。
そう、あくまでもふりをするだけだ。
当たり前だ。そんなわけがない。
リア充の女帝と、ぼっちオタクのカップル。
もし、クラスの連中がそん光景を見たら、いったい何事かと思ってしまうだろう。
少なくとも、この世でそんなことが起きるとは信じることはできないだろう。
うん、俺も信じることはできない。
この世で起き得ないことが起きてるのだとしたら、もしかして今見ているのは幻想か? でなければ、いつのまにか全く違う価値基準で動く異世界にクラスごと転移してしまったんじゃないだろうかって思ってしまう。
俺には、それくらいしか可能性が思いつかない。
この世界で起きるわけはない。
ゆえに、この世界ではない。
背理法証明終わり。
——うん、どうも、女帝と俺が付き合うと異世界転移が起きてしまいそうだ。
この世の理を破ったこと世界がひび割れて、気づいたら、クラスごと似非中世世界なんかに飛ばされていることとか起きそうだ。
そしたら——。
異世界で魔王とかと戦わなければいけないのか?
俺が? 勇者とかになって。
まあ、確かに名前は勇だが。
——ありえんな。
俺は、異世界に行っても俺はなるべく目立たないようにして平穏無事に過ごそうとしてると思うぞ。
それこそが俺の
たとえどんな世界に行ってしまおうが、それ以外に俺の生きる道はない。
それだけは、俺は強く主張したい。
保証したい!
いや、結果を
でも……。
それじゃ、——そんな世界でもグループのてっぺんを取るのが彼女自身の存在意義みたいな生田緑と俺は付き合うどころか、触れ合うこともないよな。
そうだよな。
異世界でも無理だ。
と、考えてみればだ。
夢や別世界だったにしてもだ。
——ありえんよな。
生田緑と俺が付き合う世界なんてものが存在するのだろうか? ——いやない。
可能な限りの世界や幻想を思い浮かべて見てもそんなのは存在しないのではないか?
百万の世界を想定して見て、その中の自分が百万の世界を想定する。そんなことを無限に続けて見ても、女帝が俺と付き合う世界なんているのは想像することもできない。
ならば、それは必然。俺ならば、女帝と俺が付き合うなんてことがない。それは論理的に必然なのだ。
いや逆に言うと、女帝と付き合っている世界があるのだとすると、その世界の俺は俺でないのだ。俺——向ヶ丘勇というものではなくなるのだ。
俺というものを構成する必須の要素が抜けているのだ。
それは……。
——心?
そういや、今、俺の体の中にいるのは
まてよ。そういう話でいけば、付き合う相手は女帝——生田緑だけど、その中にいるのは俺——向ヶ丘勇だよな。
ん? これって結局俺とあいつが付き合うって言うこと?
それなら……。
おいおい、それならって——!
「どうしたのよ?」
「いや、いや! なんでもない!」
俺は、今、一瞬心の中に浮かんだ、ありえない感情をとっさに頭の奥に押し込みながら言う。
「?」
「まあ……いい、こっちの話……」
「ん? まあ、どうでも良いけど」
「ええ、向ヶ丘くんの混乱もわからないでもないけど、私が……そのこういう人と……」
ああ、女帝も会話に入って来たが、彼女もありえんなと思ってるようだな。俺と付き合うというのは。
「いえ、それは向ヶ丘くん個人がどうこうという訳でなく、あなたのことはこの頃のいろんな事件を通じて随分と評価しているのだけど……」
まあ、もっとも、生田緑というのは俺を——ぼっちオタク——というクラス最下層にいるやつだったからって、そのせいで俺を避けるとかそういう奴ではない。
なぜなら、生田緑は生田緑だからだ。生田緑は生田緑であり、生田緑は生田緑でしかない。そんな何物にも揺るがない女帝から見たら、半端なリア充もぼっちオタクも関係ない。自分とは違うもの、それだけである。
それだけである人々との付き合いに、色眼鏡は存在しない。だから彼女はあっさりと見抜く。その人の本質を。優れた点も至らない点も、そのままに。あるがままに。
そして、正直、女帝の俺を見る目に悪感情は感じない。それは、体入れ替わり現象を経ていろんな関わりが彼女とあったからということもあるだろうが、その目は、思い返してみれば同じ目で俺を見ていたような気がする。俺が下から目線で逆にリア充たちを蔑んでいたのが、——恥ずかしくなるような、透徹した生田緑の目線。
彼女は俺をずっと、あるがままに見ていただろう。だから、俺のことも俺として見て、でも自分たちはそういう風には交わることはないと思うのだろう。
