第75話 俺、今、女子密着中

 野外パーティ一夜目は、気づけばあっという間に過ぎていた。

 俺たちが踊り始めたら、すぐに日が暮れて夜になり、本格的にパーティがスタート。すると、そこから止まらない。ずっと頂点状態の盛り上がりで、その渦中にいた俺たちも、緒になって騒ぎ続けたのだった。

 満天の星の下で踊る。萌さんとよし子さんのパリポコンビだけでなく、一緒に来た喜多見美亜あいつも。生田緑と和泉珠琴のリア充女子高生たちも。もちろん俺も。この野外の開放的で平和な雰囲気のパーティを楽しんだ。

 ——そしたらあっという間に時間がどんどんと過ぎていっていた。

 会場は夜半をこえてもまだまだ大騒ぎになっていて、俺もその熱気に当てられて一緒に叫びまくり。会場に着いた最初は、こんなところに来てしまったが中に溶け込めるだろうかと不安もあった俺ら高校生グループも、騒ぎ始めてしまったら、各々おのおのが勝手に思うように楽しめば良いんだとわかれば、——気づけば夜明け。

 山々の稜線を赤く染めながら出現する太陽に、さらなる大熱狂となった会場。

 その中で、一晩の疲れも忘れて叫び、最後の力を使い切って踊った俺だったが、

「さすが、そろそろ疲れたな……」

 照りつける朝日の照らす山々の神々しさに、なんかぐっときて、ふと足を止めてしまったら、そのまま疲れと眠気がどっと出て来た俺だった。

 徹夜に慣れているパリポ二人と、普段から(俺の)体鍛えまくっている喜多見美亜あいつはまだ踊り続けていたが、俺は、もう限界だった。気づけば、体力の限界を越えていた。足がガクガクして、身体中に疲れがどっときている感じだった。

「寝るか……」

 なら、パーティはもう一日あるのだし、朝日が見れて、自分的にちょうどキリが良い感じがしたので、ここらで寝てしまおうと思うのだった。


 で、俺は公園からてくてくと歩いて、テントエリアに行く。そして、そこに張られた多数の色あざかやかテントの中から、寝ぼけまなこをこすり、少し迷いながら自分たちのテントを見つけて、その中に入ろうと思ったのだったが、

「まてよ……」

 俺は止まって、テントの入り口をちょっと開き、その中を覗き見る。

 中にいるのは、二、三時間前くらいに、先に眠気にまけてリタイヤした、生田緑と和泉珠琴のリア充コンビ。

 俺は、入り口を一旦閉じて、その場に立ちすくみながら考える。

 ——まて、まて。

 よく考えたら、俺あの二人と同じテントで眠ろうって言うの?

 女子高生二人と?

 男子高校生が?

 いや俺は、今、体は女子大生だが、……だからって中身が思春期男子なのだ。

 それが、こんな密着した場所で?

 よく考えてみれば、今回は男子が一緒ということで、よし子さんがテントをふた張り持って来てくれたのだが、それが完全に無駄になってしまっている。本当は中身で分けてくれて、俺が男子用テントに隔離して欲しいのだが、そうもいかないからな。

 中の人で、男女を分けて、今、俺——向ケ丘勇の体にいる喜多見美亜あいつが、女子のテントに潜り込んで来たりしたら、それは俺の高校生活が終わってしまうことを意味する。

 オタクで引きこもりだった向ケ丘勇は、最近色気付いて外見にも気を使い始めたと思ったら、調子に乗って女子のテントに侵入してくるようなゲス野郎になっていた、と。

 よりによって。この二人だ。クラスのカーストトップに位置するリア充二人だ。

 何を言われるだろうか。クラスでの立場がどうなってしまうだろうかか。それは想像するだにおそろしい。

「…………ないな」

 だから、喜多見美亜あいつが俺の体でこっちに入るのはありえないなと、俺は、そう思いながら、もう一度テントの中を覗き込むのであった。

 そして、

「なんだか思ったよりも狭いな」

 テント張っていた時はもっとスペースがあるように思っていたのだが。二人が気道良さそうに寝転がると、あまり余裕がないテントの中を見て俺は呟いた。

 もちろん、よし子さんが六人用だって言ってたテントはなので、二人が寝たくらいで、体が触れ合うほどにぎゅうぎゅうなわけではないが、脇にいろいろ荷物を置いてるのもあって、まだもう一人このテントに寝る予定のよし子さんは帰って来ていない状態でも、結構スペースが無くなってしまっていたのだった。

