第13話 俺、今、女子リア充?

 ところで——いきなりだが——俺向ヶ丘勇の体に入った喜多見美亜の女装の件だ。

 物語がこれ以上進む前に俺はそのことを語っておきたいと思う。

 と言っても女装そのものには大きな意味があるわけでも何か意図があるわけでもない。それを始めるのにも大したきっかけや意図もあったわけではなかったらしい。

 あいつの言うには——それは男の体に入ってしまっても化粧のやり方忘れたりしたらやだとふざけ半分で始めただけのことらしかった。

 つまり、軽い気持ちでやってみたら、意外と似合うのでそのまま癖になって続けてしまったと言うことで——その後特に何かしようと思って始めたわけではなかったようだ。

 しかし、男の顔の化粧にも慣れて来て、その化け方の出来がへたに良くなってくると、このまま家の中で化粧をしてるだけだともったいないと余計なことを思った結果——でも流石にあまり女装であちこち歩いて知人にばれるのもさすがに俺に申し訳ないとなって——そこであいつが考えたのが投稿動画サイトに女の子として「踊ってみた」を投稿すると言うことだった。

 それが俺があの夜の学校に忍び込む前にネカフェで見ていた動画の「ゆうゆう」なのであった。

 なんか見慣れてると思ったのも当たり前。俺本人だったのだから。しかし、流石に自分が男の娘になっているなんて予想外すぎてあの時は気付かなかったけど、青山で女装した俺(の体)に会った後、帰ってからハッと気付いたのだった。

 俺は、それを次の日に問いつめると言うか懇願してあいつにやめるように頼んだんだけど、——結局はハードディスクを盾に逆に動画編集をさせられるようになってしまった俺。

 この不幸にその日は枕を涙で濡らしたのだったがしかし、今日は……


「もっと不幸になれよ俺、向ヶ丘勇」


 俺は河原に特設で作られたステージ(と言っても土手の平らな所にあいつの家に会ったバッテリーで動くスピーカーを置いただけであるが)に集まったフアンに囲まれた「ゆうゆう」つまり俺の体に入った喜多見美亜を眺めながら心の中で呟いた。

 あいつは今ネットでヒットしているヴォーカロイドの曲「あなたにトレースルート」にあわせてまるで宙に浮かんでいるかのような軽やかなダンスを披露している所だった。人が集まった所で無言で始まったあいつのダンスに、告知して二日なのに物好きにも集結した三十人くらいはいるあいつのファンたちは必死の声援を上げる。

 何とも——あいつ含めてみんな楽しそうなので文句を言う気はないが——この金曜の夕方の河原になんとも異様な様子である。いや、テンション高くなってるあの連中はあまり気にならないだろうが、そばでじっと見ている俺にしてみれば、いつ付近住民の通報が入るかとヒヤヒヤものの状態である。

 と言うか逃げ出したい。

 あいつに今日のオフ会をやれと指示したのは俺ではあるが、テンションが違う連中のそばで冷静でいるのこんな辛いとは思わなかった……

 でも——逃げるわけにはいかないな。

 俺は決意をしてマイクを持ち、今日の司会を始めた。

「皆さん、今日はゆうゆうの公開ダンス収録会に集まってくれてありがとうございます」

 すると……

(何あの子? ゆうゆうの友達? あれ可愛くね? 僕こっちの方が良いかな? この子も踊るのかな?)

 観客から俺、と言うか喜多見美亜の姿を見ての声が聞こえて来る。ああこいつは、あのきつい性格の本性知らなきゃ、見た目はそりゃ抜群だからな。観客も何かするのかと期待するだろうけど、でも今日は俺は司会をするだけだ。

「本日は、ゆうゆうが一生懸命踊りますので皆さん楽しんで行ってくださいね。……それでは次の曲、マジカルルルイエ」

 俺の司会の後、にっこり微笑んでから、マスクを取って踊り出すあいつ、あがる歓声。

(あれやっぱ可愛い! やった素顔が見れた!)

 観客は好意的な反応だ。

 ああ、マスクとってもまだ女に見えるな。と言うか本気で女にしか見えない。俺はその化け方のうまさに感心する。

 あいつやっぱり化粧うまいな。それとも心が、中身が女だからこその本当っぽく見えるのか?

