第81話 俺、今、女子逃避中

 さて、朝の修行が終わり、まったく気乗りしない心持ちで生田家をでた俺が向かうのは新宿——今日の見合いの会場となるホテルのある場所であった。

 しかし、その見合いは夕方なのに今はまだ午前十時前。幾ら何でも早すぎであった。

 が、それには理由がある。

 それは、もちろん、見合いに遅れないように念には念を入れて、数時間以上も前に出発する——とか言う訳ではある訳ない。

「あ、緑おはよう……って、今日は随分シックな感じね」

 見合い仕様のスーツっぽい格好のままで俺が向かったのは、待ち合わせの地元駅前ロータリー。そこにいるのは和泉珠琴であった。

 和泉珠琴——生田緑の腰巾着の、小狡い女。

 俺が、喜多見美亜あいつと入れ替わる前、向ケ丘勇としてクラスで孤高の存在ボッチであった頃、休み時間にキャーキャー騒いでいるリア充グループの中でも一番見ててイラっとする女であった。

「ん? どうしたの……なんか機嫌悪い?」

 まあ、でも、やってることに悪意はないのは、付き合いも長くなってくるとわかってきて、本当、その底の浅さも、ゲスいところも、あわせてこいつの個性、というか可愛さになってるんだろうなってわかってきたが……。

 いや、勘違いするなよ。俺は和泉珠琴を異性的な意味で可愛いとか思い始めたとかじゃないぞ。

 小うるさいし、意識高いふりして浅はかな事ばかり言って相変わらずイラっとさせられるし、強いものには媚び売ってつきまとうし、騙してでも人を出し抜こうとして、——ほんとろくなもんじゃねえなこの女。

 それでも、なんとなく可愛くて良い人イメージにまとめてくる手こいつの天性のゲスかわ力は本当に大したものだと思うのだが、

「どうしのよ? なんかへんよ、緑。やけに難しい顔して」

 あのことだけは許せん——と俺は昨日まで思っていた。

 あのこと。俺が喜多見美亜あいつと入れ替わった一ヶ月あとぐらいのことだ。クラスでいない者となってハブられていた、百合ちゃん——麻生百合——と喜多見美亜(中は俺)が仲良くしだしたのに嫉妬して、無実の罪をきせようとしたこと。

 俺、向ケ丘勇と喜多見美亜——中身は逆だ——が夜の学校に二人っきりで忍び込んだことを暴露した。その暴露が百合ちゃんがやったことと誤解されるだろうことがわかった上でだ。

 そのことは、和泉珠琴がみんなの前で泣きながら頭を下げて心底後悔して謝った、その後も決して許せないと思っていた。

 だが、

「明日、珠琴に会った時に感情にでるといけないから教えておくけど……」

 俺が「生田緑」として和泉珠琴に会わなければならない状況になったので、昨日、女帝は俺に電話で真実をつたえてきたのだった。

 向ケ丘勇と喜多見美亜が一緒に夜の校舎に忍び込んだことを黒板に張り紙をした犯人は和泉珠琴ではなかったのだ。それは、彼女が夜の校舎のことをうっかり話してしまった男子たち、生田緑の仲間に入ろうと接触をよくしてきている隣のクラスのリア充男子グループ、彼らがやったことだった。

 俺らが校舎にしのびんだあとの週末日曜の夕方。和泉珠樹の通っている予備校の講義の後、彼女が少しモヤモヤした顔をしていることに敏感に気づいた、一緒の講義を受けていた隣のクラスのリア充リーダーのサッカー部のイケメンが、そのまま巧みに聞き出したあれやこれ。

 この頃、麻生百合が喜多見美亜と仲がよい。喜多見美亜は麻生百合と中学校は別だったから、あの女のやったひどいことなどはしらない。だから知らずに付き合ってるのだろう。このまま騙されて彼女の仲間にされてしまったら大変だ。