 というのも、二人が絶妙に斜めに寝てスペースを使い来ってしまっていたのだった。きっと、二人は、さすがに、最初はあとで来る人のことも考えて間を開けて寝てたのだと思うが、寝返りを打つうちに、中途半端な位置にたどり着いたのだろう。

 ともかく、そんな風に寝てテントを占拠している生田緑と和泉珠琴であった。テントの壁面との間にも、二人の間にも思うようなスペースがない。もちろん元が六人用なので地面敷かれたシートの面積自体は結構空いていて、この状態でもぐいぐいと無理に入って行けば寝転がれないわけもないかもしれないが、……そうしたら色々と触れ合ってしまうことになる。


 ——それはまずいよね。


 いけ好かないリア充コンビとはいっても、こいつらも女だ。

 いや、正直、かなりレベル高めの女だ。

 それがまずい。

 というか悔しい。

 俺がいつも心の中では蔑んでいる、底の浅いリア充どもめ!

 ……とまた思ってはみるものの、そこにいるのは世の男子高校生ならドキッとしないわけがない、可愛らしい寝顔。

 無防備で、無邪気で……。

 ほんと、しゃべらなければなんとやらだな、こいつら。

 俺はいつのまにか口の中にたまった唾をごくりと飲み込んでいる自分に気づく。

 その音が思ったよりも大きくて、


「「ううううん」」


 ちょうど寝言を立てた二人を見て、ドキッとして思わず一歩下がる。

 俺は、なんだか自分が犯行直前の暴漢のようであったと思ってしまう。

 でも、

 ——いやいや。

 ——違うんだ。

 と、声に出さずに、心の中で必死に言い訳をする俺。

 こいつらに何かする気など絶対に無いのだ。でも、体が勝手に反応して生唾を出してしまっただけなんだ。

 だが、——いや、体がかってに生唾を出すならば、

「もしかして、他も……」

 と、自分で自分を信じられない俺がいる。

 その信じられない「俺」を俺はあの二人の間に入らせるわけにはいかない。

 そこで俺は自分の魔の左手(右手も)を鎮めることができるのか?

 自分の体は、今、女子大生になっているので、ちょっと激しめのスキンシップも不自然でないかもしれないが、

 ——だめだめ!

 何考えてる!

 バレなきゃ良いというものでもないが、少なくとも萌さんとあいつには知られるわけだし、この二人が、

「萌さんが昨晩いろいろスキンシップしてきた……レズっ気あるのかしら」

 とか漏らしてしまったら、それで俺の心象は最悪になってしまうだろう。


「………………」


 というわけで、俺はいろいろと、もやもやと葛藤を続けるのだが、一度寝てしまおう思った体には、耐えきれないほどに眠気も満ち満ちて来る。

 そのまま立ったまま寝落ちしてしまいそうな様子だったが、

「あっ……!」

 しかし、——みなさん朗報ですよ。

「……んん——」

「……ぷすー」

 熟睡していた二人が、俺がテントを開けたことで少し刺激をうけたのか、小さな寝言を漏らしながら、ごろりと反対方向に寝返りをうつ。

「おっ!」

 すると、真ん中に寝転がるには十分な空間が出現したのだった。 

 その、今の俺には天国への道、黄金色に光り輝いて見えるその場所に、眠気に吸い込まれるように進み転がる俺。睡魔がどっと襲ってきて、そのままあっという間に夢の世界に旅立つことができそうだった。

 が、

「……ん……んん……」

「……ぷすー……すー」

「えっ!」

 一度反対側に寝転がった生田緑と和泉珠琴がまた寝返りを打っておれにぴったりとくっついてしまい、

「…………」

 まずい!

 緊張してガチガチにかたまった俺のからだに、柔らかいあれやこれやらが押し付けられて、なんだか良い甘い匂いが漂って来て、

「……んんんん……むー」

「すー……ああん……も……」

 うわ。

 二人がおれに抱きついて来た。

 まずい。

 まずいぞ。

 俺は、必死に心を無にして、誘惑に耐える。

 でも……。この状況で、ちょっとやそっとは、しょうがないよね。

 今は女性の体の中にいるのだし、たんなるスキンシップだよね。

 そんな考えが心の中にもくもくとと湧き上がって来てしまい……。

 ——鐘の音が鳴る!