 少々ボーイッシュな感じには見えるだろうが観客は誰もまだゆうゆうが男だなんて疑ってない模様。素顔が見れて盛り上がってる観客はそれだけで満足なようで、始まってまだゆうゆうは一言も話していないと言う不自然さに気付いていないようだった。

 それで良い。話したら全てが終わってしまう。

 あいつがどんなに頑張っても、声は流石に男のものだから、それは——話すのは——このイベントの最後に取ってあった。あいつがせっかく作り上げた「ゆうゆう」と言うキャラクターを台無しにしてしまうんだ、その前にできるだけ楽しみたいと言うのがあいつの希望だった。

 だから、

「では更に次の曲、恋のパリティエラー!」

 その後数曲に渡りひとしきり踊り、会場と一体になり、あいつが満足するまで楽しむことになる。

 しかしそうやって五曲程踊った後、

「……みなさん、次が今日の最後の曲になりますが、その前にゆうゆうから挨拶があります」

 遂にパーティの終わりの時間が来た。

 俺のMCに、今まで大騒ぎしていた会場が一瞬で静まる。

 俺はマイクをあいつに渡し、目を見ながら頷き、あいつも頷いて俺に返事をして、

 大きく息を吸い込むと、

「みなさん。こんにちは、いや今晩は、かな……」

 あいつが話し始めると、その女らしからぬ低い声に会場には明らかに動揺が走った。それに気づいて少し悲しそうな目になりながら、

「ああ、みなさん、もうわかっちゃったかな」

 あいつはウィッグに手をかけると一気にそれを脱ぎ捨てて、

「私は実は男でした」

 謝罪の意味で深く礼をする。

「みんなを騙していたのはごめんなさい。でもどうしても……あれ?」

「あれ?」

 あいつが顔を上げた、その瞬間歓声が上がった。


(男でもいいぞ!)

(やっぱり、こんな可愛い子が女な訳ないと思った!)

(俺はまだゆうゆうについてくぞ)


 あいつは、そして俺も、今目の前で起きてる予想外の展開に面食らっていた。

 今日を最後に良い思い出をつくって、このゆうゆうと言うキャラクターを封印してしまおうと思っていたのに、むしろなんか女だと思われていた時よりも受けている感じがする。

 ああ、でもなんだ、それならそれで、盛る上がるのなら、俺もMCがんばっちゃって、

「それじゃあ最後の曲は愛・チェックサム! 私も一緒に踊るので、みなさんもご一緒に……」


 踊りましょう。


  *


 最後には、ゆうゆうコールの鳴り止まぬ狂乱状態となったイベントは、なんの騒ぎかと思って様子を見に来た付近の住民に苦情入れられる前になんとか収拾しけれど、その頃にはもうすっかり時間もたって、夕日が川を赤く照らし、鳥も家路に急ぐようなそんな様子の風景になっていた。

「まったく、向ヶ丘くんにはびっくりしたわよ。こんなことやってたなんて」

 そんな風景の中、俺は最後まで残っていたクラスの女生徒の一人に話かけられて、

「でも、本人楽しんでるんだからいいんじゃない」

 喜多見美亜の体に入った俺は言う。

 すると、その子は、

「そりゃそうだけど、なんかインパクトあり過ぎて、やられたって感じ。この頃の細かい話どうでもよくなったわ。というか反則よこれ」

 そう、反則でインパクトあり過ぎ。

 つまり狙い通り。

 向ヶ丘勇が実は男の娘でネットアイドルまがいのことやっていてその公開収録があるから来てみたらと、クラスの連中に全員にメールして、やって来たのは物好きな十人ちょとくらいのものだったが、彼らはこのイベントを噂にして、そして今日帰ったらアップする予定の動画をみんなに教えまくるだろう。

 クラスの話題を、斜め下の方向に独占。しばらくはこの話ばかりみんなすることになって、その前に起きていたことなんて忘れてしまうだろう。

 そして、これがボッチの向ヶ丘勇が単体でやってたことならみんながひいてますますボッチになってそれで終わりだが、カースト上位の喜多見美亜がバックアップしてるとしたら?