しかし、
「でも、今ならありかもね、あな
「「?」」
「いいわ、やってみましょう。生田緑の思いびとは学校の同級生、向ヶ丘勇。その線で行って見ましょう」
今の生田緑と向ヶ丘勇、中身が
その意味は、きっと、
「…………」
俺は、その時、無意識に見た
*
さて、やることは決まった。
俺——向ヶ丘勇が生田緑の思い人となって、見合い相手の御曹司との縁談を断る。
正直、あんまり気乗りしないというか、それで御曹司はともかく生田緑のじいさんまで納得させることができるか? と問われればまったく自身が持てない。
でも、他に何も案を思いつかないので、そのやり方を試してみるしかないとなった。それならば、善は急げというか、迷ってたらどんどん怖くなってできなくなってしまうような気がするから、さっさと行動に移りたいところである。
——だが、そうはいかないのがリア充女子の予定であった。
俺が、
もちろん合コンである。麻布で。
別に都内に出たいから出て来ていた訳ではない。あいつは俺が麻布に用事があると知ったら、なら「久々に行って見たいな」とか言って相談場所もそこのカフェでとなったのだが、俺は都内のおしゃれエリアなどに好んで出て来る趣味はない。
なんでわざわざ自分が緊張するとこに行かないといけない?
都内にわざわざ来るのなら、秋葉にでも行くよ。
でなきゃ池袋や新宿とかの雑多な人たちの集うターミナル駅。ともかく、俺が悪目立ちしない場所が良い。
こんなおしゃれスポットでオタ充が歩いてたら石投げられるって……ことはないと思うが、ともかく緊張して落ち着かないのだ。
途中、下北沢花奈としてオタク活動した時期もあるとはいえ、もう数ヶ月もリア充生活を経ても一向になれないおしゃれ生活。今もクラスのリア中の女王の中にいるというのに、なんか気がはりつめっぱなし。
そんなテンパった気持ちのまま突入する今日の用事は、——あいも変わらず行われる合コンだったのだった。
そして、麻布のおしゃれカフェの一角で、やたらと高いハンバーガーを食べながら行われた、今日の合コンのお相手は、——占い男子!
今日は
女子=占い好きのツボをついた、和泉珠琴渾身のセッティングであった。
相手の男子も少しオタクっぽい感じの風貌ではあるが知的ですっきり系のイケメンであったし、普通ならこの合コンは盛りがっていたかもしれない。
自分たちは女の子の興味を引くといった確信している、占い男子たちの自信満々な様子で会はスタートして、矢継ぎ早に繰り出す様々な占いの知識とその手際は、確かに、——こいつらできるな。今まで何人もの女子たちを盛り上げてきたんだろうな。そんな風に思わせる三人であった。
でも、今日はメンバーが悪い。中身は男(俺)な生田緑と、占いなんて不確定なものには心をさっぱり動かさない現実的な生田緑が中身な
喜んで騒いでいるのは和泉珠樹ばっかりで、相手の男子もこんなはずでは? といった様子のまま、合コンは微妙な盛り上がりのまま終わる。
そして、意気消沈した男子たちの情けない様子を見て、二次会もないままリア充三人組で地元に電車で戻ると言う、体が入れ替わってから、まあいままで何回あったかわからない
「あれ、緑? どうかしたの考え込んじゃった顔して?」
電車で黙り込んだ生田緑=俺に和泉珠樹が気づく。
「いえ、なんでもないけど……」
いや、ほんと、なんでもないけど……。
占いなんて信じてないけど……。
俺は、今日の合コン相手の人相を見れるとか言う一歳上のメガネ男子の言葉を思い返していたのだった。
『何か悩んでますね』とか。
『家の関係ですね、深くは聞きませんが家族の将来に関わることですね』とか。
誘導尋問みたいにして、受け答えをしてるうちに、今の俺の問題をだいたいあてられたのは占いではなくて、心理テクニックなんだと思ってるけど……、
『ともかく、あなたは自分の気持ちに素直になるべきですよ。そうすれば全てはうまく流れるようになります』
その、たぶん当たり障りのない一般論を言っただけにすぎないと思われる、その言葉の意味を、俺は深く考え込んでしまうのであった。
なぜならば、俺はその意味をもう知っていたのに……。
しかし、なんども自分の目の前に現れたそれを、今日も心の中にしまいこんでしまったばかりであったから。
——今もそれを取り出す勇気がなかったのだから。
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