 そして、それだけでなく、喜多見美亜の様子がおかしいからつけていったら、今度はオタクの向ケ丘勇とも一緒に夜の校舎に入っていった。美亜があのオタク大王と付き合ってるとか考えにくいし、夜の校舎にわざわざデートしに行くわけもないから、これはさすがに何か理由があるのだと思ってるけど、美亜がこの頃何か変わってしまったようで心配だ……。

 和泉珠琴は、自分の不安を吐き出すちょうど良い相手が現れてうっかりペラペラといろいろ喋ってしまう。

 すると、これは隣のクラスのリア充女子にとり入る良い機会だと思ったイケメンといつの間にかカフェに集合していたその仲間の男子たちは、じゃあ夜の校舎の件を利用して麻生百合を喜多見美亜から引き離そう、と提案してきたそうだ。

 あんなひどい女と学園の天使喜多見美亜が一緒にいるのはおかしいよ。それが君らのイケてるグループのためになるのだから。中学校の時あんなことをしたクズと交わると君らまでゴミ臭くなってしまう……とかとか。

 昨日聞かされて、すぐにそいつらを殴りに行きたくなるような胸糞な言葉の数々で和泉珠琴を煽る男たち。

 しかし、和泉珠琴は、その場の雰囲気で男たちに逆らえずに曖昧な返事はしたものの、さすがに人を想定で貶めるようなことはするべきではないと、最後に弱々しい声ながら言ったということだったが、

「それじゃ、和泉珠琴が、自分がやったとこだとみんなに頭下げる必要ないじゃないか?」

「確かにそうね。でも、彼女は話してしまったのは自分だから、その罪をかぶるのも自分だと思ったようよ。自分のせいで煽られた、止められなかった男子たちに、罪をかぶせるのはおかしいって」

「…………」

 俺は次の言葉が続かず、思わず息をのんだ。

「あの子、そういうところは……ちゃんとしてるのよね。ふわふわしていて、利己的な子だけど、やっちゃいけないことは何かはしっかりわかってるの」


「どうしたの緑? もう、美亜も来たわよ」


 声をかけられて、ハッとなって回想から現実に戻った俺は、和泉珠琴の横に喜多見美亜がいつのまにか立っているのに気づく。

 もちろん、その中の人は生田緑であり。俺が今何を考えていたのか、きっと分かっていただろう彼女がよこした目配せに、俺はただ無言で首肯するのであった。

 いや、今回はほんとびっくりした。見直したよ。俺も反省した。浅はかで、思い込みで、色眼鏡で見ていたのは、俺の方だったんだってね。


 あと、ちなみに、その隣のクラスのイケメンリア充であるが、あの事件のあと、女子たちからの評判がどんどんと落ちて、今は地味なサッカー青年として女っ気なしのストイックな部活動に励んでいるというが、やはり女帝——生田緑を怒らせるということはそういうことなんだと俺は彼女の恐ろしさを再認識するのであった。


   *


 というわけで、場面が変わって俺たちがいるのは新宿。その南口からすぐの場所にある出来たばかりの新しい商業施設の中の自然派レストランだった。

 三人が駅前に集まってすぐ出発。電車は直通なので三十分かからない乗車時間とはいえ、もちろん、わざわざ多摩川を越えて向かったそこへは、女三人で食事をしにきた、というわけはない。

 この三人が集まって都内に出て来てすることといえば合コンであった。

 あまりにいつもの、いつものこと。それ自体には驚きはないが……。


 ——見合いの前に合コンいれるのかよ!