 おまけに、

「美亜……」

 話しかけてきたのは生田緑だった。その後ろには小さくなっている和泉珠琴。

「あなたがこんなバカなこと企画したのは麻生さんのことを助けるためなんでしょ。珠琴が犯人だって分かっても彼女の悪口言ってた人たちは納得してないというか、むしろそんなことさせる原因になった彼女のことを逆恨みしてるような感じだったものね。クラスがずいぶんとやな雰囲気になってたと思うわ。——でもこんな騒ぎが起こったら、みんなあんなことなんてどうでも良いような話になりそうね」

 首肯する俺。

「となると、私もクラスの平安の為の行動に協力しないわけにはいかないものね」

 やはりこの女はすべて分かって俺たちに協力をしたのだった。

 喜多見美亜だけでなく、生田女帝までこの騒ぎをサポートしてるとなればボッチのどうでも良い行動と無視できずに集まるクラスメイトも多いだろう。そう思い頼んだら快諾してくれたばかりかメールも彼女から出してくれた生田緑であったが、

「おかげで珠琴の方の話もうやむやになりそうだけど……」

 俺の意図など一瞬で見抜いて和泉珠琴が昨日クラス全員に頭を下げた後の微妙な雰囲気を吹き飛ばすのに役に立つと損得計算の後で協力してくれたのだろう。

 でも、

「向ヶ丘くんはこれで良いのかしらね。あの人一人が馬鹿を見てるような気もするけど」

 計算尽くの中にも、こう言う心遣いは忘れない。

 生田緑、意外と良いやつ?

 何かこの入れ替わりで、リア充連中の機微に少しは触れることができたのは、面白い経験だなと思いながら、

「あいつが好きでやってることだから」

 と俺は答える。

「あいつがむしろ心配してたのは男の娘だとばれてこうやって踊るのをやめなきゃいけないかもと言うところだから——この盛り上がりだったらこの後は正式に男の娘として活動できるとずいぶん喜んでいたわ」

 生田緑は、俺の言葉に何かまだ裏を感じるのか、少しまだ疑問そうな表情を浮かべながらも、一応は納得したように首肯しながら、

「なるほどね。まあ、向ヶ丘くんが良いなら良いわ。私は人の性癖に口出す気はないので彼のやることに何も言う気は無いのだ——けれど……」

 けれど?

「へえ美亜の向ヶ丘くんを呼ぶ時の呼称があいつねえ……やっぱり向ヶ丘くんとはずいぶんと親しいのね」

 やべ。ミスった。こいつがこの言い間違いを見逃すわけもなく、このまま、和泉珠琴のように尋問で全て吐かされるのかと警戒して俺は身構えるが……

「でも、まあ、良いわ。深くは追求しない」

 えっ? と肩透かしに本気で前のめりになって足を踏み出す俺。

「なぜなら……ここで下手な言い訳聞きながら追求したことだけが真実だって思わないのよね」

「……?」

「あなたの気持ちはあなたに聞いたからって正解が出てくるとは限らないってことなのよね」

 何だそりゃ?

 と明らかにわけの分からないと言った表情の俺に向かい、

「あなた本当に美亜なのかしらね?」

 唐突に生田緑。

「なっ……何を言って……」

 俺は明らかに焦った様子になりながら言う。

「何かこの頃あなた感じ変わった、何と言うか美亜にしてはちょっと鋭すぎる感じがするのよね。まるで誰かと入れ替わったかのように……例えば向ヶ丘くんとか?」

 図星を言われて、声も出せずにその場に固まる俺。

 目は泳ぎ、少し脂汗がでてますます挙動不審な人物と言った感じになるが、それを見た生田緑は笑いながら、

「……何? 本気で言ってるわけないでしょ入れ替わりなんて」

「そ、そうだよね、そんな馬鹿なこと」

 ほっと嘆息しながら、俺も彼女に話を合わせる。

 しかし、

「ふふふ、そうよねえ馬鹿なこと……でも」

 まだ思わせぶりな発言の後、

「まあ良いわ……言いたいのは——何かこの頃美亜が前より面白くなって——なんか面白いなって。そう、いじりがいがあると言うか……」

 と生田緑は怪しい感じで笑う。

 それを見て——もう勘弁してくれ。

 何か猫にもて遊ばれてるネズミにででもなったかのような気分を感じた俺はさっさとこの場を逃げようと、

「あ、緑。話の途中で悪いけど、私、後片付け手伝うから……」

 と言うと、まあしょうがないかと言う顔をした生田緑は首肯しながら、

「ええ、美亜、呼び止めて悪かったわ。ところで……あの子、来てるわよ」

 と言う、生田緑の指差す方向、会場となった土手から少し離れた林の気の陰に……

 ——麻生百合!

