第74話 私、今、女子JK

 私、経堂萌夏は、今、女子JK!

 ——って、JKが女子高生だから「女子女子」になっちゃってるね。

 それ変だよね。

 じゃあ、女子K……?

 ——何それ?

 女子高生とは読めないな。

 なんだろ……Kって?

 キモいとか危険とか? 空気とか?

 なんかろくなの思いつかないな。

 それとも、課長とかカンブリア紀とか?

 やっぱ女子高生っぽくないな。いまいちだなK。

 そのうえ、最後は意味不明な上にKでなくてCだし……。

 なら?

 ——略さないで言うか。

 じゃあ、


「私、今、女子高生!」


 ………………。


 って、思わず無言になちゃったよ。自分。

 なんかこうして言ってみると、自分ながらちょっとひいちゃう。

 自分は、やっぱりもう二十一なのだよね。女子高生って声に出して言うと、ちょっと辛いというか痛い感じがしてしまう。

 でも、今の私は本当に女子高生なのだ。一週間くらい前、私は、心は経堂萌夏のまま、体だけ美人女子高生となってしまっったのだった。

 というか、それはあれだ。あれ。アニメとかである、身体ががんとぶつかって中身の心が入れ替わるってやつだ。ああ、そういう実写映画も昔見たな。

 まさか自分に起きるとは思わなかったけど。

 ——本当にあるんだ。こんなこと。

 その時、私は、渋谷のカフェのトイレで女子高生とぶつかって、その時、偶然キスしてしまった。その瞬間に入れ替わったらしい。

 うん。「らしい」ってなんか曖昧な物言いなのは、正直、その入れ替わりの瞬間のことを私が覚えてないからだ。

 トイレで転びかけたのはなんとなく覚えているけれど、前の日からずっと飲んでて泥酔状態だったから、意識ももうろうとしていて、なんかキスしてるのかな? 唇にねちょっとした感触があるな。って思うやいなや……。

 気づけば、目の前に倒れている私。私の体。

 何でも、後で聞けば、その時にあの美人女子高生喜多見美亜の中の人だった向ヶ丘勇という男子は、その時まで酒なんか飲んだことも無かったとのことだった。

 いや。その時も、飲んだわけじゃなくて、飲んだ後の気持ち悪さだけ引き受けてもらっただけなのだけれど。ともかく、入れ替わった美亜ちゃんに外見を磨かれて、ちょっとチャラい感じの今と違い、外見など気にしない、クラスでも孤高の人間力高め系(本人談)男子であったという彼は、酒を飲んだりするような集まりには近寄ることもなかったと言う。

 まあ、ぼっちで誰も誘ってくれないってことなんだと思うけど。それは追求しないとして……どっちにしても、酔ったことなんてまるでないのに、それで泥酔状態の私と入れ替わったのだから、——確かにそれじゃ倒れちゃうわよね。

 酔っ払って気持ち悪くなっている状態なんて初めてだったのにいきなり弩級の悪酔いに耐えなければならなかったのだから。

 あの日は私の酔い方、特にひどかったしね。前の日で集中講義も終わって、大学もついに夏休みだからって、調子に乗って、飲み過ぎちゃった。

 前の日の夕方から飲み始めて、夜通しで飲んでた。

 気づけばいつのまにか昼も過ぎてたんだからね。多分、萌夏わたし史上で何位かに入るような泥酔状態だった。

 もしそれを、酒を飲んだこともない時代に自分が経験してたらと思えば……。

 うぷっ!

 思っただけで気持ち悪くなる。

 あの子、勇くんには悪かったわと思うわ。

 でも、そんなつらい酔いが、体が入れ替わったから、一瞬ですっきりしちゃって……。

 ——ラッキー!

 正直、あの時は、それしか頭に浮かばなかった。

 体が入れ替わってしまってどうしようとか、そんなことは微塵も思わなかった。

 まあ、そんな大事が起きてるのに、気にしてるのは酔いのことだけってのも自分のことながら呆れるけど。それって私の生来の脳天気さのせいもあるっては否定しないけど。

 あの悪酔いの気持ち悪さからすっきり開放されたのだから、目の前で気持ち悪くて倒れちゃった勇くんには悪いけれど、これはすぐには元には戻れないなって思ってしまってた。

 少なくとも、今、立てないほど苦しんでいる自分の体に戻ろうっていう決心がすぐにつくわけがない。私は、つい一歩後ろに下がって、すると、その瞬間に、よし子ちゃんが、ドアを開けて呼んだカフェの店員にも手伝ってもらってそのまま私(の体)を運びだしちゃった。

 ああこれマンションか病院までタクシーに乗せて連れてく気だな。もとの体に戻るんならここで追いかけないとって思ったけど、

『美亜そろそろ帰ろうか』

 そしたら、トイレにやって来た、美亜ちゃんの仲間の親分っぽい感じの子に声をかけられて、立ち止まった私。

 もちろん、声をかけてきたのは今回の野外パーティにも付いてきた緑ちゃんね。少しクールというか怖い感じの美人。

 まあ、話して見ると悪い子ではないようだけど。あの時は、なんか怒られてるのかと思ってつい固まってしまったら……。

 トイレから出た時には、店の前でタクシーに運び込まれる私の体。

 こうして、二十歳過ぎの私は、夏休みの女子高生なんてものになってしまったのだった。


 そのまま二人の女子高生にくっついて乗った電車の中で私は考えていた。自分の高校時代。今とは全然違った自分のこと。そして、その頃の自分とはまるで違う、自分が入れ替わった、この美人ちゃんのこと。