 百八の煩悩をなくすため俺の心の鐘が鳴る。

 鳴る。鳴らしまくる。

 心の中で修行僧になった俺は、悪霊退散とか呟きながらものすごい勢いで鐘を叩く。

 暗雲漂う空に稲妻が走る中、偽物くさい般若心経もどきのお経が流れてくる。

 

 ——観自在菩薩、行深般若波羅蜜多時、照見五蘊皆空、度一切苦厄……


「にゃーじーざーいにゃーさーつ……」


 ——にゃー……?


「にゃーじん、はんにゃー、にゃらみったみー」


 ………………。


 心の中で、必死に煩悩に耐える修行僧になった俺に、大胆な露出のボディスーツを来た、猫耳の生田緑と和泉珠琴が、すりすりと体を擦り付けてくる。


「悪霊退散! 退散!」


 俺はこの悪魔どもに耐えるべくさらに一心不乱に鐘を叩くのだが、


「…………!」


「あれ、萌ったら女子高生にかこまりぇてうらまにゃしいにゃー」

 

 ああ——!

 もう一人、ラスボスの登場であった。

 うっすらと目をあけてテントの入り口を見ればそこには、酔っ払っていつもにもましてエロい雰囲気を纏ったダイナマイトボディ。よし子さんがろれつがちょっと回らない感じでしゃべりながら立っていて、


「わちゃしも仲間にいれでほちゅいなー」


 すっと俺に覆いかぶさるように寝転がりそのまま無理やり俺と生田緑の間に入りこめば、


 ——ガシャーン!


俺は心の中で鐘が叩き壊されて崩壊するその音を聞くのであった。


   *


 という訳で、俺がなんとか心を落ち着かせてちゃんと寝ることができたのは、最初に寝てた女子高生二人が起きてテントから出て朝食を作り始め、そしたらよし子さんも寝返りを打ってテントの隅の方に体を丸めたので、その間に荷物を置いて隔離をして、——やっとであった。

 いや、大変な危機だった。普段からぼっちで人のこと無視して関わらないように精神力鍛えてないと死ぬところだった。

 でも、これでやっとと思うと、溜まりに溜まった眠気の中に俺はすーっと落ちていき……。


「いつまで寝てんのさ」


 へっ!

 まて、俺は寝たばかり……?

 と思いながらも目を開ければ、

「みんなで温泉に行こうかって言ってるんだけど」

 テントの入り口に立っているのは喜多見美亜と向ケ丘勇——の体。つまり萌さんとあいつで、

「もうお昼過ぎだよ。夕方の盛り上がる前に汗流そうかって話になってて……会場にあるシャワーでも良いけどどうせなら近くの温泉に行こうかって話になってさ……あんたも行くでしょ?」

 いつの間にか数時間以上、気づけば熟睡していた俺であった。

 まだ頭がぼんやりとした感じで、言われている意味がよくわからないままであったが、首肯して軽く腰をあげたら、そのまま手を引っ張られてテントから引きづりだされる俺。

 もう荷物の準備を終えている他の一行は、待ちくたびれたみたいな顔で俺を見ている。みんな温泉に行く気満々なのだろう。だからそのまま足早に駐車場まで連れて行かれた俺は車に乗せられて、三十分もかからないと言われたドライブに出発するのだが……。

 温泉回。アニメや漫画なんかでテコ入れには必須のイベント。

 それが自分にやって来たことの意味に気づく。

 一緒に風呂にはいる? この女性ひとたちと?

 それって、さっきのテントで抱きつかれたどころの話でなく、やばいのでは?

 一瞬、俺は、どうやって一人だけ風呂に入らないで済ますか、あるいは時間差ではいるかとかの算段を巡らすが、

「ああ、でも大丈夫か」

 今俺が囚われている謎の体入れ替わり現象。その謎の倫理規程。風呂やトイレなどの乙女の秘密に関わるようなことをする場合には記憶が飛んで、全てが無意識で進行するのだった。

 だから、今回も、温泉の脱衣所に行けば自分の意識がなくなって、昨晩みたいに煩悩退散の鐘を叩きまくらねばならないような問題も起ないだろう。そう思ったのだった。


 しかし、その時は俺はまだ知らない。倫理規程は時には緩和されること、そしてその判断はある謎の少女によって行われているのだと言うことを。

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