 俺は生田緑に一礼するとその場から走り出すのだった。

 すると、俺と目が合った麻生百合は一瞬後ずさり逃げようとするが、

「待って!」

 俺の叫びに、びくっとして、思わず立ち止まる麻生百合。その隙に追いついた俺は彼女の肩を掴みながら、

「はあ……来てくれてた……の? はあ……最初から?」

 いきなり走って心臓がドキドキになりながら俺は言う。

 いや心臓がどきどきなのはそれだけじゃないか。

 俺は、今日自分たちが自分勝手考えてやったこんなことが彼女にどう思われたのか不安だったのだ。

 なので、

「……どう思う? 俺たちのしたことって」

 と俺は恐る恐る麻生百合に問う。

「……クラスはこれであのつまらない張り紙騒動のことなんて忘れてくれると思うけど」

 麻生百合は首肯する。

 この騒動が自分への注目を無くすために俺が仕組んだんだと分かっているという意味だろう。

 しかし、その意が分かっているのだがその感想は、評するための次の言葉は、なかなか出てこないようだった。口をパクパクさせながら、何度も言葉を飲み込む。

 麻生百合は俺の問いに、ひどく言いにくいことを言おうとして躊躇しているようなそんな顔だった。

 しかし、ついに意を決したような顔を見せた後、

「大迷惑です」

 俺はその言葉でどどっと落ち込んだ。

 ああ、考えてみればそうだ。

 俺はよかれと思ってやったことだが、それを麻生百合がどう思うかは別の話。

 でも、

「なぜ?」

 と俺はさらに問う。

 すると麻生百合は迷っていたような顔から、急にきりりとした顔になりながら、

「……あなたたちは馬鹿です」

 と言ったのだった。

 そりゃ否定しないが。質問と答えが微妙に噛み合ないな。

「なんで私なんかの為にこんなことを」

「そりゃ……」

 無実の罪の人が不当に貶められていた状況を打開したい義侠心。

 クラスの輪が乱れてただでさえ慣れないリア充で胃がきりきりしてるのにもっと居心地が悪くなるのを治したいと言う気持ち。

 いや、そういうのもあるけど俺は……

「美亜さん。まったく何で私をほおっておいてくれないんですか。あなたも同じ中学だったから私がどんな女なのか知っているでしょう」

 いや、本当はどんなことなのかも知ってるけれど。言えない。

「私なんて本当に構わないで欲しいんです。今までも良い人、正義感に溢れた人が私の置かれた状況を何とかしてやろうと、仲間に入るよう誘ってくれたり、悪口を言ってる人をたしなめてくれたり、そんなことも何回かありました。でもダメなんです。私はもう、そういう女として——決まってるんです。だから——ほんのちょっとした誤解から——少し集りに遅れたとか、冗談を言ったつもりが皮肉に取られたりとか、そんな些細なことから、ああやっぱりってなってなってしまって、結局は仲間にはいられなくなって——そうすると一人でいる時よりよっぽどひどい孤独になって……なら私は誰ともかかわらない方が良いんです……だから迷惑です」

 俺は、俺の知らない麻生百合のこれまでの人生の一端を知らされ、それに触れただけでグッと胸に何かがこみ上げて、何も言えず黙ってしまう。

 俺がやったことは、結局彼女を傷つけてしまっただけなのかと。

 そうして落ち込んでついつい顔は下を向いてしまう。

 しかし……


「……でも嬉しかったです。私なんかの為にこんなことをやってくれる人がいて、それがこんな素敵な女の子で。私なんかにだから今日のところは、余計なことを考えずにこう言いたいと思います」


 俺は顔を上げる。

 すると、麻生百合の顔は一転して一面の笑み。

 俺はそれを見て、彼女の言葉をしっかりと目を見ながら受け止めたいと思って。

 さらに一歩、彼女に近づくが、

 急に顔を上げた俺の目の前に、


「ありが……」


 俺に礼をする麻生百合の顔が極々近くにあって、


「……と——えっ!」


 チュッ!


 ちょうど顔と顔がぶつかった俺たちの唇は偶然触れ合って、頭の中はぐるぐると、何にか溶け合ってるような感覚があって……


 あれこれってもしかしたら……

 

 俺はまた……入れ替わり?

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