 と俺の心の叫びであった。

 今日の夕方、生田緑は、どうも政党内で対抗する派閥の重鎮の息子で、とある有名大学一年というサラブレットと、両家の懇親会と言う名のお見合いの場で会わなければならないのだった。

 そんな日に、そんな日なのに、女帝はその前に合コンを入れていたのだった。

 この話を昨日聞かされた時、俺は女帝のバイタリティに踊ろかされるとともに、入れ替わった俺にも、ステーキの前に焼肉食いに行くような肉食獣みたいな真似させんなよと思ってしまったのであったが、

「それでね。ブッシュクラフトというのはね……」

 なんとなく分かって来た。

 これって逃避なんだ。

 自分の宿命から逃れる夢が見れるんだ。

 ならば、今日こそ合コンをしなければならなかったのだし、相手が極端な男子であればあるほど、その夢も夢としてあることができる。

 だから、

「……理想的にはナイフ一本と火打ち石だけもっで森に入り、森の木で雨風しのげるシェルターつくって、まきはもちろん水も食べ物も現地調達で過ごすアウトドアのスタイルなんだ」

 今日の合コン相手は、キャンプ男子。どうもブッシュクラフトとかいう、最低限の道具しかもたないで山に入るのにこの頃凝っているらしいかなりハードなキャンパーのようだった。

 聞いてると、冬でもターフと寝袋くらいしか持たないで山に入って、焚き火で暖をとって夜を過ごすとか、何が嬉しいのかわからないエクストリームなアウトドアを楽しんでいるらしいかなりハードコアなキャンパーのようだ。

 しかし、この男たち、もちろん話を聞くには面白いが、

「いや、いや、もっとゆるいキャンプももちろんするよ。この時期の山のキャンプ場は涼しくて良いよ……」

 魚釣れなかったので蛇食べたとかの、自慢げに語る厳しいキャンプ体験に女子が引いているのに気づいて、慌ててもっと安楽なキャンプの話をして流れを一緒にキャンプに行こうという方に持って行きたそうな男子たちであるが、時すでに遅し。


「今日も、なんか今ひとつピンとこなかったね」

 また、うまくいかなかった合コン。

 そのまま一緒にキャンプ用品を買いに行こうとか言ってくる、随分と名残惜しそうな男子たちを巻いて西新宿方面に移動した俺たちは、駅ビルの入り口付近で涼みながら、立ち話をしていたのだった。

 で、和泉珠琴はまた失敗に終わった今日の合コンの反省をしているようだが……。

 無理ゲーだよね今日の相手。

 流石に、蛇食べてること自慢してドン引きされないと思ってる男子とその後はないだろう。今ひとつというか、これでピンとくるのは同じようなエクストリーム系キャンプ女子でないと無理だろう、と俺は思うのだった。

 しかしまあ、このあいだの将棋男子との合コンで思うところがあったのか、今日の合コン相手を選んできたのは生田緑なのであった。

 たぶんこれって、普通の合コン相手だと生田緑が自分への家の期待から逃れられないから、極端な相手との恋愛であればなんとかなるのかもとか思ってるんじゃないか? というか、そんな相手でもなければ自分が普通の女子として青春を謳歌するイメージがもてないのでは?

 俺は、女帝の今日の合コンの相手選びの真意を、そんな風に推測して、彼女が、今、中にいる喜多見美亜の顔をじっと見つめるのであった。

 すると、彼女は、俺の考えていることはお見通しと言った意味深げな顔をすると、

「あれ、そろそろ緑は次の用事あるんじゃない?」

 俺に、これ以上は聞くなといったふうな様子でいう。

 ならば、次の予定の髪のセットに向かうサロンの予約は一時間後なことを思い出しながらも、

「あっ、もうこんな時間?」

 なんだか難しい家に生まれてしまった女帝の気持ちをわかってしまった俺は、彼女の今の気持ちをおもんばかると、

「もう行かなきゃ」

 そう言うと、二人を残して駅ビルから灼熱の新宿ビル街に向かって歩き出しすのだったが……。


 少し離れ、角を曲がり、二人の姿が見えなくなるやいなや、

「ん……?」

 スマホが振動し、メッセージの着信を知らせる。

 そして、俺がすぐにポケットから取り出して手に持った端末の画面には、


 ——かまわないからぶち壊して


 とだけポップアップで表示されているのであった。

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