 私、大学デビューなんだよね。自分は、高校時代、今とは似ても似つかないもっさりした外見だったんだよ。

 ええ、その頃の私と言ったら、黒髪おさげにおおきな黒縁メガネの、典型的な地味め女子。

 「例の件」のせいで、男性恐怖症——ってほどじゃないけど思春期男子がゴロゴロしている共学校なんて行く気がしないで、女子校を選だ。そしたらそこで、類は友を呼ぶのか、同じような飾らない男っけない仲間とつるんで楽しく過ごすことになって、外見はますます干物化していった。

 いえ、外見だけじゃなくて、中身も飾るのはなしでさ。がさつな女子ばかり集まって。

 あの時、制服なんてどのくらい洗ってなかったんだろう。近づいたら汗臭いとか、ホコリ臭かったかもしれないよね。

 でも、そんななことは気にしないで、思うがままに仲間と過ごしたあの頃。あれはあれで……いや、「あれで」じゃないわね。

 ——とても楽しかったな。

 もちろん、今と比べてどっちが良かったとか悪かったとか言いたいのではなく、どっちも自分であり、その自分の大切な瞬間瞬間。歴史なのだけど……。

 ——そうじゃなかったら? って思ったことも実はあるわよ。

 高校時代の自分がもっとイケてた女子リア充だったら?

 そんなことを思わないでもないわ。

 大学入って、化粧とか服とか、夜遊びとか、いろいろ知った私。

 そういうのも結構あってたみたいで、気づけばクラブで一目置かれたり、読者モデルやったりで、周りからはずっとそういう女だったんだって思われているかもしれないけど、……高校時代は全然違った私。

 その高校時代が違っていたら?

 繰り返すけど、そんな地味子時代の自分も全然嫌じゃない。その気持ちは本当。むしろ誇りに思うくらいだけど、もし、もう一度人生を繰り返せるならば、二度目の高校時代は、今度はもっと派手なリアルを過ごしてみても良いな。

 やっぱ、人は自分にないもの欲しがるもんじゃない。そしたら、自分になかったキラキラ女子高生活をすごす機会がなんと偶然にもやってきたのだ。これって利用しない手はないじゃない?

 もちろん入れ替わった相手が断固拒否するのなら無理強いをする気はなかったけど。

 まずは、家の方向が同じだということで、地元の駅に着いてからから珠琴ちゃんと一緒に歩いて、別れて喜多見家についてしばらくしたらかかってきた電話。

 その相手の男が『なんでキスしに来るのをすっぽかしたのか』みたいなことを言うから、てっきり彼氏なのかと思ったら、彼氏じゃない? 『自分は体は男だが心は女だ』みたいなことさらに言うから、——こりゃすげえぜ! 女子高生と入れ替わって、派手なリアルの充実どころか、リアル突き抜けてシュールレアリスムに入り込んじゃったのかも? って盛り上がっちゃって……。

 その後、彼女ら彼らの、体入れ替わりに伴ういろいろな事情を知って、まあ私は倒錯した性癖の高校生たちの中に入り込んだわけでなく、むしろ未熟で潔癖で、気持よい心持ちの人たちの中に入り込んだんだって知るけど、でも、なら、ますます体験してみたくなった。こういう連中と過ごす高校一年の夏休みってどんなものかなって?

 そしたら、ノリノリで、私がしばらく自分の体の中の人になることを同意してくれた美亜ちゃんと、それに文句も言えずになんか尻に敷かれてる感じの向ヶ丘勇くん。二人は、カップルじゃないっていうけど、お姉さんから見たら、これは遅かれ早かれって思わせる絶妙のコンビネーション。見ているだけでも飽きない。

 そして、他の個性的な女子たちも絡んでくるうちに、やはり高校生の夏休み。時はあっという間に過ぎ去って、気づけばもう二週間もたって、向かうのは週末の野外大パーティ。これが終わったら、体を元に戻る、と私はあらかじめ宣言していてた、そのイベントが始まった。それが今ってわけ。

 実は、私は、このイベントの前に元の体に戻ってしまおうかと考えていた。だって、自分の女子校時代と違う、リア充高校時代ってのも、新鮮で楽しかったけど、やっぱり酒も飲めないし、自分が人様の大事な体を預かっていると思えば、ハメ外し過ぎないようにいろいろ遠慮して、ちょっと窮屈に感じてきた。

 なので、この夏の一番のパーティには、やっぱり元に戻って、万全の状態で楽しもうって思ったのだけど……。


 そんな時、いろいろな事情がからみ合って、私は自分の思い出したくない過去と向き合わなければならなくなったのだった。

 それが終わるまでは元の体には戻れなくなった。

 その——企み。

 それがついに始まる。

 その時。

 私は始まったばかりのパーティの会場で、少し遠くから物陰に半ば隠れて私たちのテントを伺っている従兄の建人を……。

 やはりちょっと怖く思いながらも、勇気を持った目で見つめてたのだった。

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